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大崎孝徳「なにが正しいのやら?」

三菱スペースジェット、なぜ事業凍結に陥ったのか…3年連続世界首位のホンダとの決定的な差

文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授
三菱スペースジェット、なぜ事業凍結に陥ったのか…3年連続世界首位のホンダとの決定的な差の画像1
三菱スペースジェット(「Wikipedia」より)

 10月30日、三菱重工業は「2021事業計画(FY2021~2023)」において、ジェット旅客機「三菱スペースジェット(旧MRJ)」の開発を事実上、凍結すると発表し、メディアなどでも大きく取り上げられている。

 三菱重工業の発表の詳細は、以下の通りである。

 まず、民間航空機市場は新型コロナウイルスの影響で一時的に落ち込むものの、長期的には成長領域である。よって、民間航空機事業全体としては、2024年以降の回復期に備え、効率化・新技術開発を推進し、国際新規プログラムへの参画を図るとしている。

 しかしながら、スペースジェットに関しては、開発状況と市場環境を踏まえ、開発活動を中断し、この間、再開のための事業環境の整備に取り組むという。具体的には、機体の安全性を証明する「型式証明」の取得に必要な文書作成は続けるが、飛行試験は中断するとのこと。

 国産初の“日の丸ジェット旅客機”と、多くの日本人が期待していた、このプロジェクトは、なぜ中断(三菱重工業は「開発活動は一旦立ち止まる」と表現)する事態に陥ってしまったのだろうか。

日本企業なら航空機もうまくやれる?

 筆者が米シアトルに滞在していた際、幸運にもボーイングの工場を訪ね、スタッフとディスカッションする機会にしばしば恵まれた。工場で優雅に(ダラダラとも表現できる)作業するスタッフを見ながら、「日本企業なら格段に高い生産効率を実現できるだろう。日本に旅客機メーカーがないのは残念だ」と感じていた。

 ただ、仮にコストパフォーマンスに優れた旅客機を開発できても、旅客機の販売においては外交力などが重要になると聞き、強い外交力を擁するアメリカのボーイング、旧植民地に対して現在でも強い影響力を有するヨーロッパのエアバスと比べると、日本企業の場合、確実に不利な立場に立ってしまうとも思っていた。

 そんななか、三菱重工業が国産旅客機の開発に着手するというニュースを聞いた時には、「もちろん日本人として、うまくいってほしい。しかし、大丈夫なのだろうか?」と、期待と不安が混在していた。その後、国からの補助と航空会社からの先行予約が目標の水準に達したら事業を本格的に始動させるといったニュースを耳にした際、「もちろん、企業としてリスクヘッジは重要だろうが、何がなんでもやり抜くという熱い思いや覚悟のようなものを感じない。

 ひょっとすると、モノづくり大国である日本に旅客機メーカーがないのは問題であると、一部の政治家や経済産業省などが強く主導し、三菱重工業はこうした声に引っ張られているだけなのか?」とも勘ぐってしまった。もちろん、航空は日本の大学において人気のある学問分野であり、三菱重工業の若手エンジニアを中心に旅客機開発を切望していたスタッフも数多くいたであろうとは思う。

 さらに、開発される機体は最新の設計技術により、機内は広く、燃費もいいと謳われていたが、競争優位性に直結する独自技術のようなものはあまり見当たらなかった。

ホンダジェットは3年連続世界首位

 一方、本田技研工業(ホンダ)の小型ジェット機である「ホンダジェット」は3年連続で世界首位という快挙を達成している。「ホンダジェット」は独自に開発したエンジンを機体から離して主翼上面に配置することにより、広いキャビンスペースの確保、騒音や振動の低減、高燃費を実現している。

 さらに、速度、高度、航続距離などでもトップクラスのパフォーマンスとなっている。こうした商品力に加え、ビジネスジェットの主たる市場となるアメリカに開発当初から根を下ろしてプロジェクトを進めたことも大きな成功要因のひとつとして指摘されている。

 三菱スペースジェット開発の中断の直接的な理由は、コロナかもしれない。しかしながら、当初2013年に設定されていた納期は6度も延期され、いまだ実現していない。この点に関しては、経験やノウハウ不足による「型式証明」の取得の遅れが、しばしば指摘されている。その後、こうした問題を解消すべく、本拠地をアメリカに移し、経験豊かな外部スタッフを採用するなどしたものの、あまりうまく機能していないという話も聞こえてくる。

 確かに、旅客機ビジネスにおいて開発の遅延はよくある話だが、現時点で7年遅れており、当初想定していた他社の旅客機に対する強みが今後も有効に機能するのか、大いに危惧される。

 以前、ボーイングのスタッフから自社の弱みに関して「開発をはじめ、すべての意思決定のスピードが遅い。テスラモーターズやスペースXを率いるイーロン・マスクのような強いリーダーシップを持った人物が不在」といった話を聞いたことがある。

 まさに一時、日本で流行った「大企業病」に該当するコメントだが、そういえば最近めっきり耳にすることがなくなった。その理由は、解消されたからか、それとも抗うことをやめてしまったのだろうか。

 ちなみに、電気自動車市場の拡大に伴い、テスラが急成長する一方で、2009年に販売が開始された世界初の量産電気自動車である三菱自動車「アイ・ミーブ」が来年3月に生産終了となる。成否を分けたものは、なんだったのだろうか。商品力など、さまざまな要因を挙げることはできるものの、結局は1人の人間の熱い思いと覚悟に大企業がしてやられたということではないか。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授。1968年、大阪市生まれ。民間企業等勤務後、長崎総合科学大学・助教授、名城大学・教授、神奈川大学・教授、ワシントン大学・客員研究員、デラサール大学・特任教授などを経て現職。九州大学大学院経済学府博士後期課程修了、博士(経済学)。著書に、『プレミアムの法則』『「高く売る」戦略』(以上、同文舘出版)、『ITマーケティング戦略』『日本の携帯電話端末と国際市場』(以上、創成社)、『「高く売る」ためのマーケティングの教科書』『すごい差別化戦略』(以上、日本実業出版社)などがある。

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