元新聞販売店主が読売新聞大阪本社から過剰な部数の新聞の仕入れを強制されたとして、8月7日、約4120万円の損害賠償を求める「押し紙」裁判を起こした。原告の元店主、濱中勇志さんは、広島県福山市で2012年4月から6年あまりYC大門駅前を経営していた。
大阪地裁へ提出された訴状によると、請求の対象期間は17年1月から18年6月までの1年6カ月。この間、供給される新聞の約5割が残紙となっていた。しかも読売新聞社が販売店へ供給していた部数は、読者数の変動とはかかわりなく毎月2280部でロック(固定)されていた。
「押し紙」裁判が多発するなかで、新聞の供給部数が1年以上もロックされ、しかも、約半分が残紙になっていたケースはまれだ。
この裁判の原告代理人を務めるのは、古くから押し紙問題に取り組んできた江上武幸弁護士ら押し紙弁護団である。5月15日に判決があった佐賀新聞社の押し紙裁判でも、原告の元販売店主の代理人を務めて勝訴した。この裁判では、佐賀地裁が佐賀新聞社による「新聞の供給行為には、独禁法違反(押し紙)があったと認められる」(判決)と明快に認定した。押し紙による独禁法違反を認定する初めての判決だった。
今回の読売新聞社に対する訴訟は、販売店勝訴の流れを受けて提起された。その背景には販売店から押し紙についての相談が押し紙弁護団に殺到しているという事情がある。
一方、読売新聞社の代理人を務める弁護士は、現段階では公表されていないが、提訴に至る前段で喜田村洋一弁護士が対処してきた経緯があり、そのまま喜田村弁護士が読売新聞社の代理人を務める公算が高い。
喜田村弁護士も読売新聞関連の押し紙をめぐる裁判の経験が豊富で、10年以上前から新聞社を擁護する立場で弁護活動を続けてきた。現在は日産自動車のカルロス・ゴーン事件で、ケリー被告の代理人も務める。
販売店の主張と新聞社の主張が、2人の辣腕弁護士を通じて真っ向から対峙する構図が生まれそうだ。
仮に読売新聞社が敗訴すれば、新聞業界崩壊が一気に加速する可能性が高い。その意味で、この裁判には今後、注目が集まりそうだ。
販売店経営に必要な新聞部数とは、実配部数+予備紙
この訴訟のひとつの着目点は、独禁法の新聞特殊指定が定めている押し紙の定義を、江上弁護士が忠実に提示している点である。「押し紙とは何か」という問題は古くて新しい議論で、一般的には新聞社が新聞販売店に仕入れを強制した新聞とされてきた。
たとえばある新聞販売店の読者が1000人しかいないのに、新聞社がノルマとして1500部の新聞を供給すると500部が残紙となる。この500部の残紙が、「押し紙」という考えである。このような定義がまったく間違っているわけではないが、「国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的」としている独禁法と、それを徹底するために定められた新聞特殊指定の目的からすると正確ではない。
従来の押し紙の定義には、残紙を取り締まるという観点から見ると法の抜け穴がある。というのも、新聞社サイドからすれば、新聞販売店で過剰になっている残紙は新聞社が仕入れを強制したものではなく、新聞販売店が折込広告を水増しするために自主的に注文した部数であるという主張が一応は成り立つ場合があるからだ。
折込広告の供給枚数は、残紙を含む新聞の供給部数に一致させる基本原則がある。そのために販売店が配達予定のない新聞を注文して、折込広告の受注を増やすケースも、まったくないとはいえない。
たとえば、新聞1部が生み出す折込広告収入が月額で2000円で、新聞1部の卸原価が月額1700円とすれば、残紙1部からも300円の純利益が生じる。この場合、販売店は残紙による損害を受けない。それどころか、残紙が多ければ多いほどかえって利益が増える。このような構図は、バブル時代から数年は、実際にあったのだ。埼玉県の元店主が当時を回想する。
「販売店ほど儲かる仕事はありませんでした。販売店の業界団体で箱根のホテルを借り切って宴会を開いたことがあります。ヨットを持っている店主もいました。余分な新聞を押し付けられても、折込広告が大量にあったので負担にはなりませんでした。残紙の買い取りを断って担当員の機嫌を損ねるよりも、残紙を受け入れたのです。店を強制改廃されるのが怖いですから。それが新聞のビジネスモデルだったのです」
こうしたビジネスモデルの下では、従来の押し紙の定義を採用していたのでは、折込広告の水増し行為で新聞社と販売店が共犯関係になったとき、独禁法の取り締まり対象にならない。残紙も折込広告の水増し行為も放置されてしまう。そこで江上弁護士は、新聞特殊指定が正常な商取引という目的を達成するためにもともと定めている押し紙の定義を忠実に再現したのである。
その定義は、健全な販売店経営に必要な部数を超える新聞部数は、すべて押し紙と解釈するものである。具体的には、「実配部数(実際に配達する部数)+予備紙」を超える部数は、理由のいかんを問わずすべて押し紙という定義である。このような定義は、実は岐阜新聞の押し紙裁判のなかで、すでに名古屋高裁が05年に認定したものでもある。
予備紙の割合は、かつては新聞業界の自主ルールで供給部数の2%と定められていたが、現在は削除されている。しかし、佐賀新聞の押し紙裁判では、少なくとも「実配部数+予備紙」が販売店が真に必要とする部数であり、それを超える新聞は、すべて押し紙という主張が認められたのである。
今回の読売新聞の裁判でも、押し紙の定義がひとつの争点になりそうだ。
読売新聞、「『押し紙』行為を行っていた事実はない」
表1は、訴状の別紙として原告弁護団が裁判所に提出した押し紙一覧表である。実配部数に適正な予備紙2%を加えた部数を超過した部数が押し紙という前提で作成されている。押し紙率の平均は49.47%である。
前述のように新聞の供給部数がロックされている点に注目すると、読者の増減とはかかわりなく1年半にわたり2280部が供給されていたことが浮き彫りになる。
読売新聞大阪本社・広報宣伝部は、今回の提訴について「提訴されたのかどうか、裁判所から訴状が届いておらず、当社として確認しておりません」としている。しかし、喜田村弁護士が提訴の前段で江上弁護士へ送付した「回答書」では、次のように読売新聞大阪本社の見解を述べている。
「濱中氏はYC大門駅前を経営していた間、回答者(注:読売新聞社)に対し、長年にわたって部数の増減に関して虚偽報告を続けていました。回答者が『押し紙』行為を行っていた事実はなく、貴職らが主張する不当利得返還請求は債務不履行に基づく損害賠償請求には理由がありません。
なお、回答者としては、濱中氏が上記の虚偽報告を行っていたことを認めるのであれば、話し合いに応じることを検討する用意がありますので、この旨、付言します」
秋には大阪地裁で第1回の口頭弁論が開かれる予定だ。
(文=黒薮哲哉/「メディア黒書」主宰者)