今回の「著作権法改正」を報じる記事は、そう多くない。朝日新聞、日本経済新聞とも、すでに改正内容は大方決まっていて、変更の余地はほとんど残っていないとも読める書き方をしている。
新聞社は自社で本を出版しているにもかかわらず、他人事のようなスタンスで報じている。実は、10年ほど前の「Google Books検索和解」事件の時もそうだった。新聞記事は「中立公正」であるべきと考えてのことなのかもしれないが、記事からは問題意識や危機感が微塵も感じられない。
こうしたニュースを目にして、数々の疑問が筆者の脳裏に浮かんだ。それは、次のようなものである。
Google丸儲け?
疑問の最たるものは、当事者である著作権者が置き去りにされていることだ。それを端的に象徴しているのが、かつてグーグルブック検索和解事件の際、同和解案に真っ向から異議を唱えた著作権者や著作権者の団体(日本ペンクラブなど)に対し、同法を所管する文化庁は一度もヒアリングをしていないという事実である。この法改正によって、著作権者にはどんなメリットやデメリットがあるのかも不明だ。
著作権者の許諾を得なくても、市販されている書籍の全文をデジタルスキャンしてテキストデータ化し、インターネットで検索することが可能になるように著作権法を改正することを検討してきたのは、文化庁が「文化審議会著作権分科会」小委員会内に設けたワーキングチーム(WT)。だが、このWTには著作権者の利益を代表する者がひとりも入っていない。
文化庁の目論見どおり、現在の出版市場に悪影響を与えず、同市場の発展に寄与できるかどうかについても確証はない。同法の改正で確実に利益を上げられると思われるのは、現在のところグーグルをはじめとしたネット検索業者だけである。
そこで参考になるのが、すでにネットでの無料公開を始めている新聞や雑誌だろう。果たして新聞や雑誌は売上を伸ばしているのか。横ばい、あるいは減らしているのだとすれば、同法改正によって本が売れるようになるという根拠はないことになる。
新しい検索サービスを始めることによってGoogleなどが得る利益は、著作権者に還元されるのか、という問題もある。本の売上が下がる一方で、検索業者からは何も著作権者に還元されず、それこそ「グーグル丸儲け」になる恐れはないのか。
結果的に検索業者の一人勝ちとなり、作家やジャーナリストが割の合わない職業になって淘汰されれば、新しい著作物が生まれなくなる。こうした事態に陥ることは、検索業者にとっても決していいことではないはずだ。
差別や名誉棄損等の問題により絶版になっている本が、全文デジタルスキャンによって蘇り、再拡散してしまう懸念もある。一度、ネット上で広まってしまえば、取り返しがつかない。今回の法改正が、それを助長することにはならないか。そしてもしそうなった場合、誰がその責任を負うのか。
さらにいうと、現在は著作権者とネットがうまく折り合いをつけ、ネットサイトで無料公開した連載記事が評判になれば、それを単行本化するというビジネスも成立している。そんななか、時代遅れの感さえある「書籍全文検索サービス」を始めることに、どれほどの意味があるというのか。
Google Booksのパクリ
今回の法改正で想定されている「書籍検索」のスキーム(事業の枠組み、企み)は、文化庁や著作権法改正を検討してきた同庁WTのオリジナルではなく、物議を醸したグーグルブックスの完全なパクリである。そしてこの事実は、今回の著作権法改正案はグーグルによるロビー活動の“成果”なのではないか――との疑念を生じさせる。しかし文化庁はこの疑念に対し、なんの説明もしていない。
こうした疑念が生じてしまうのも、世界中を巻き込んだ著作権侵害事件だったグーグルブック検索和解事件の総括を、文化庁や日本政府がしていないからなのである。にもかかわらず、いきなりグーグルの意に沿うかたちで法改正をするのだといわれても、とてもにわかには受け入れがたい。文化庁や日本政府とグーグルの間で、この間、いったい何があったのか。
ともあれ、これらの疑問や疑念を晴らすには、著作権法を所管する文化庁に直接聞いてみるほかあるまい。筆者は3月22日、ジャーナリストのまさのあつこ氏、日本ペンクラブの山田健太氏(専修大学教授)らとともに、文化庁との「著作権法改正案勉強会」に臨むことにした。
(文=明石昇二郎/ジャーナリスト)
※続く