コロナウイルスによる肺炎の感染拡大によって、世界経済と株式・為替などの金融市場が大きく混乱している。そのなか、セラミックコンデンサ世界首位の村田製作所は、13年ぶりに社長の交代を発表した。新社長に就任する中島規巨氏は、スマートフォン向け部品のビジネスを統括し、同社の業績拡大に大きく貢献したことで知られる。村田製作所は世代交代などを進めつつ、5G通信関連の需要を着実に取り込み、さらなる成長を目指す体制を確立しようとしているとみられる。
問題は、新型肺炎の感染から世界経済にかなりの影響が出始めたことだ。中国では大手企業の生産が徐々に回復しているものの、中小企業を中心に資金繰りは厳しい。さらに、原油価格の下落を受けて米国のシェールガス業界をはじめとするエネルギー産業では低格付け企業の資金繰り懸念が高まっている。それは、世界経済全体の減速懸念を高めるリスク要因だ。
村田製作所はリスク管理を徹底するなどして守りを固めつつ、より効率的に付加価値を生み出さなければならない。新型肺炎が世界全体でヒト・モノ・カネの流れを混乱させるなか、新しい経営トップの手腕に注目が集まる。
今後の成長を目指すための組織体制
村田製作所の業績を見ていると、同社が環境の変化に機敏に対応し、長期にわたって収益の増大を実現してきたことがわかる。それを支えた要因の一つに、常に組織全体が新しい取り組みを進め、それに必要な投資などが迅速に実行できる体制が整備されてきたことがある。常に成長を目指すという確固とした行動理念の徹底は、同社の成長に無視できない影響を与えたはずだ。
近年の業績からそれは確認できる。リーマンショック後、村田製作所はスマートフォン向けの積層セラミックコンデンサー(MLCC)の競争力を高め、世界の4割近いシェアを確保した。特に、村田製作所は米アップルをはじめとするスマートフォン向けのコンデンサ開発をスピーディーに進め、高収益体質につなげた。
2018年から2019年夏場にかけては、米中の貿易摩擦に伴う中国経済の減速や、世界のサプライチェーンの混乱などを受けて同社の売上高は落ち込んだ。2019年半以降、世界的な5G通信サービスの開始に支えられたコンデンサ需要を取り込み、同社の業績は持ち直しつつある。
こうした業績の推移から示唆されることは、村田製作所にはエレクトロニクス分野における変化のスピードに柔軟に対応する力があることだ。中国では経済成長が限界を迎えた。同時に、先端分野を中心とする産業振興策である“中国製造2025”の下、中国のIT先端分野での競争力は急速に高まっている。世界経済が非連続、かつ加速度的に変化するなかで村田製作所が収益を積み上げてきたことは重要だ。
それを支えた一つの要素は、経営陣による組織風土の醸成だろう。特に、同社の2代目社長を務めた故村田泰隆氏は、発表から3年以内の製品で売り上げの40%を占めることを事業戦略の根底に据えた。常に成長を実現するために村田製作所はミドル層に権限を委譲し、ある程度規模の投資を部長クラスで決裁する体制を整えるなど、各人が責任をもって迅速に成長戦略の執行にコミットする体制を整備した。それは、同社の競争力を支える原動力の一つと考えられる。
突然のコロナショックの影響
2019年10~12月期の同社の決算内容を見ると、通信基地や高価格帯のスマートフォン向けのコンデンサの売り上げは増加した。自動車関連の需要動向の不透明感は増しているが、おおむね同社の成長力に変わりはないといえる。その見方から、5G通信の拡大とともに村田製作所の業績は緩やかに持ち直すと考える市場参加者は徐々に増えた。
しかし、2月以降、村田製作所は急速かつ大きな事業環境の変化に直面している。それが、新型肺炎による世界経済と金融市場の混乱だ。“世界の工場”としての役割を発揮してきた中国にて新型肺炎が発生し、世界各国で自動車やIT機器の生産に支障が出始めた。2月には村田製作所の重要顧客といわれる米アップルが、新型肺炎による中国での個人消費の鈍化やサプライチェーンの混乱から、1~3月期の業績予想の達成が困難と発表した。スマートフォンの出荷台数が鈍化すれば、コンデンサ需要は低下し業績の拡大は難しくなる。
さらに、村田製作所は為替変動のリスクにも直面している。同社の売り上げの90%が海外で獲得されており、為替レートの変動が業績に与える影響は大きい。当初、多くの市場参加者は新型肺炎が米国をはじめ世界経済を混乱させることはないだろうと楽観していたようだ。しかし、2月下旬以降、世界各国で感染が拡大しはじめたことを受けて、急速にリスクを削減する投資家が増え、キャリートレードの巻き戻しから円が買い戻された。3月に入ると原油価格の急落を受けて米国経済の景気後退リスクという不確定要素も浮上した。そのなかで、世界的に株価は理屈では説明できないような値動きとなり、為替のリスクも上昇している。
こうした変化から、村田製作所の業績はかなり見通しづらくなっている。欧米でも新型肺炎の感染が拡大しており、混乱が長期化する可能性は排除できない。アップルが中華圏以外の直営店舗を3月27日まで一時閉鎖するなど、各国の個人消費などにはかなりの下押し圧力がかかり始めている。
村田製作所の将来に向けての飛躍
世界経済を取り巻く不確定要素が増えるなか、村田製作所が創業家以外の人物を社長に登用したことは興味深い。今回の社長交代の背景の一つには、グローバル企業としての実力にさらなる磨きをかけたいという同社の思いがあるだろう。常に新しい取り組みを進めるという経営風土を醸成した創業家出身のトップから、プロパー採用の人物に経営のバトンが託されることによって、村田製作所の事業運営体制や環境変化への対応力にどのような変化が現れるかに注目したい。
同社の強みの一つとして、材料から一貫生産の体制を敷いていることがある。それが、用途に応じた製品を柔軟に生産する体制を支えている。同時に、今後の変化に対応するためには、自社ですべてを完結するだけでなく、必要に応じてアライアンスなどを結ぶ重要性も高まるはずだ。中国企業などの追い上げが熾烈化するなか、他社との業務提携などを通して多様かつ新しい価値観を組織に取り込むことができれば、村田製作所が創業以来重視してきたエンジニアらの好奇心をさらに高めることもできる。それが、より品質の高いコンデンサなどの創出を支える。
同時に、村田製作所は過去に買収した事業の収益も安定させなければならない。2017年にソニーから買収した電池事業は赤字が続いている。今後、新型肺炎の影響などから中国における同社の生産水準が通常レベルに回復するのに時間がかかるといった展開が現実のものとなれば、これまでの買収や設備投資が収益と財務の重石と化す展開も排除しきれない。
このように考えると、村田製作所はさらなる原価の低減とリスク管理を徹底しつつ、より繊細かつ大胆に成長のチャンスを見極めていかなければならない。中長期的に考えると、5G通信をはじめとする高速通信設備、それに対応したITデバイス向けのコンデンサ需要は高まるだろう。新しい経営トップの下で、同社がどのようにそうした需要を取り込み、競争力に磨きをかけるかが注目点だ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)