政府は9月16日、叙勲や褒章など栄典制度のあり方を見直すための「中期重点方針」を閣議了解した。同制度については、3月8日付本連載記事『ナンセンスすぎる春秋の叙勲・勲章、呆れた内幕…受賞者の7割は公務員、功績無関係』でいかに功績に関係なく受章者が選ばれているかを取り上げ、見直しに当たっては功績があった一般の人々が対象になるように制度設計を変更すべきと指摘した。政府は今回、どのような見直しを行ったのだろうか。
日本には栄典の具体的な制度として、叙勲制度と褒章制度があり、春秋の年2回授章が行われる。叙勲は各界各層のあらゆる分野において国家や社会に対して功労のあった者を幅広く対象とし、褒章は特定分野についての善行を表彰する。俳優や芸術家が紫綬褒章を受章するとニュースになるので、褒章は比較的に馴染みがあるのではないだろうか。叙勲の受章年齢は原則として70歳以上、褒章の受章年齢は原則として55歳以上となっている。
叙勲受章者の割合を見ると、国家・地方の公務員、公務員に準ずる職を合わせると7割を超える。つまり、功績の有無など関係ないのだ。叙勲は各省庁の長が内閣府賞勲局に推薦し決定する仕組みなので、政治家や役人は叙勲を受けやすい仕組みができ上がっており、“お手盛り”の制度となっている。
だが、役人も政治家も公僕であり、国民の役に立つのが仕事。その仕事の対価として俸給を得ているわけであり、叙勲の対象とするのは本末転倒ではないか。公務員のなかでも、本当に功績があった人が受賞するよう変更が必要だ。加えて、本当に意味のある叙勲制度にするためにも、民間人で国家や社会に役立っている人々を細かくフォローし、受賞者を選定していく必要がある。
保育士から年間100人の叙勲受賞者
今回の見直しでは、授与分野の見直しが行われ、重視していく民間分野が打ち出された。さらに、この重視していく分野に対して授与数の目標が設定された。また、候補者の選考・推薦方法、功績評価の見直しも行う方針だ。重視していく分野としては、以下の民間分野が挙げられている。
(1)自治会、町内会等の地縁に基づいて形成された団体において功績を挙げた者
(2)商工会議所、商工会、商店街等において地域コミュニティや地域づくりを支える功績を挙げた者
(3)日系外国人、日本で活躍する外国人、日本に進出した外国企業の経営者等を含む我が国や我が国社会に対して功労のある外国人
(4)新たな産業分野を開拓した企業経営者や地域経済の活性化等に貢献した中堅・中小企業経営者
(5)公益法人等の公益的な活動を行う民間団体において功績を挙げた者
(6)保育士、介護職員等の少子高齢社会を支える業務において長年にわたり功績を挙げた者
(7)各省横断的な政策分野で功績を挙げた者、地域において多くの分野で功績を挙げた者など、各省各庁の長から推薦されにくい功労者
確かに、かなり民間人の受賞者を増やすことに配慮したものになっている。しかし、漠然とした「功績を挙げた者」「功労のある者」では、あまりにも具体性がなく、授章基準が曖昧だ。
そのようななか、妙に具体的で目につく項目がある。(6)の保育士、介護職員等の少子高齢社会を支える業務において長年にわたり功績を挙げた者という項目だ。安倍晋三首相が「一億総活躍社会」のなかで柱として掲げている「待機児童ゼロ」と「介護離職ゼロ」対策として、給与の引き上げ・待遇改善により従事者を大幅増員しようと躍起になっている保育士と介護職員が、叙勲の重点分野として盛り込まれているのだ。
その上、叙勲の授与数の目標として「重視していく分野のうち、自治会、町内会等の地縁に基づいて形成された団体において功績を挙げた者や保育士については春秋叙勲において毎回おおむね50名を目標に段階的に授与数の増加を図る」としている。つまり、保育士については年間100人の叙勲受賞者を出すという目標だ。
もちろん、社会に功績のあった保育士・介護職員が叙勲することに問題があるわけではない。しかし、「カネ(給与の引き上げや待遇改善)」に続いて「名誉(叙勲)」によってこれら職業の人々を増やそうというのは、いかにも政治家的発想ではないか。まるで、馬の鼻先に人参をぶら下げれば、職の担い手が増えるとでも思っているのかのようである。
時の政権が政策を実現、成功させる手段として、「叙勲」という手段を利用しようとしていることは問題といえよう。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)