近頃、トヨタ自動車の「プリウス」のタクシーを見かけることが多くないだろうか? 従来のタクシー車両といえば、LPガスを燃料とするセダン型の専用車と相場が決まっていた。
ところが、数年前から都内の繁華街などでプリウスのタクシーが急増。最近は、都内以外でも目にすることが多くなっている。1997年に登場した世界初の量産ハイブリッドカーであり、トヨタを代表する人気モデルのプリウスが、なぜタクシー車両に使われるのか。
タクシー車両をめぐる自動車メーカーの事情について、自動車に詳しいライターの呉尾律波氏に話を聞いた。
タクシー車両のトヨタ独占はバブル崩壊が原因だった?
–プリウスに限らず、タクシー車両にはトヨタの専用車「コンフォート」が非常に多く、業界シェアは実に9割といいます。なぜ、ほかの自動車メーカーはタクシー専用車を積極的につくらず、トヨタの独占を許しているのでしょうか。
呉尾律波氏(以下、呉尾) そもそも、自動車メーカーにとってタクシー車両というのは、あまりうまみがない事業です。なぜなら、街中でタクシーを見て、「同じクルマを買いたい」とは思いませんよね。一般層への販路はもちろん、買い替え需要もほとんど見込めません。その一方で、部品は供給し続けなければならないので、利益率も高くないのです。
メリットがあるとすれば、公共事業と同じで「自動車業界内で大きな顔ができる」ことぐらいでしょう。タクシー事業は、自動車メーカーにとって「何がなんでもやりたい」ものではなく、むしろ地力のある企業しか手が出せない難しい分野。そのため、トップメーカーであるトヨタの独占状態になっているわけです。
–トヨタがコンフォートの販売を始めたのは、95年です。うまみがないとすれば、なぜトヨタはタクシー事業に参入したのでしょうか。
呉尾 90年代の後半まで、日産自動車がタクシー車両を独占していました。日産のタクシー専用車「クルー」が、現在のトヨタのコンフォートのように、タクシー車両の8割を占めていたのです。それがトヨタに代わったきっかけは、バブル崩壊です。
タクシー事業の存続には企業としての体力が必要ですが、日産の営業利益を追ってみると、撤退した理由が一目瞭然。バブル崩壊以前、日産の営業利益は89年の3月期が92億円、90年は138億円、91年には119億円と、好調が続いていました。
しかし、バブル崩壊後の92年になると33.8億円に下降し、93年には一気にマイナス33.6億円、94年にはマイナス36.6億円にまで落ち込みます。これは、俗に「日産の三大天皇」と呼ばれる一部経営者たちによる企業の私物化も原因とされ、この厳しい状況が、99年にカルロス・ゴーン氏を最高執行責任者(COO)に迎えるまで続きました。
–営業利益の落ち込みによって、日産はタクシー事業などの不採算事業をカットせざるを得なくなったわけですね。トヨタには、バブル崩壊の影響はなかったのでしょうか。
呉尾 トヨタは海外展開に力を注ぐグローバル企業で、バブル経済下で日本中が浮かれていた時も、不動産投資などの余計なことは行わなかった。そのため、バブル崩壊のダメージが少なかったので、日産が撤退したタクシー事業という穴に「儲けはないが、せっかくだから」と滑り込んだのでしょう。これが、今日まで続く「トヨタによるタクシー事業の独占」の構図です。
プリウスのタクシーは乗り心地が最悪?
