国際的に日本人は、「真面目で働き者」といった評価が主流であり、われわれ日本人自身もそう認識している。たとえば、海外におけるスーパーマーケットで、精算スピードのあまりの遅さに驚いた経験がある人も少なくはないだろう。日本の自動車メーカーの工場で研修を受けた経験がある筆者にとって、米シアトルのボーイング工場で優雅に作業するスタッフの姿は驚愕に値するものであった。
こうした前提に立てば当然、日本の生産性はかなり高いだろうと予想されるが、実際には主要先進7カ国(アメリカ・フランス・イタリア・ドイツ・カナダ・イギリス・日本)のなかで、データが取得可能な1970年以降、最下位の状況が続いている。さらに、日本におけるサービス業の生産性の低さは際立っている。
労働生産性はアウトプット(付加価値額または生産量など)÷インプット(労働投入量<労働者数または労働者数×労働時間>)で算定される。よって、生産性を向上させるには、産出される付加価値を拡大させるか、労働投入量を削減するか、これらの双方を実行していかなければならない。以下、労働投入量の削減に注目していく。
“日本一幸せな会社”未来工業のコスト削減
10年以上前になるが筆者は、「残業禁止」「ノルマ禁止」「年間休日140日」といった方針により、“日本一幸せな会社”と呼ばれる岐阜県大垣市の未来工業を訪問し、創業者である故山田昭男氏に話を聞く機会があった。
「未来工業では“常に考える”ことしか社員に要求しない。未来工業の営業マンの仕事は“商品を売ること”と“情報を集めてくること”。こうした方針のもと、たとえば最終ユーザーにのみ注目するのではなく、取り付けやすさなど現場の作業者にも配慮した製品などが年間1000以上も生まれている」
このような興味深い話を、たくさん聞くことができた。また、“電気をなるべくつけない”という方針のもと、階段や廊下は薄暗く、コピー枚数を減らすためにコピー機の数を最小限に抑えるなど、徹底したコスト削減に関わる取り組みが実行されていた。
とりわけ、「当社の倉庫には警備員もいないし、防犯システムなども設置していない。そうしたことにコストをかけるより、盗られたほうが安い」という山田氏の言葉は、今も心に残っている。
ピットデザインのスマートパーク
ビジネス系情報番組『がっちりマンデー!!』(TBS系)で、独自のコイン・パーキング・システム(スマートパーク)を展開するピットデザインが紹介されていた。スマートパークでは“ゲート機”や“ロック板”を設置せず、入り口と出口に設置したカメラで車両とナンバープレートを記録し、利用者は自らのクルマのナンバー4桁を精算機に入力するシステムとなっている。
通常、ゲート機は入り口と出口の1セットで約600万円、ロック板は1台約30万円となっており、こうしたコストを削減できるわけだ。一方、ゲート機やロック板がないため、料金を支払わない者が続出してしまうことが危惧されるが、99%以上の利用者は適正に支払っているとのこと。「一部の不届きもののために、一般の方が損をしているのがこれまでの駐車場」と、ピットデザインの池末社長はコメントとしていた。
ちなみに、料金を支払わなかった場合、ナンバーのデータを記録し、次回の利用時に警告が出る仕組みになっている。
さらに、近年、ショッピングモールやスーパーマーケットの駐車場に採用されることも増えてきている。精算はナンバー入力とレシートのスキャンで行うため、1枚あたり2~3円のコストがかかる駐車券を発行する必要がなくなる。
業績は好調で、2016年に事業を開始して2019年までに163カ所まで増え、今年は100カ所程度新設される予定だといい、50億円の売り上げを見込んでいる。
広がる無人販売
関東を中心に展開する「餃子の雪松」は、年中無休・24時間営業の無人直売所をオープンさせている。商品は、1袋36個入りの冷凍餃子(税込1000円)と特製ダレ(税込100円)の2種類のみとなっている。精算は賽銭箱のような箱に入れるだけで、おつりは出ない。賽銭箱のようなスタイルを採用している理由は、悪事を働こうとする者に対して思いとどまらせる意図があるのかもしれない。
また、東京・三鷹にある広さ2坪ほどの古本店「BOOK ROAD」も、年中無休、24時間、無人のスタイルで運営されている。精算は店内に設置されている300円と500円のカプセルトイ本体で本の後ろに記されている価格分のカプセルを購入する仕組みになっている。オープンして7年が過ぎたものの、盗難はゼロとのこと。しかも、店内の木箱に本を入れて寄付してくれる利用者も多く、こうした本は商品として並べられている。オープン当初は朝と晩に戸締まりをしていたが、面倒なので24時間営業に切り替えたという。
人の善意に基づくサービス
ここまで述べてきた事例は、すべて人の善意に基づいて成立している。さらに、星野リゾートによる“おいしさ保証カレーライス”(顧客がまずいと感じたら全額返金)や“上達保証スキー・スノーボード・スクール”(事前に約束したレベルに達しなかったら全額返金)も、人の善意を前提としてサービスが設計され、他社との明確な差別化が実現している。
逆を言えば、他社は人の善意という不確実なものに対するリスクを引き受けることができないため、結果、差別化されたサービスとなっている。また、「ワークマン」における“善意型SCM”(Supply Chain Management;サプライヤーが自社判断で納品数量を決定し、ワークマンが全量買取)も、メーカーの善意を前提にビジネス・プロセスが設計されている。
もちろん、例えば、工業製品の品質管理においてはシックスシグマ(100万分の3.4レベルの不良率)に代表されるような厳格な管理が求められるだろうが、サービスにおいては多少アバウトにはなってしまうが、人の善意を前提としたマネジメントやマーケティングが実践されてもよいのではないだろうか。
日本の生産性の低さには、完璧さを追求するあまり、多くのムダが発生してしまっていることも大きく起因していることだろう。
利用者の立場に立ってみても、信頼されていることを前提として提供されるサービスと、悪事を働かれるかもしれないことを前提として提供されるサービスとでは、大きく印象が異なるはずだ。さらには、信頼されているからこそ、悪事を働きにくくなるという好循環も生まれるはずだ。
人の善意を前提としてサービス・プロセスを構築することで、コストを抑えながら顧客満足度を向上させることができれば、単に企業が儲かるだけでなく、よりよい社会の実現にも大きく貢献するのではないだろうか。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)
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