介護大手のニチイ学館はMBO(経営陣が参加する買収)を実施し、株式を非公開とする。米投資ファンド、ベインキャピタルがニチイ学館に対してTOB(株式公開買い付け)を行い、全株の取得を目指す。買い付け総額は1000億円程度になる。
TOBの主体となるのはベインキャピタルが設立したBCJ-44(東京・千代田区、杉本勇次社長)。買い付け価格は1株1500円で、TOBを公表した前日の終値1094円に37%のプレミアムを付けた。買付予定株数は4953万株強(所有割合は75.24%)で、下限を同41.9%にあたる2758万株としている。買い付け期間は5月11日から6月22日まで。
ニチイ学館の筆頭株主で24.76%の株式を所有する創業者の資産管理会社・明和はTOBに応募せず、TOB成立後にベインキャピタルに全株式を直接、譲渡する。6月24日に開催されるニチイ学館の株主総会で完全子会社化を議決の予定。ニチイ学館は株式の上場を廃止する。
TOB成立後も森信介社長は引き続き同社の経営に当たる。創業家出身の寺田大輔副社長は退任し、取締役も退く。寺田剛常務が新たに副社長に就任する。BCJ-44の杉本勇次社長は社外取締役を続ける。森社長や寺田大輔氏、寺田剛氏はBCJ-44への出資を想定している。
ニチイ学館は介護事業と医療事務受託事業で業界トップに立つが、人手不足が深刻化し、安定的な人材供給体制の構築が不可欠となっていた。成長分野への展開を含め大胆な経営改革を推し進めるためには株式の非公開化が望ましいと判断した、という。そこで、森社長と寺田剛常務が、15年6月から社外取締役を務めてきたベインキャピタル・ジャパン日本代表の杉本氏に相談した。
株式の非公開化について「相続税対策」(金融筋)との見方がもっぱらだ。というのも、19年9月28日、創業者の寺田明彦氏が会長のまま、すい臓がんで死去した。享年、83歳。明彦氏は企業による本格的な介護サービスを国内で最初に始めた人物。長野県出身。1957年早稲田大学教育学部中退。68年に起業し、医療事務受託事業に乗り出した。73年、保育総合学院(75年にニチイ学館に社名変更)を設立、介護事業で業績を拡大。99年、東証2部に上場。02年、東証1部に昇格した。
05年に社長から会長になった。国内の介護事業は競争が激しく、新規参入した英会話教室も苦戦。14年、会長を兼務したまま社長に復帰し、中国への進出など海外展開を図った。17年、社長を森氏に譲り、会長は続投した。
明彦氏が保有していたニチイ学館株は当時の時価で200億円超といわれていた。長男の大輔氏(51)が副社長。次男の剛氏(47) が常務。親族で明彦氏の持ち株を相続したとされる。もし、市場で持ち株を売却すれば株価は暴落する。
創業者が保有する株式を会社が買い上げて自社株とする方法があるが、こうすると創業家は大株主でなくなり、必然的に経営から外れる。これは避けたい。持ち株を売っても、創業家が経営に関与できるウルトラCがMBOというわけだ。
BCJ-44は森社長と大輔氏ら親族6人と1法人から保有株と新株予約権を合わせて1269万株(所有割合19.28%)を買い付ける。一族の資産会社の明和は1630万株(同24.76%)を保有する筆頭株主。相続人代表の寺田邦子氏が唯一の株主である。TOB成立後にBCJ-44に全株式を譲渡することは前述のとおり。
寺田一族が1株1500円で売却すれば434億円超の現金を手にすることになる。相続税を支払い、残った資金をBCJ-44に出資する。創業家は非上場となったニチイ学館の間接的な大株主にとどまり経営を続けるという創業家ファーストのスキームなのだ。
後継者と目されていた長男・大輔氏が突然の退任
上場会社として最後の決算となった20年3月期の連結決算の売上高は前期比3.5%増の2979億円、営業利益は21.2%増の121億円、純利益は33.6%減の40億円。年間配当は5円増の40円だった。
主力の介護部門の売上高は1537億円、営業利益は158億円。祖業事業である医療関連部門の売上高は1143億円、営業利益は97億円。両輪は好調だった。ただ、新規事業であるヘルスケア、教育、セラピー、グローバルの各部門はいずれも営業赤字。
株式非公開に踏み切った理由について森社長は「現在進めている事業の構造改革の取り組みは中長期的に見れば大きな成長が見込まれるが、それらの施策が早期に当社のグループ利益に貢献するとは考えにくい。株式上場を維持したままでこれらの施策を実施すれば、株主の皆様にマイナスの影響を及ぼす可能性も否定できない。そこで株主を公開買付者のみとし、従業員が一丸となって事業構造改革の実行等に取り組むことが最善であるとの考えに至った」と述べた。「人手不足は事実だが、介護は今後も成長が見込める事業だ。最大手がMBOする理由としては説明不足」(新興市場を担当するアナリスト)といった厳しい指摘がある。
寺田明彦会長のトップダウン経営から森社長、寺田剛副社長、ベインの杉本社外取締役による「集団経営体制」に移行するとみられる。新体制で目を引いたのは、創業者の長男、寺田大輔副社長が退任することだ。寺田明彦氏が社長を兼務した14年、大輔氏は副社長に就き、明彦氏の後継者の大本命と目されてきた。大輔氏は今年1月、雑誌のインタビューにこう応じ、<病室で明彦氏から中期経営をどのように達成するのか数値が書かれた計画書を渡された大輔氏は、第2の創業に向けての決意>を語っていた。それだけに、突然の退任に驚きが走った。
大輔氏の退任とMBOによる株式非公開化は、誰にも予想できなかったハプニング。いずれ、大輔氏の退陣の経緯を含めて、ことの真相が明らかになるだろう。
(文=編集部)
【続報】
6月12日、日経平均株価が一時、685円安の21780円と急落する中、ニチイ学館株は前日比74円(5%)高の1665円まで上昇した。香港の投資会社、リム・アドバイザーズ・リミテッドが6月11日、ニチイ学館に「買い付け価格(1株1500円)の公正さ」を問う質問状を送付したと発表したからだ。「買い付け価格は2400円が妥当だ」としている。
米投資ファンド、ベインキャピタルの子会社を通じて既存株主から全株取得を目指すスキームの変更があるのではないか。具体的には買い付け価格の増額修正を期待する買いが入ったわけだ。
MBO発表後、株価は1600円を挟んだ動きをしている。買い付け価格(1500円)は上回っているが、上値を勢いよく追う展開でもない。買い付け価格が実際に上方修正されるかどうかは不透明だが、思惑材料が新たに出てきたことは確かである。