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伊藤忠、時価総額で三菱商事を逆転、初の商社首位…三菱は今期、利益トップを死守する

文=有森隆/ジャーナリスト
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伊藤忠東京本社(「Wikipedia」より/Rs1421)

 トヨタ自動車の豊田章男社長の決算発表会見や6月11日の株主総会での“決意”を聞いていて、思ったことがある。豊田社長は「2021年3月決算の営業利益5000億円は最低守らなきゃいけない基準であると社内に伝えている」と語った。「コロナがどうなろうと営業利益5000億円は死守する」という決意の表明である。

 決算の数字、特に利益というのは経営トップの意思の発露なのだ。この文脈で三菱商事vs.伊藤忠商事の利益トップ争いの帰趨を占うことにした。

 三菱商事の垣内威彦社長は16年4月に社長に就任した。16年3月期決算で南米チリの銅事業会社アングロ・アメリカン・スール株式の減損2710億円を計上したのが影響し、史上初の最終赤字(1493億円の赤字)に転落した。当然、利益首位の座を伊藤忠商事に明け渡した。屈辱ともいえる巨額赤字の決算を経て、垣内氏は社長の椅子に座ったわけだ。そして、「今度、首位に返り咲いたら、二度と首位の座は譲らない」と宣言した。コミットメントである。

 当然の流れだが、三菱商事は17年3月期決算で伊藤忠から総合商社リーグの最終利益トップの座を奪還した。「首位に返り咲いたら二度と譲らない」のだから、21年3月決算でも三菱商事が首位を堅持することになるのだろう。社長の公約なのだから、何があっても守り抜くのだろう。商社担当のアナリストは言う。

「21年3月期決算でも三菱商事が風上に立つ。だから伊藤忠の岡藤さん(正広会長兼CEO)は辞められない。さらに長期政権になる」

 なぜ「岡藤さんが辞められない」のかについて、少し解説がいるかもしれない。岡藤氏は打倒三菱商事に命を賭けている。2021年も三菱商事が利益トップなら、岡藤さんの夢は達成できない。次のチャレンジをするためには会長兼CEOとして君臨し続けなければならなくなる、というわけだ。

「(伊藤忠グループの)事業会社の社長も、そのお陰(=岡藤氏続投)か、定年が延びている人が多い感じがする」(伊藤忠の元役員)

 長期政権はマイナスの要素ばかりではないようだ。

最終利益4000億円を公表した伊藤忠

 21年3月決算について、独断と偏見で予想を書く。伊藤忠は最終利益を20年実績(5000億円)2割減の4000億円と公表した。コロナ禍のなかで「かなり強気の数字だ」(外資系証券会社の商社担当アナリスト)。対する、三菱商事の垣内社長は5月8日の決算発表の席上、「現時点で業績見通しを出しても説得力に欠ける」として、数字を明らかにしなかった。「未定」である。

 伊藤忠の鉢村剛最高財務責任者(CFO)は、三菱商事の「未定」に噛みついた。伊藤忠は5月8日夕刻、アナリスト向け決算説明会を開いたが、ここで鉢村CFOはこう言い放った。

「目標(数字の)開示はリーディングカンパニーとしての責務であろう」

 総合商社は2強時代に突入している。リーディングカンパニーというのは伊藤忠と三菱商事を指していることは明らかだ。三菱商事は最終利益は「未定」とした。取扱高など、あらゆる数字が「未定」であるが、配当に関して年間配当を134円(このうち中間配当は67円)とし、20年同期の同132円より2円増配する方針を打ち出した。伊藤忠も今期配当を前期比3円増配の88円を予定している。

 三菱商事の増配を株式市場はサプライズと受け止めたようだ。事実、5月8日午後2時の決算発表後、三菱商事の株価は一時、前日比146.5円高(上昇率6.5%)の2375円まで跳ね上がった。2月6日の2948円からずっと株価は下落していただけに久しぶりの活況であった。ただし、6月11日、日経平均株価が652円安となったのを受けて、同日の終値は91円安の2400.5円。6月12日の暴落(一時、685円安の21786円)で一時、2349円まで売られ、元の木阿弥となった。伊藤忠もツレ安したが、6月12日の終値は17円高の2334.5円と底堅い。

