牛丼チェーンの吉野家が圧倒的な力を見せつけている。運営会社の吉野家ホールディングス(HD)は、吉野家の3月の既存店売上高が前年同月比1.8%減だったと発表した。新型コロナウイルス感染拡大防止のための外出自粛の影響などで、同月は外食各社で大幅減収が相次いだが、吉野家は微減にとどまった。
大手外食チェーンでは、3月は2割以上の減収が珍しくない。たとえば、ファミリーレストラン「ガスト」などを展開するすかいらーくHDの同月の既存店売上高は23.9%減だった。サイゼリヤも21.5%減と大きく落ち込んでいる。さらに、居酒屋では4割以上の減収も少なくない。これらと比べると、吉野家の落ち込みは際立って小さいことがわかる。同業他社と比べても落ち込みは小さく、すき家は7.8%減、松屋は5.2%減と吉野家以上に落ち込んでいる。
牛丼店が他業種と比べて落ち込みが小さいのは、テイクアウト需要に対応しやすい業態であるためだ。そうしたこともあり、吉野家は3月にテイクアウト需要を喚起する施策を次々と打ち出している。同月10日から期間限定で、12歳以下の子ども向けにテイクアウトの「牛丼」を全サイズで税抜き価格から74円割り引いて販売した。全国で実施された学校の臨時休校に伴い、自宅で過ごす子どもが増えたためだ。27日からは、子どもに限定せずすべての人を対象に同様の割り引き販売を開始。テイクアウトに加え、宅配を強化してきたことも功を奏している。宅配に対応する店舗を積極的に拡大してきた結果、2月末時点で全店舗の4割弱にあたる461店が宅配対応になった。こうしたテイクアウト・宅配強化が3月の売り上げを下支えした。
松屋も同様の対策を講じている。3月10日から、専用のサイトでテイクアウト用の弁当を注文すると、通常よりポイントを多く付与するキャンペーンを始めた。24日からは、テイクアウトに限り「カルビ焼肉定食」などを160円引きの500円(税込み)で提供する「ワンコインフェア」を開催。こうしたテイクアウト需要を喚起する施策が売り上げを下支えした。
他方、すき家は営業時間の短縮や販売する商品を絞ったことが大幅減収につながったようだ。新型コロナの感染拡大に伴う政府による臨時休校要請を受け、3月2日以降に一部店舗で時短営業または休業したり、販売する商品を牛丼のみに絞り込むなどの対応をとっている。これにより3月の既存店売上高が落ち込んだとみられる。
牛丼各社、テイクアウトと宅配強化が奏功
牛丼各社は、4月もテイクアウトと宅配を強化している。吉野家は1日からテイクアウト限定で、牛丼などを税抜き価格から15%割り引いて販売するキャンペーンを始めた。13日からは宅配代行サービス「ウーバーイーツ」と「出前館」で注文した牛丼などの宅配料を無料にしたり値引きしたりするキャンペーンを始めている。さらに23日からは、テイクアウト限定で3~4人向けの牛丼とみそ汁、生野菜、お新香のセット商品を単品で買うより安い価格で提供を始めた。
松屋もテイクアウトと宅配を強化している。4月6日から、ウーバーイーツで注文した牛めしなどの宅配料が一定額以上の購入で無料になるキャンペーンを始めた。9日からは、テイクアウト限定で、「プレミアム牛めし並盛」と生野菜のセットを18%割り引いて販売するキャンペーンを始めている。16日からは、テイクアウト限定でおかずを15~25%割り引いて販売するキャンペーンを始めた。27日からは、出前館で注文した牛めしなどの宅配料を一定額以上の購入で無料になるキャンペーンを始めている。
すき家は4月15日から、テイクアウト用の商品を使って自宅で簡単にアレンジできるレシピを動画で紹介する特設サイトを開設した。新型コロナの感染拡大に伴う外出自粛の広がりで、自宅で過ごす時間が増えるなか、料理の手間を軽減できるよう「切る」「洗う」などの調理工程を大幅に省略したレシピを考案。第1弾では、すき家の「高菜明太マヨ牛丼」をアレンジした「高菜明太マヨ炒飯」を紹介している。これによりテイクアウト需要を喚起する狙いがありそうだ。
吉野家の商品強化策
牛丼チェーン各社は、こうしたテイクアウト・宅配強化で売り上げ減を最小限に抑えることに成功している。もっとも、吉野家の場合は従前からの商品強化が功を奏している面もあるだろう。
かつて吉野家は苦戦を強いられていた。だが、2020年2月期は商品強化で集客に成功し、同期の既存店売上高は前期比6.7%増と大きく伸びている。19年3月に発売した28年ぶりとなる牛丼の新サイズ「超特盛」と「小盛」がヒットしたほか、5月に発売したライザップとのコラボ商品「ライザップ牛サラダ」や10月に発売した鍋商品「牛すき鍋膳」と陳建一氏とコラボした「麻辣牛鍋膳」などが話題になり、売り上げを下支えした。
その後も勢いに乗って、話題になる商品を次々と生み出している。今年1月に発売した2種のおかずを選んで組み合わせる「W定食」や、2月に発売したライザップとのコラボ商品の第2弾「ライザップ牛サラダエビアボカド」が話題になった。これらは3月にも販売している。同月の既存店売上高の落ち込みが小さかったのは、こうした商品が下支えしたためだろう。
吉野家は、こうした商品強化とテイクアウト・宅配強化で、新型コロナによる売り上げ減を最小限に抑えることができている。だが、今後は予断を許さない。政府が発令した緊急事態宣言を受け、吉野家も店舗の休業と時短営業を余儀なくされている。そのため、4月以降は3月以上の減収が避けられないだろう。吉野家HDは今期(21年2月期)の業績見通しについて、新型コロナの影響で合理的な算出が困難として「未定」としている。
新型コロナの影響が小さかった20年2月期決算は好調だった。連結売上高は前期比6.8%増の2162億円、営業利益は39億円(前期は1億400万円)、最終損益は7億1300万円の黒字(同60億円の赤字)と、増収増益を達成した。だが今期は、相当厳しいものになるだろう。吉野家HDがどのような舵取りを行っていくのかに関心が集まる。
(文=佐藤昌司/店舗経営コンサルタント)