–そのなかで、プリウスのタクシー車両が増えているのはなぜでしょうか。一説には、トヨタが4年前に発表した「LPガスを燃料とするタクシー専用車の生産を2017年に中止する」という事業展開が理由とされていますが、エコカーはプリウスに限らず、ほかの自動車メーカーにもたくさんあります。
呉尾 車両をLPガス燃料車から切り替えていくにあたり、各タクシー会社が燃費のいいエコカーに注目するのは当然です。プリウスは、そのエコカーの代表格ともいえる存在で、耐久性などの性能面でも他メーカーのものと比べて一日の長があります。また、プリウスが「エコカーにしては安っぽくない」ということも大きな理由でしょう。
例えば、ホンダのフィットの場合、エンジン音は静かですが、内装がプラモデルのようなプラスチック製なので、加速すると「ポーン」と安っぽい共鳴音が鳴ります。これでは、タクシー車両に向いているとはいえません。
一方、プリウスはコストを落とすところは落としていますが、内装などはしっかりつくってあるので、エコカーのわりに安っぽくありません。だから、富裕層を乗せてもそれほど違和感がない。
タクシー会社にとって、エコカーを使うことは「我が社は環境に配慮しています」というPRにもなりますが、その「エコカーという選択肢」のなかでは、プリウスがもっとも無難なチョイスなのです。
–それでは、今後はコンフォートに代わってプリウスがタクシー車両の主流となっていくのでしょうか。
呉尾 現状はプリウスのタクシーが増えているとしても、その傾向が今後も続くとは限りません。プリウスがタクシー車両に選ばれる理由は、あくまで「ほかのエコカーに比べれば、ましだから」というだけです。
例えば、エコカーにはバッテリーが搭載されていますが、プリウスでは後部座席の下に積まれています。そのため、どうしても着座位置が高くなり、コンフォートに比べると窮屈です。背もたれも変にピンと立っていて、あまり乗り心地が良くありません。こうした点は、タクシー車両として致命的といっていいでしょう。
–LPガス車と比較して、タクシー車両としてのプリウスの燃費性能はどうですか。
呉尾 都心部をゆっくり走る分には問題ありませんが、ハイブリッドカーは高速で長距離を走る時はガソリンエンジンに切り替わるので、地方での利用には向いていません。
また、バッテリーは消耗品なので、充電回数にもよりますが100%の性能を発揮できるのは最初だけです。バッテリーが劣化すれば、単なる「重し」に変わるため、最終的には「燃費の悪い非力なガソリン車」になってしまいます。
プリウスはタクシー車両として乗り心地がよくないし、長い目で見ると、そこまでエコともいえない。私は、タクシーを利用する際にプリウスは避けるようにしています。やはり、タクシー車両としてはコンフォートがベストです。
自動車メーカーによる、タクシー車両の覇権争いが勃発か
–しかしながら、コンフォートは17年に生産終了します。今後、タクシー車両はどうなっていくのでしょうか。
呉尾 車両の生産終了後、10年間はパーツを供給し続けなければならないルールがあります。17年に生産が終わっても、コンフォートはその後5~6年は現役で走るでしょう。
実際、日産のクルーも、コンフォートにシェアを奪われたとはいえ、生産を終えてから2~3年は走っていました。トヨタも、最新型のプリウスではタクシー車両への改造を意識して、少し改善を試みています。
フロントのダッシュボードの部分に料金メーターを取りつけやすいように、やや広めにスペースをつくったのです。コンフォートは最初から料金メーターがスポッとはまるようにつくられていますが、こういった改良への気概は評価したいところです。
–ほかの自動車メーカーがタクシー事業に参入してくる可能性については、どうでしょうか。
呉尾 プリウスが今後もこうした改良を積み重ね、タクシー車両として都合のいいクルマに化けていけば、エコカーを主体としたタクシー事業に「うまみ」のようなものが見いだせるようになるかもしれません。
そうなれば、ほかのメーカーも率先して参入を試みるのではないでしょうか。最近は日産の業績も良くなってきましたし、コンフォートが抜けた穴を狙って「クルー2」などを出してきたら面白いですね。それに対抗して、トヨタが「プリウスのコンフォートバージョン」をつくれば、タクシー事業の覇権争いのような展開が起きるかもしれません。
–ありがとうございました。
呉尾氏の話を聞く限り、トヨタがタクシー車両を独占している現状は、そこまで盤石なものではないようだ。もし、タクシー車両をめぐって複数の自動車メーカーによる競争が起これば、車両のさらなる改良やサービス向上など、利用者にとってもメリットは大きくなる。
街中を走るタクシーをめぐる自動車メーカー各社の今後の動向に、ぜひ注目していきたいところだ。
(構成=西山大樹/清談社)