 今期決算の最終利益4000億円を公表した伊藤忠と、2円増配を“公約”した三菱商事。どちらの経営陣の決断を株式市場は評価しているかというと、現時点では伊藤忠に軍配が挙がるようだ。

伊藤忠・岡藤応援団が贔屓の引き倒し

「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド/5月16日号)は特集『最後の旧来型エリート商社』。20年3月期決算の最終利益で伊藤忠商事が三菱商事を抜くことを暗黙の了解をした上での記事だからだろうが、違和感を覚えた。「この記事は伊藤忠の仕掛け」(三菱以外の大手商社の広報部長)といった見方まである。

 前提としていた逆転がならなかったのに、サブタイトルは『コロナショックで大打撃! 業界盟主から陥落した三菱商事の迷走』。『岡藤・伊藤忠会長CEOが激白!財閥系商社に勝つ「竹やり」戦略の中身』が記事タイトル。伊藤忠の岡藤会長の独占インタビューがまたすごい。

<今回の話を統合すると、三菱商事に対する事実上の勝利宣言と理解してよろしいでしょうか>

 佐藤正忠氏がやっていた「経済界」の煽り方を彷彿させるような見事な質問ぶりである。

<岡藤「そういうことを言い出したらその会社はダメになっていく。トップがそれを言い出したら、その会社は下り坂になる」>

 問いに半分「イエス」と答え、半分は逃げた。率直に岡藤会長が三菱商事批判をしたら、大ごとになっていただろう。しかし、この独占インタビューの中見出しは<伊藤忠が三菱を抜けば商社業界は活性化される>である。伊藤忠が利益トップの総合商社になるという前提でつくられた特集だったのだろう。編集者は「抜けなかった」という事実を前に立ちすくみ、時間切れで軌道修正できなかったのではないだろうか。1週間、販売を遅らせて、つくり込めばよかったのだろうが、そうなると5月16日号が出ないことになる。大江健三郎氏の『見る前に跳べ』ほど高尚ではない。えい、やぁで雑誌をつくってしまった。よくわかる。私も編集長時代に似たような経験がある。私は強引に軌道修正して滑り込みセーフだったけれどね。

 1989年のプロ野球の日本シリーズで巨人に3タテ(3連勝)を食わせた近鉄バファローズの第3戦に先発して勝利した加藤哲郎投手が「巨人は(パ・リーグ最下位の)ロッテより弱い」と発言。この発言に発奮した巨人の選手たちが、4タテして日本シリーズを制した。3勝3敗になった第7戦、再び加藤投手が先発したが、巨人打線に打ち込まれ、近鉄は4連敗で日本一を逃した。

 プロ野球好きの三菱グループのトップが気になることを言っていた。「『週刊ダイヤモンド』の岡藤さんの発言は近鉄の、ヘボなピッチャーと同じや」。厳しい表情で、吐き捨てるように言ったのだ。三菱商事の幹部社員から若手まで、「伊藤忠、何するものぞ」と拳(こぶし)を上げているそうだ。

三菱商事は後出しじゃんけんで勝利

 時計の針を少し戻してみよう。

 5月8日、先に2020年3月決算を発表した伊藤忠の連結最終利益は、アナリストが予想していた通りの5013億円。実にきれいに着地した。三井物産、住友商事の決算も低調。丸紅は1975億円の赤字に沈んでいた。最後に残ったのが三菱商事。市場コンセンサスの最終利益は4000億円台というものだった。だが、蓋を開けたら5354億円だった。第4四半期に発生した三菱自動車の株式の減損(342億円)などの減損の累計は、およそ600億円。19年11月に三菱商事が明らかにしていた最終利益の目標は5200億円だったから、減損分を差し引くと4600億円となる。伊藤忠の岡藤会長も勝利を確信していたのではないのか。

