10月13日、大阪府警は大手化学メーカー・積水化学工業の元社員の男性を不正競争防止法違反(営業秘密侵害)容疑で書類送検したことが報じられた。この元社員が在職当時、営業秘密に該当するスマートフォンの技術情報を中国企業に漏洩した疑いが持たれているという。
報道によると、広東省に本社を置く通信機器部品メーカー・潮州三環グループの関係者が、ビジネスに特化したSNSのLinkedInを通じて元社員に接触。元社員は積水化学に在職していた2018年8月上旬から19年1月下旬にかけて、同社の営業秘密にあたる「導電性微粒子」の製造工程に関する技術情報について、潮社の社員にメールで送るなどした疑いがあるという。
導電性微粒子はスマホのタッチパネルなどに使われる電子材料で、積水化学は高い技術力で世界トップクラスのシェアを誇る。一方の潮社は、スマホや家電製品の関連部品などを手がける大手メーカーで、積水化学の技術情報に目をつけたとみられる。
当初、元社員は潮社の社員と技術情報を交換する目的があったようだが、結果的に一方的に情報を取られる形となったようだ。また、積水化学は元社員を懲戒解雇した上で府警に告訴し、元社員は府警の聴取に容疑を認めていることなどから、逮捕はされていないという。
今後、元社員はどうなるのだろうか。山岸純法律事務所の山岸純弁護士は、次のように解説する。
「不正競争防止法は、いわゆる営業秘密をハッキングによって取得したり、企業に忍び込んで入手したり、これらを第三者に渡したりする行為を取り締まっています。また、今回のケースではありませんが、他人の商品やサービスの商標やパッケージなどを違法に真似したり、外国の公務員に賄賂を贈ったり、国家機関などが使用しているマークや旗に似たものを使用してビジネスを行うことを取り締まるなど、『卑怯なビジネス』を取り締まることを目的としています。
今回の報道が事実であれば、秘密漏洩の方法等の詳細が不明なので適用される条文を絞ることは困難ですが、少なくとも、不正競争防止法第21条の規定により、『10年以下の懲役、2000万円以下の罰金』か、または、国外への秘密漏洩のため、『10年以下の懲役、3000万円以下の罰金』が科せられる可能性があります」(山岸氏)
また、府警は元社員の男性の逮捕は見送っている。19年4月に東京・東池袋で起きた自動車暴走死傷事故でも、飯塚幸三被告は書類送検で逮捕されなかったことが話題となったが、逮捕されないケースにはどのようなものがあるのだろうか。
「逮捕という手続きは『逃亡の恐れ』や『証拠を隠滅する恐れ』等がある場合に行われるものなので、すでに積水化学側が今回の件に関する情報・資料などをすべて捜査機関に提供しており、証拠が隠滅される恐れもなく、また、何らかの理由により逃亡する恐れもないからと判断されたのでしょう。
本人の自供・自白以外の物的証拠などの捜査がすべて終わっており、本人も自白しているような状況では、罪の種類や重さによっては、『書類送検』、すなわち逮捕をせずに検察庁に『犯罪記録一式が送られ、起訴・不起訴の判断を待つ』こととなる場合があります」(同)
また、今後の捜査について、山岸氏は以下のような見方を示す。
「今回の場合、漏洩した情報の重要性にもよるのでしょうが、起訴されるなら罰金刑あたりの刑罰が言い渡されるのではないでしょうか」(同)
海外企業への技術や情報の漏洩については、これまでも大手鉄鋼メーカーのポスコや半導体大手のSKハイニックスなど韓国企業への流出が大きな問題となっていた。日本は「産業スパイ天国」という汚名を返上するため、15年に不正競争防止法を改正し、厳罰化するなどの対策を取ってきたが、今回はSNSによる接触という新たな手口が明らかとなった。
今回の事件を受けて、積水化学は10月14日に「お客さまを含め関係者の皆さまにご心配、ご迷惑をおかけして心よりおわびを申し上げます」とのコメントを出しているが、日本の技術力を狙う産業スパイ対策の強化は急務といえそうだ。
(文=編集部、協力=山岸純/山岸純法律事務所・弁護士)