関西圏で高いシェアを誇るドラッグストア、キリン堂ホールディングスはMBO(経営陣が参加する買収)によって株式を非公開とする。創業者の寺西忠幸会長(91)、寺西豊彦社長(62)ら現経営陣と協力して米投資ファンド、ベインキャピタルがキリン堂にTOB(株式公開買い付け)を行う。買付代金は最大338億円。
ベインが設立した特別目的会社(SPC)がTOBを実施する。買付価格は1株3500円。TOB公表前日の終値2512円に39.33%のプレミアムをつけた。買付予定株数は85.26%に相当する966万879株。下限は588万4000株(所有割合は51.93%)。創業家の保有株式と合わせて3分の2超になるようにした。買付期間は9月11日~10月26日。買付代理人は野村證券だ。
SPCには忠幸会長、豊彦社長ら創業家が出資する。上場廃止後の株式はベインが6割、創業家は4割を保有する。取締役はベイン側が4人、創業家は3人を出す。忠幸会長、豊彦社長は留任するとみられている。
コロナ特需でマスクと消毒用アルコールの販売が急増
キリン堂の2020年3~5月期連結決算の売上高は前年同期比6%増の348億円。同期間としては過去最高を更新した。営業利益は2.3倍の15億円、純利益は2.3倍の11億円だった。新型コロナウイルスの感染拡大による影響で、マスクや消毒用アルコールの需要が急拡大した。外出を自粛したことによる「巣ごもり需要」で、食料品などの売上も増加した。化粧品は急減したが、郊外の住宅地に立地する店舗が大半のため、免税品が売上に占める比率は2%。訪日客減少の影響は小さかった。
21年2月期通期の業績予想を上方修正した。売上高は前期比2%増の1361億円。従来予想より9億円引き上げた。営業利益は43%増の39億円、純利益は35%増の24億円。それぞれ5億円、2億円上積みした。既存店売上高は6月が前年同月比7.8%増、7月は5.7%増、8月は10.4%増。マスクや消毒用アルコールの需要が根強かったほか、猛暑により飲料や殺虫剤などの季節商品が好調だった。調剤部門は医療機関への受診者の減少により不振だった。業績好調は新型コロナウイルスがもたらした一時的な特需であり、今後については、「厳しい」とみている。
MBOは敵対的買収を阻止するのが狙い
なぜ、上場廃止にするのか。経営の自由度を高めて意思決定を素早くするというのが表向きの理由だ。年内にも全店舗でAI(人工知能)による自動発注システムを導入し、無人店舗の開発やEC(電子商取引)の強化を図る、としている。
最大の理由は、ドラッグストア業界が業界再編の渦中にあることだ。業界4位のマツモトキヨシホールディングス(HD)と7位のココカラファインが21年10月に経営統合する。単純合算で売上高1兆円、全国に約3000店を展開する業界最大手となる。ウエルシアHDとツルハHDは首位を激しく争ってきたが、マツモトキヨシHDが一気に抜き去る。ウエルシアHD、ツルハHDとも巻き返しに出る。そうなれば業界再編は必至だ。
キリン堂は調剤薬局や医薬品に強い医薬強化型のドラッグストアだ。M&Aの標的になりやすい。キリン堂がMBOによって非上場化するのは敵対的買収を阻止するためとみられている。株式を非公開にしてガードを固め、その次にはベインのネットワークを活用して他業種との買収・協業を進めるという隠された狙いがある。
株価に左右されないで経営ができる
MBOはマネジメント・バイアウトの略称。経営者や従業員が所属する企業や部門を買収する。経営者は買収できるほどの資金的余裕がない場合、投資ファンドと組んだり金融機関から借り入れる。上場廃止になれば、経営者は株価に左右されず、自由度の高い経営を行うことができるとされる。上場会社は短期的業績によって経営手腕が問われることが多い。
直近では、介護大手のニチイ学館のMBOが成立、近く上場廃止となる。ホテル・不動産のユニゾHDは国内初の従業員による買収(EBO)によって、6月に上場廃止となった。過去の主なMBOとしてはアパレル大手のワールド、ファミリーレストランのすかいらーく(現すかいらーくHD)、書店のカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)などがある。すかいらーくHDやワールドは上場廃止後、経営の合理化などを進め再上場を果たした。
MBOは特定の大株主に有利に働くとの懸念がある。支配株主が、少数株主が持つ株式の全部を、その少数株主の承諾を得ることなく強制的に取得するスクイーズ・アウト(少数株主排除)ができるからだ。
2019年6月、経済産業省は「公正なM&Aの在り方に関する指針」を公表した。株式市場では、孫正義会長兼社長が率いるソフトバンクグループのMBO観測が駆けめぐる。“孫氏の商法”の一章に、MBOによる上場廃止が書き加えられることになるのだろうか。
(文=編集部)