 ところが三菱商事には隠し玉があった。チリの銅事業で繰延税金資産、767億円を利益として計上してきたのだ。かつてチリ銅事業で巨額の株式の減損し、初めて赤字転落したことは冒頭で述べた通りだ。今回は英国の特別目的会社経由で出資していた株式を、チリの子会社に移すという、チリ銅事業の再編で税効果上の繰延税金資産を計上したのである。垣内社長は「会計上のルールに則り、やるべきことをやった」と述べている。

 伊藤忠の鉢村CFOは「一過性の利益を除く基礎収益ではウチが(商社リーグ)トップ」と主張したが、一過性の利益(あるいは損失)を含めた総合力の闘いというところが商社の決算の特質なのである。伊藤忠も19年3月期決算(発表は18年11月2日)で「10%を出資する中国国有企業、中国中信集団(CITIC)の株式を減損処理して、1433億円の損失を計上」している。

 この時は、ユニー・ファミリーマートホールディングス(当時)の子会社化に伴う株式評価益が1412億円発生したため、CITICの減損を相殺する格好になった。ファミマの利益が出たからCITICの株式を減損処理したといったほうが、より正確かもしれない。いずれにしても伊藤忠だって、過去に1000億円単位の一過性の利益を計上しているわけだから、20年3月期決算の三菱商事の隠し玉を、鉢村CFOのように激しく批判できる立場にはない。

時価総額で初めて伊藤忠が商社トップ

 伊藤忠は2021年3月期の最終利益を4000億円と公表している。三菱商事は「未定」だ。三菱商事は原油の価格下落、世界の資源市場の急変、米中戦争の穀物市場への影響など利益が目減りする要因はたくさんある。市場コンセンサスによる「三菱商事の今期最終利益は3253億円」だが、冒頭に書いたように決算、特に利益は経営トップの意思の発露である。垣内社長がトップの座をやすやすと明け渡すとは思えない。もし、そういう事態になれば、「垣内さんは社長を辞めることになる」(垣内氏に近い三菱商事の役員)。「首位争いは4000億円の攻防」との見方が株式市場にあるが、筆者は4500億円を上回る高次元での闘いになるのではないかと見ている。

 伊藤忠にとってエポックメーキングな出来事があった。6月2日、伊藤忠の時価総額は終値ベースで3兆7649億円となり、三菱商事(3兆6964億円)を上回り、総合商社で初の首位に立った。この時の両社の差はわずか685億円である。三菱商事が5月末に3000億円弱の自社株を消却したため、逆転は時間の問題と見られていた。予定通り三菱商事が自社株の消却を終えたのは自信の表れ、という指摘もある。6月12日終値での時価総額の差は1208億円まで広がった。伊藤忠が断然、優位に立つ。

 三菱商事・伊藤忠の株主総会が開催される6月末時点の時価総額がどうなっているかがひとつのバロメーターとなろう。コロナへの耐久力はどちらが強いのか。20年9月中間決算である程度の見通しが立つ。ここでも、三菱商事が伊藤忠の後塵を拝しているようだと、それこそ緊急事態宣言を発出しなければならなくなる。

最後はトップの状況判断力と決断力

 総合商社の業績のボトムは20年4~6月決算と思っていたが、7~9月期にズレ込む可能性が強まってきた。21年3月期決算ほど経営トップの決断力の質が問われることはないだろう。ここでの決算に対する姿勢が、先々の企業の存亡を決めることになる。いずれにしてもトップの状況判断力、決断力、そして遂行力が問われている。未来に対する予知力が最も大切になるかもしれない。今回、論考しなかった大手商社同士の再編の動きが出てくるのは20年年末ではなかろうか。

有森隆/ジャーナリスト

有森隆/ジャーナリスト

早稲田大学文学部卒。30年間全国紙で経済記者を務めた。経済・産業界での豊富な人脈を生かし、経済事件などをテーマに精力的な取材・執筆活動を続けている。著書は「企業舎弟闇の抗争」(講談社+α文庫)、「ネットバブル」「日本企業モラルハザード史」(以上、文春新書)、「住友銀行暗黒史」「日産独裁経営と権力抗争の末路」(以上、さくら舎)、「プロ経営者の時代」(千倉書房)など多数。

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