国内株式市場で、家具販売やホームセンター事業を運営する島忠に絡むM&A(合併・買収)の行方が注目されている。10月2日、ホームセンター業界第2位のDCMホールディングスが島忠にTOB(株式公開買付け)を掛け、両社が経営統合することに合意したと発表された。その後、家具大手のニトリホールディングスも島忠の買収を目指していると報じられた。
注目されるのは、島忠がM&Aのターゲットとなる理由だ。島忠の経営陣は長期的な経営の持続性への危機感から、DCMとの対等な経営統合を選んだとみられる。コロナショックが発生するまで、島忠は東京一極集中を追い風にしてきた。しかし、コロナショックによって、同社を取り巻く事業環境は大きく変化している。
その変化への対応が、島忠がDCMとの経営統合を目指す理由の一つだろう。統合後も島忠はDCMとの対等な関係を保ち、店舗運営をはじめとする自社の強みを磨きたいはずだ。対等な関係を維持する統合がどのように進み、その結果として両社にとってウィン・ウィンの成果が実現するか否かは、他の日本企業のM&A案件にも大きな影響を与えるだろう。また、島忠とのM&Aに興味を示したニトリの動向にも注目が集まる。
首都圏に集中して店舗を運営した島忠
島忠の特徴は、日本経済の“東京一極集中”にうまく対応してきたことだ。バブル崩壊後、より良い所得・雇用機会を求めて多くの人が、大企業が拠点を置く東京での就業を目指した。それによって、東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県の首都圏に人口が集中した。
島忠が店舗の全国展開などの拡大路線ではなく、首都圏を地盤とした地域密着型の店舗戦略を重視したのは、そうした需要を確実に取り込むためだった。それに加えて、島忠は店舗の魅力を高めようと新しい発想の実現に取り組んだ。具体的に、同社は家具、ホームセンター事業に加え、食料品や衣料品など分野の異なる事業を加えた店舗戦略を強化した。島忠の店舗運営は幅広い世代から支持され、過去数年間、既存店の客数が増加基調だ。異業種混合体としての店舗運営は島忠の強みの一つだ。
拡大路線を重視しなかった結果、同社は獲得した収益を基本的には内部に留保した。そのため2020年8月期の自己資本比率は76.5%と高い。また、島忠は自社株買いや配当の引き上げによって株主への価値還元を行いつつ、DEレシオの上昇を防ぐなど財務内容の安定を重視した。
コロナショックの発生は、事業戦略と財務面での島忠の強みを確認する機会になった。2020年2月から8月まで、島忠の既存店舗での客数は前年同月比10~20%台の増加を記録した。それは、日用品からDIY、食料品など幅広い品目を扱う同社の店舗が人々から必要とされたことを示している。コロナ禍における新しい生活への対応という点において、島忠の競争ポジションは国内ホームセンター業界の中でも比較的優位と考えることもできる。
また、コロナショックの発生によって日本全体の株価が一時大きく下げる中でも、島忠の株価は相対的に底堅く推移した。それは、同社が短期の成長よりも、中長期的な観点で社会との関係を強化し、無理なく事業を継続することを重視したからだろう。一部では株主への価値還元策の強化などを求める投資家もいるが、現時点で同社の事業運営に何らかの深刻な問題が顕在化しているとは言いづらい。
コロナショックが高めた島忠の成長への懸念
島忠がDCMとの経営統合を発表した背景には、経営陣のかなり深刻な問題意識があるとみるべきだ。一つの要因として考えたいのが、コロナショックを境に、人口などの東京一極集中が変化し始めたことだ。コロナショックは財務面を中心とする島忠の堅実さや安定性を確認する機会となった一方で、経営陣の危機感を強める要因にもなった。
コロナショックが発生した結果、23区を中心に東京都の人口は減少し始めた。本国に帰国する外国人の増加に加え、東京から地方に生活の拠点を移す日本人も増えた。効果のあるワクチンがない中で、人々は新型の感染症に対して無力だ。感染を避けるために人口が密集している地域から離れようとする心理が強まるのは無理ないだろう。さらにオフィスの賃料負担の軽減などを目指して、東京から地方に拠点を移す企業もある。
それに加えて、コロナショックによって、人々がよりよい人生を追求し始めたことも軽視できない。特に、テレワークが浸透した影響は大きい。それによって、必ずしも生活費の高い東京に居住し続ける必要がないことに多くの人が気付いた。ストレスの解消やよりよい教育環境のために、自然環境が豊かであり、家賃も相対的に低い地方に生活に拠点を移し、必要に応じで首都圏に出張すればよいと考える人は増えている。中には、特定の場所に住み続けるのではなく、テレワークによって所得を得ながらさまざまな場所に移住して人生をより楽しみたいと考える人もいる。テレワークを恒久化する企業が出始めたことを考えると、東京をはじめ首都圏から地方への人の流れは続く可能性がある。
島忠は、首都圏を中心に約60の店舗を運営してきた。首都圏の人口が徐々に減少基調となれば、長期的に考えて同社のビジネスモデルは縮小均衡に向かう可能性が高まる。その状況を打開するには、東京一極集中に対応してきた事業戦略を修正し、さまざまな地域でより効率的に収益を得る事業体制を整備しなければならない。そのために、同社は全国に約670店を構えるDCMが自社の持続的な成長の実現に適したパートナーと判断したのだろう。
今後のM&Aの成否を分ける当事者間の思惑
10月下旬の時点で、島忠・DCMさらにニトリが絡むM&Aの行方は読みづらい。その中で注目されるのは、島忠とDCMの2つの組織(企業)が真に対等な関係を維持できるか否かだ。DCMは島忠のブランドを継続する意向を示し、島忠との経営統合契約の締結書面でも“対等の精神”を尊重することが明記された。
近年の客数の増加と堅実な財務内容を踏まえると、島忠は自社の取り組みに矜持を持っている。その戦略を首都圏以外の日本全体、さらには海外で進めるために、同社は経営体力のある企業の傘下に入り、事業運営面では独立性を維持しつつ成長を実現したい。コロナショックによって、国内のDIY需要の高まりが確認された状況は、島忠が東京一極に集中してきた店舗展開の方針を修正し、さらなる成長を目指すチャンスでもある。島忠は、M&Aを経て中期経営計画(2018年10月公表)に記された家具とホームセンター事業の人材登用の一体運営や、新しい店舗運営コンセプトの推進などを加速化させたいだろう。
DCMなど買収の意思を持つ企業に求められるのは、“聞く耳”を持つことだ。買収企業の経営者は、その費用負担を上回る成長を実現しなければならないと、腹をくくっている。そのため、どうしても買収した企業の経営に口を出したくなる。それが人情だ。財務内容が不安定化した企業などを買収する場合なら、強いリーダーシップ発揮によって早期に事業体制の立て直しを目指すことは重要だ。
今のところ、島忠の経営状態は安定している。だからこそ、ニトリも同社に対してM&Aの相手として強い興味を持っている。家具販売を中心とするニトリとしても、ホームセンター分野への足掛かりとなる島忠のM&Aは十分な意味を持ち得る。
今後の島忠のM&Aの行方は、島忠の意をくみ取った上で規模の経済効果や物流網の効率化などによるシナジー効果の発現を目指すかに左右されるだろう。その結果として、M&A後に島忠の店舗がより多くの消費者の支持を得られるのであれば、島忠の買収は日本企業が組織を統合して、より効率的かつ持続的に成長を目指すための重要なケーススタディとして扱われる可能性がある。いずれにしても、島忠・DCM・ニトリのM&Aがらみの展開は見ごたえがありそうだ。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)