新型コロナウイルスで景気の低迷が続くなか、プレイステーションなどでソニーが健闘している。特に、巣ごもり需要の拡大は、同社のゲーム事業の成長を支えた。11月、同社は次世代ゲーム機である「プレイステーション(PS)5」を発売する。世界的な外出自粛ムードが続くなかでの新商品発売は、収益獲得につながる可能性がある。それは、新しい技術を積極的に用いて需要を生み出すというソニーの強さの復活を示唆する。
ただ、足許のソニーの新商品の開発には、もっとスピード感があってよいかもしれない。ソニー復活の重要なファクターともいえるゲーム機についても、市場を取り巻く環境は大きく変化した。スマホの普及によってモバイルゲームが急速に世界に浸透したのは一つの例だろう。ライバルであるマイクロソフトや任天堂などとの競争を、今後、一段と厳しくなることが予想される。特に任天堂の場合、前回の機種である「Wii U」からスイッチまでの開発期間は約5年だった。ソニーも、迅速に社会の要請の変化に対応する必要は高まるはずだ。
今後の展開を考えると、ロボット、自動車、都市空間など既存のモノとIT先端技術のさまざまな組み合わせが考えられる。また、米中の対立は先鋭化し、ソニーの事業展開に無視できない影響が及ぶケースも増えるだろう。変化のスピードがこれまで以上に加速化し、不確定要素が増大するなか、ソニーが積極的に、間断なく新しいモノを生み出し、需要を創出することを期待したい。それが本当の意味でのソニーの復活に欠かせない要素だ。
ソニー復活の息吹を感じさせるPS5
コロナショックの影響が深刻ななかで、ソニーは新型ゲーム機であるPS5を発売する。それはソニーが、多くのヒット商品を連続的に発表して成長を実現した同社の強さ(ソニーらしさ)を取り戻しつつあることを示唆する。
PS5の注目点は、価格を抑えてDX=デジタル・トランスフォーメーションへの対応を最大限図ったことにある。まず、PS5のデータの読み込み速度はPS4の100倍だ。画面の切り替えが従来よりもなめらかであり、ゲーム利用者はバーチャルな世界に没頭するかのようにしてゲームを楽しむことができる。
また、PS5には2つの価格帯が設定された。ソニーがより重視しているのは、一般的に“廉価版”と報じられている希望小売価格が3万9,980円(399.99ドル)のモデル(デジタル・エディション)だろう。直近のゲーム市場の利用動向を確認すると、ディスク購入ではなくネット経由でゲームコンテンツを購入する割合が74%に達した。小売店のゲームソフトを扱う売り場面積が縮小されているのはそうした変化によるものだ。
PS5の発売は、ソニーが世界経済の環境とテクノロジーや技術の急速な変化に対応し、成長を目指していることの裏返しだ。5年ほど前のソニーには、そこまでの体力がなかった。2015年3月期、ソニーの業績は低迷し無配当に陥った。その後、ソニーは構造改革を進めてCMOSセンサーの需要を取り込み、業績回復につなげた。その上で同社は獲得した資金をゲーム事業などの強化に再配分し、さらなる成長を目指すことができている。
重要なことは、事業環境の変化に合わせて同社が事業ポートフォリオにおける稼ぎ頭のシフトを円滑に行っていることだ。それは、ソニー経営陣が常に変化に機敏に対応し、事業ポートフォリオの分散を進めつつ、自社の成長の根源である“モノづくり”の文化を磨こうとしてきたことに支えられている。年初来、同社の株価は市場平均を上回って推移している。それは、ソニーの体力(既存の事業ポートフォリオの収益力、財務の安定性、新製品を開発する総合的な力など)が着実に強化されてきたことを反映したものだ。
本格的な復活に求められる取り組み
ソニーが本格的な復活を目指すためには、さらなる取り組みが必要だ。かつてのソニーには、かなりのスピード感をもって新しいモノを市場に投入して、世界を驚かせようとするような意気込みが感じられた。そうした経営の風土を取り戻すことこそ、同社の本格的な復活と呼ぶにふさわしい。そのために求められるのは、一段のスピード感を持った新商品の開発だ。
