政府は栄典の適切な授与等について見直しを行う。見直しは2003年以来、13年ぶりとなる。各分野の有識者の意見を聴取し、栄典授与方針の検討に資するため、時代の変化に対応した栄典の授与に関する有識者懇談会を開催する。
栄典とは何か。日本には、栄典の具体的な制度として叙勲制度と褒章制度がある。これらの違いを理解している人は少ないだろう。叙勲は各界各層のあらゆる分野において国家や社会に対して功労のあった者を幅広く対象とする。一方、褒章は特定の分野についての善行を表彰するものだ。
勲章には、旭日章、宝冠章、瑞宝章の3種類があり、それぞれ勲一等から勲八等までの8段階に分かれている。さらに、これらの上位に位置する勲章として、大勲位菊花章頸飾、大勲位菊花大綬章、勲一等旭日桐花大綬章がある。
春秋叙勲ではそれぞれ約4500人、年間約9000人が受章する。叙勲の受賞年齢は原則として70歳以上となっている。ちなみに、ヨーロッパでは年間にイギリスが約1万2000人、フランスが1万1000人、ドイツが約7000人、イタリアが約1万4000人、ベルギーが約1万5000人の受章者となっている。
一方、褒章には黄綬、紫綬、藍綬、紅綬、緑綬、紺綬の6種類があり、それぞれに対象となる分野が以下のように決められている。
・黄綬褒章―業務に精励して衆民の模範である者
・紫綬褒章―学術芸術上の発明改良創作に関して事績の著しい者
・藍綬褒章―公衆の利益を興した者または公同の事務に尽力した者
・紅綬褒章―自己の危難を顧みず人命を救助した者
・緑綬褒章―奉仕など徳行卓絶な者
・紺綬褒章―公益のため私財(500万円以上)を寄付した者
このうち、黄綬、紫綬、藍綬の褒章は春秋の褒章として毎年2回授章が行われているが、紅綬、緑綬については事績の生じた都度に授章が行われていることになっており、実際にはほとんど授章は行われていない。褒章の受賞年齢は原則として55歳以上となっている。
政治や役人の世界で推薦ルートが確立
今回の栄典の見直しに当たって焦点となるのは、叙勲、褒章の対象者をどのような基準で選ぶのか、という点だろう。
例えば、現在の受章者の割合を見ると、国家・地方を合わせた公務員、さらには公務員に準ずる職を合わせると7割を超えており、純粋に民間は3割を切る数字となっている。勲一等から勲三等までの上位叙勲者では、政治家、官僚、判事、検事、国立大学教授などがほとんどだ。叙勲の基準は以下のようになっている。
・大綬章―内閣総理大臣、衆参両院議長、最高裁判所長官など
・重光章―国務大臣、衆参両院副議長、最高裁判所判事、省庁の事務次官、経済社会の発展に対する寄与が極めて大きい企業の経営最高責任者など
・中綬章―大臣政務官、衆参両院常任委員長、国会議員、都道府県知事、省庁の内部部局の長など
・小綬章―指定都市の市長、全国組織の団体の長、省庁の課長
・双光章―市長、特別区の区長など
・単光章―町村長、都道府県議員、市議会議員など
このように、政治、役人では、その能力や功績に関係なく、そのポジションごとに対象となる勲章が決められている。叙勲は各省庁の長が、内閣府賞勲局に推薦して、協議の上決定する。つまり、政治や役人の世界での推薦ルート00が確立しているのだ。一般国民が内閣府賞勲局に推薦することもできるが、このケースで叙勲にまで至ることはほとんどない。
公務員は公僕であり、国民に奉仕するために仕事をしている。その結果として俸給を得ているのであり、その公務員が叙勲の対象、それも7割の受章者が公務員関係者であるということに、現在の叙勲制度の問題点があるのは明らかだ。もちろん、公務員のなかにも、警察官や消防士のような危険と背中合わせの職業もある。しかし、多くの公務員はいわば事務職にすぎない。
叙勲基準には、民間分野で人目に付きにくい分野の功労者という基準がある。例えば、森林作業員や専門工事業者(とび、左官、塗装等)なども含まれている。しかし、これらの人々が受章することはほとんどない。
筆者の住まいの近所に、1年365日休まず町内のゴミ拾いをなさるご婦人がいる。毎朝、出勤時にお会いする。本当に頭の下がる思いだ。しかし、こうした方々が褒め称えられることは、ほとんどないのである。政治家や役人が手前味噌のために栄典の見直しを行うのであれば、やらないほうがいい。見直すのであれば、市井の人々が選ばれるような制度をつくるべきだろう。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)