先日、旅行会社のエイチ・アイ・エスが主催する「『東大美女図鑑』の学生たちが『あなたの隣に座って現地まで楽しくフライトしてくれる企画』」というキャンペーンが、「セクハラではないか」「性差別的だ」という批判を受けて中止された。
これは、抽選で当選すると、写真誌「東大美女図鑑」のモデルとなったメンバーが機内で隣に座るなど、一緒に旅をしてくれるというものだ。しかし、インターネットを中心に批判が巻き起こり、同社が特設ページやツイッターで「皆様に、ご不快な思いを感じさせる企画内容でありましたことを、深くお詫び申し上げます」と謝罪する事態になった。
その余波が冷めやらぬなか、5月20日に中止が伝えられたのが「美しすぎず、ちょうどいい感じの美人な人事担当者がいる4社合同説明会」だ。
これは、プロトコーポレーションなど4企業が合同で2017年卒業予定の学生向けに企画していたもので、「ちょうどいい感じの美人な人事担当者が採用のウラ側を色々とぶっちゃけます」という趣旨で、6月にトークセッションなどが行われる予定だった。しかし、こちらも発表直後から「セクハラ」「性差別」と物議を醸し、早々に中止が発表された。
実際、これらの企画はセクハラや性差別にあたるのか。法的な観点から、弁護士法人ALG&Associates弁護士の山室裕幸氏は、以下のように語る。
「美人な人事担当者」は違法なセクハラに該当の可能性も
「これらのニュースが流れた時、『明らかにセクハラだ!』と怒る人もいれば、『これはセクハラなのか?』と疑問を持つ人もいます。それは、なぜでしょうか。実は、セクハラという概念には法律上の明確な定義が存在しないため、きわめて多義的な概念として使用されているからです。
また、世間一般では『セクハラに該当する』と言われている場合でも、法的には違法と判断することができず、倫理やマナーの問題にすぎない。実は、そういったケースが大多数です。
そのため、とあるセクハラが法的な観点から違法なものなのか、あるいは倫理やマナーの観点から不相当なものであるにすぎないのかを、区別して考えなければなりません」(山室氏)
きわめて曖昧なセクハラの定義だが、今回の2つの企画に関してはどうなのだろうか。例えば、仮に「セクハラに該当する」として慰謝料の請求が行われた場合、認められる可能性はあるのだろうか。
「まず、利用者や第三者から慰謝料の請求がなされた場合、認められる可能性はまったくありません。なぜなら、それが認められるためには利用者や第三者自身の具体的な法的利益が侵害されていなければならないのですが、今回の企画の存在によって利用者や第三者が不快な思いをしたとしても、人格権などの具体的な法的利益に対する侵害があるとはいえないからです」(同)
では、企画に参加する女性から慰謝料の請求が行われた場合はどうだろうか。
「エイチ・アイ・エスの企画については、おそらく企画の趣旨を説明した上で女性に仕事を頼んでいるのでしょうから、容姿に関する表現を売り文句にすることについて、同社側と女性の間に明確な合意が存在すると思われます。そのため、なんら違法性はなく、慰謝料請求が認められる余地はないものと考えます。
しかし、『美人な人事担当者』のほうについては、違法との判断がなされる可能性があるでしょう。当該女性は主催企業の従業員ということですが、企業が従業員の容姿を『美人』などと売り文句にした場合、それによって当該女性が職場において不快な思いをしたのであれば、『職場における性的な言動を起因として、女性の就業環境が害された』といえるため、違法の判断を受ける典型的なセクハラに該当するからです。
もっとも、こちらについても、当該女性の同意を得た上で『美人』を売り文句にした場合には、当該女性との関係において違法性はないといえます。
なお、同企画の場合は、選ばれなかった女性に対して、職場内で『美人』に選ばれなかったことをバカにするような言動がなされる恐れもあります。同企画そのものが、そういった女性に対するセクハラとはいえないとしても、同企画を起因とした二次的被害のようなかたちで、ほかの女性に対するセクハラがなされてしまう恐れもあります。
このように、セクハラについて考える際には、ある言動の対象となった人物のみならず、その対象にされなかった人物との関係に与える影響ついても考える必要があります」(同)
女性の容姿を売り文句にする商法は許されるのか?
容姿、特に女性の美貌について言及するのはデリケートな問題だけに、セクハラに該当する可能性を高めてしまうようだ。女性の容姿を売り文句にするような商法については、「現在のところ、具体的に取り締まるような法的規制は存在せず、事業主の倫理観や市場原理に委ねられているといえる」(同)というのが現状のようだ。
最後に、山室氏は「背景事情などがわからないなかで明確な回答をすることは困難ですが」と前置きした上で、「美人な人事担当者」の企画について、「違法なセクハラに該当する疑いを生じさせるものである以上、不適切な企画であったとは言わざるを得ません」と語る。
「セクハラは、その態様によっては他人の人格権を強く侵害するものであるため、厳格な対処をすべき問題です。他方、その概念が不明確であることから、表現や経済活動の自由に対する萎縮効果をもたらしてしまったり、『言葉狩り』のような状況をつくり出してしまったりする可能性があることも、忘れてはいけないと考えます」(同)
法的にはグレーゾーンの部分が大きいとはいえ、「セクハラ」や「性差別」などの言葉が持つインパクトは大きい。そのため、騒動になれば企業イメージの下落は免れないと思われるため、今回名前の出た企業は、大きな代償を払ったといえそうだ。
(文=編集部、協力=山室裕幸/弁護士法人ALG&Associates弁護士)