新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、飲食店のみならず生産者にも影響を及ぼしつつある。東京都の小池百合子知事は3月30日、新型コロナウイルス感染拡大を受けて記者会見し、「接客を伴う飲食の場で感染を疑う事例が多発している」として、ナイトクラブやバー、居酒屋などへの入店を当面、控えるよう都民に呼び掛けた。すでに都内の焼き鳥店などへの来店者は減少の一途たどっており、それにさらに追い打ちをかけたかたちだ。
そんななか、ミシュラン2011年度版で1つ星を獲得した東京都千代田区神田神保町の焼き鳥店「蘭奢待」のオーナーシェフがFacebookに投稿した呼びかけが反響を呼んでいる。
「比内地鶏がピンチです」
投稿は3月27日、次のように呼びかけた。
「ご協力のお願いです!! 普段お店で使用している比内地鶏がピンチです。コロナの影響で飲食店での消費量が減ってしまい余っています。通常比内地鶏は180日前後飼育されるため、半年後まで生産をストップ出来ません。今後、減産する予定ですが完全に生産をストップすると生産者の生活が立ち行かなくなってしまい、比内地鶏の消滅すらあり得ます」
そのうえで、「普段、鶏に生かされている自分としては、少しでも生産者のお役に立てればと相談した所、冷凍にはなりますが、ご家庭に直接配送して頂けるようになりました」などと述べ、秋田県の生産者から食肉を購入することを呼び掛けている。
「比内地鶏」は、秋田県を代表するブランド地鶏だ。もともと同県大館市比内地方で昔から飼育されていた「比内鶏」をもとにして作られた地鶏だ。比内鶏は学術的にもまれな純粋な日本地鶏だったため、1942年に国の天然記念物に指定された。天然記念物は食べることができない。そこで同県産畜産試験場が78年、比内鶏の雄とアメリカ原産のロードアイランドレッドの雌とをかけ合わせてよりおいしい食肉になるように一代雑種を生産したものが現在、国内に流通している「比内地鶏」になった。
飼料、飼育方法、および飼育期間の統一した厳しい基準が定められていて、各生産農家は鳥インフルエンザの影響を考慮しながら、可能な限り昔ながらの「放し飼い」で育てている。生産されている比内地鶏はほぼ100%雌。雌のほうが雄に比べて肉の味の良い期間が長いためで、ひなの状態で雌だけを選別して導入する。そうした手間がかかるので、出荷までには少なくとも150日以上かかるという。比内地鶏の生産農家は同県内で約100戸、比内地方に35戸という。
「出荷量は半分以下、注文のない日もある」
秋田県農林水産部畜産振興課の担当者は次のように話す。
「おそらく他県の地鶏産地でも似たような状況だと思いますが、コロナの影響は深刻です。比内地鶏は秋田県の高級食材として、全生産量の3分の2以上が首都圏に出荷されているため、今回の新型コロナウイルス感染症に伴う飲食店などの利用自粛の影響をもろに受けています。2月中旬ごろに減少がはじまり、一時持ち直しましたが3月になって出荷量は半分以下になっています。一時ランチタイムの営業などでそれなりに注文もありましたが、先週ぐらいから首都圏の飲食店から注文がない日もあると聞いています。
一般的にブロイラーが40日程度で出荷できるのに対して、比内地鶏は半年前から着手しなければ生産できません。今、生産者の手もとにある鶏は半年前に仕込まれたものです。現時点で減産に舵を切っても、その効果は半年後です。その間、出荷しなければ生産者は生活ができません。一度、食肉化してしまえば冷凍保存せねばならず、そのコストもかかります。
生産者の高齢化も進んでいて、今回の感染症拡大の件を期に引退される方も出てくるのではないかと危惧しています。比内地鶏は開発から生産者数の拡大、販路の開拓などおよそ半世紀をかけて作ってきた地域ブランドです。今回、蘭奢待さんに呼びかけていただいたように、各ご家庭での消費を喚起していくしかないと考えています」
首都圏を襲っている危機的な状況はついに全国に波及しはじめている。政府で取りざたされているような「経済効果を勘案して、休業補償に商品券や和牛券を配布する」というような大雑把な対策ではなく、全国民を守るしっかりとした対策が必要だ。
(文=編集部)