5月12日、トヨタ自動車が2020年3月期の決算を発表した。今回の決算予想を見て感じたことは、同社の豊田章男社長が同社の将来に対する明確な意思表明だ。豊田社長が決算予想で社内に伝えたかったのは、コロナショックの影響や自動車産業がたどる環境変化が厳しいことだったのだろう。それは、2021年3月期の営業利益が大幅に減益となる5000億円としてことからもわかる。
リーマンショック後の2009年3月期、トヨタの販売台数は前年対比で135万台減少した。また、円高の影響などから営業損益は4610 億円の赤字だった。冷静に考えると、今回のコロナショックはリーマンショックを上回る経済の悪化が懸念される中で、なんとしてでも黒字を確保したいという強い意思を感じる。
先行きの懸念が高まるなかでかなり厳しい目標を設定することで、組織全体を一つにまとめ上げ、困難な環境を乗り切る決意があるとみられる。こうしたコミットメントの強さは、同氏が創業家出身であることと無関係ではないかもしれない。豊田氏の発言を確認すると、代々培われてきた技術、社会的責任を発揮しなければならないという使命感が強く感じられる。コロナショックによって世界経済が大きく混乱しているだけに、経営者のコミットメントが各企業の業績に大きな影響を与えるだろう。
リーマンショックを上回るコロナショックへの警鐘
今回、トヨタは決算および業績見通しの公表を通して社内外にコロナショックの影響が想定されてきた以上に大きくなる可能性を示した。一つの見方として、トヨタはコロナショックが世界経済に与える影響はかなり大きくなる恐れがあると警鐘を鳴らしたと受け止めるべきだろう。また、トヨタはわが国最大の自動車メーカーとしての社会的責任を全うするための覚悟を示したともいえる。
現在、コロナショックの影響から世界各国でトヨタの生産と需要が落ち込んでいる。5月の国内生産は従来計画に比べて5割減とみられる。海外では、中国の生産活動が通常レベルに回復しているものの、欧米地域での生産が正常化に向かうのは本年末から2021年とみられる。同時に、経済活動の再開に伴い、再度、感染者が増加するリスクもある。世界経済の先行きはかなり読みづらい。そのため、国内の大手企業のなかには、先行きが合理的に予想できないとして今年度の業績見通しを開示していない企業が目立つ。それは、事業環境の厳しさをステークホルダーに伝えるために重要な方策の一つとの見方もある。
一方、トヨタは2021年3月期の営業利益を5000億円(前年比8割減)、グループ総販売台数を890万台(同155.7万台減)と公表した。これは、かなりの覚悟がなければできないだろう。万が一、業績目標を達成できないとなれば、同社が株主などからの批判に直面する可能性は否定できない。先行きの不透明感が強い中でトヨタが業績の見通し数値を示したことは注目に値する。
その背景には、さまざまな考えがあるはずだ。その一つとして、組織全体の統率を引き締めることがあるだろう。要は、豊田氏は事業に対するより強いコミットメントを示し、退路を断って収益獲得に取り組むと決意を表明した。それにより、同氏は組織を構成する人々に新しい発想の実現やさらなる原価削減などへのより強いコミットメントを求めていると考えられる。
創業家出身の経営者というトヨタの特徴
豊田社長はトヨタを創業した豊田家の出身だ。主要国の大手企業の経営を見渡すと、創業家出身の人物が長きにわたって経営トップの座にあることは少なくなってきた。特にトヨタクラスの企業となると、創業家出身の人物が経営トップを務めるケースはまれだ。
近年のトヨタにとって、創業家出身のトップが“社会の公器”としての自社の長期存続にコミットしたことは、成長を支えた要因の一つと考えられる。豊田氏の指揮の下、トヨタは役員数を削減し、迅速に意思決定を下し変化に適応する体制を整備した。また、同社はIT関連など異業種とのアライアンスを進めオープンイノベーションを重視している。
さらに、コロナ禍の中で同社は収益実現へのコミットを強めている。豊田社長はあえて難しい目標を掲げることで、これまでの取り組みの成果の実現、さらなるチャレンジを組織全体に求めているといってよいだろう。それは企業が長期存続を目指すために重要な発想だ。
トヨタの取り組みを別の角度から見ると、企業経営において重視されてきた“所有と経営の分離”が常に企業の成長に必要とは限らないことがわかる。多くの企業が、他の企業の再建などに手腕を発揮した人物を“プロ経営者”として雇ってきた。グローバル化の進展とともに海外事業は拡大した。海外事業の強化のために、M&Aやアライアンスを行うための経験や専門知識を持つ人材の重要性が高まった。その結果、実力と実績あるプロ経営者の登用が増え、応酬も増えた。一方。創業家の利害はその企業の業績に連動し、事実上、所有と経営は分離していないといえる。
ポイントは、プロ経営者が常に長期の視点で企業の成長を実現できたか否かだ。カルロス・ゴーンのように一時的にリストラによって業績拡大を実現したものの、その後の戦略に躓いたケースもある。また、コロナショックを理由に業績を非開示とする企業は増えている。そうしたケースをもとに今回のトヨタの決算を考えると、創業家出身の経営者のほうがより強く企業の長期存続にコミットしているように見える部分がある。
重要性高まる経営者のコミットメント
企業経営者には、社会の公器としての企業の長期存続を自分のこととして考え、コミットすることが求められる。大企業であれ中小企業であれ、経営者一人の判断は、ステークホルダーに無視できない影響を与える。コロナショックの発生を受け、世界経済はこれまで以上のスピードで変化し始めた。経営者は変化に適応して収益を獲得し、ステークホルダーとの良好な関係を目指さなければならない。今回の決算においてトヨタはその意思を明確に示したといえる。
現在、自動車業界を筆頭に世界経済はこれまで以上のスピードで変化している。中国では新型コロナウイルスの影響からEV(電気自動車)大手BYD(比亜迪)の業績が悪化した。そのなか、同社はバッテリーが生み出すエネルギー配分をより効率的に行う半導体事業の育成に注力し、上場も目指している。EVの普及によって、自動車はすり合わせ型からデジタル家電のような組み立て型の産業にシフトするだろう。自動車産業にとってIT先端分野の力を高めることの重要性は増している。反対に言えば、個々の企業が特定の事業セグメントにこだわる必要はない。変化にあらがおうとする意識が高まるのは、人々に先入観や固定観念があるからだ。
そうした心理を徹底的に打破し、常に成長期待が高い分野に経営資源を再配分することが経営者の役割だ。1990年代初頭の資産バブル崩壊後、日本は変化への適応よりも、雇用の保護や既存事業の維持を重視した。その中、汎用機械や自動車産業は精巧なすり合わせ技術を強みに、収益を獲得してきた。
ただ、世界全体でデジタル化が加速するなか、これまでの発想で日本が世の中の変化に対応できるとは限らない。経営者は強いリーダーシップを発揮し、組織全体が目指す方向を明確に示して変化に対応しなければならない。この点を考えるにあたり、今後トヨタがどのようにして収益を獲得するかには大きな注目が集まるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)