1960年代以降のソニーの新製品開発を振り返ると、おおよそ5年ごとにまったく新しい製品が発売された。トリニトロンカラーテレビ、ウォークマン、ハンディカムと続けてヒット商品を実現した。いずれも、過去の成功体験をもとにした発想ではなく、これまでにはなかった驚きや喜びと言った鮮烈な利用体験を消費者に与え、世界的にヒットした。
現在の世界経済を俯瞰すると、米中対立などによって企業間の競争は激化している。ソニーが優位性を発揮するためには、より迅速に社会の要請を的確に取り込んだ新製品の開発を目指す必要が高まるはずだ。
既存の商品に新しい機能を付加することは重要だ。ただし、その発想で競争上の優位性を長期間にわたって維持することは容易ではない。なぜなら、中国をはじめ新興国企業の技術面でのキャッチアップが急速に進んだ結果、最新技術が優位性を維持できる時間は短期化している。また、低価格競争も進んでいる。PS5と同時期に発売されるマイクロソフトの「Xbox」はPS5のデジタル・エディションよりも100ドル(約10,500円)安い。
また、米エヌビディアが英アームを買収したことによって、デジタルデームを支えるGPU(画像処理半導体)の高度化は加速化するだろう。その結果、タブレットPCなどのモバイル端末上で従来よりも鮮明かつダイナミックなゲーム体験が可能になることも想定される。ソニーの経営陣はPS4の価格と同じ399ドルでのPS5の発売にこだわったことは重要だが、それがソニーのさらなる成長につながるか否かは不透明だ。
不可欠な間断なき新商品の開発体制
ソニーに期待したいのは、新商品開発のスピード感を高め、間断なく新しい製品を発売して需要を獲得することだ。かつてのソニーにはそうした活力があった。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界経済のDXはより速いスピードで進行している。それは、ソニーがさらなる成長を目指すチャンスになるだろう。既存の製品とIT先端技術の組み合わせを考えると多くの組み合わせがある。2020年1月にソニーが発表した次世代の自動車コンセプトモデル「VISION-S」はその一例だ。そのほかにも、介護、高齢者の見守り、施設の保守点検などを行うロボット、IoT(モノのインターネット化)の技術を駆使した住宅など、IT先端技術と既存のモノの組み合わせは限りがない。
現在の世界各国の経済状況を確認すると、先端技術を用いて新しい人々の満足感を生み出す力を持つ企業が多く集積するか否かが、今後の成長への期待に大きく影響している。米国ではテスラがDXに対応した自動車を開発するとの期待が急速に高まり、その時価総額は日本の自動車メーカー9社の合計を上回った。米GAFAMの時価総額が東証一部の総額を上回ったことも、米国のIT先端企業が新しい技術の実用化と商品開発などを進めることによってDXをけん引するとの期待があるからだ。
日本経済にとって、ソニーは米中のIT先端企業に対抗する潜在的な力を持つ数少ない企業だ。かつてのように、ソニーがスピーディーに変化に対応して、消費者が欲しいと思ってしまう新しい商品を生み出せば、同社がGAFAM等に対して優位性を発揮することはできるだろう。それは、同社だけでなく、日本経済全体のダイナミズムに大きな影響を与える。
米中の対立は先鋭化している。不確定要素が増える環境下、ソニーが持続的な成長を実現するためには、独自の技術や発想を用いて米中から必要とされるモノや知的財産を増さなければならない。世界経済のDXが加速化していることも相まって、最先端の技術を用いた新商品開発の重要性は秒進分歩の勢いで高まっている。ソニーがそうした変化に対応しつつ、連続的に新商品を開発することで世界の消費者に驚きを与えることを期待したい。それができれば、ソニーの本格的な復活は可能だろう。