日本郵政による野村不動産ホールディングス(HD)の買収に関心が集まっている。日本郵政は、傘下の日本郵便が6200億円で買収したオーストラリアの物流大手トール・ホールディングス(HD)で4003億円の減損処理を発表したばかり。そのうえ、買収計画を発表して以来、野村不動産HDの株価が上昇し、買収は困難になったと見られている。
そもそも、なぜ野村不動産HDなのか、そして誰がこの大型M&A(合併・買収)を仕掛けたのか、という疑問もある。決算発表直前の5月12日夜にNHKがスクープするという情報の出方からして不可思議だ。官邸筋から「何も聞いていない」との声まで挙がった。
5月15日の日本郵政の決算発表会見に出席した全国紙記者は、「長門正貢社長は野村不動産HD買収の件から距離を置いている感じだった」と言う。長門氏は旧日本興業銀行出身で、統合後はみずほコーポレート銀行常務を務めた。興銀の役員OBは長門氏を「一言でいうと、ザ・興銀マン。“オレ様が一番”というタイプ」と評する。
「長門氏はしゃべりすぎるくらいよくしゃべる。先日の記者会見でも『トランプ大統領の話を始めたら、1時間はかかる』というようなことを言っていた。海外経験があるので、やたら横文字が好き。社内の評判はあまり芳しくなく、人望も薄い。そのため、グループトップとして4社をまとめきれていない」(前出・全国紙記者)
野村不動産HDの買収は長門氏が言い出したものではなく、押し切られて計画をしぶしぶ認めたという内部情報も伝わってくる。
「野村不動産HD買収を仕掛けたのは、日本郵便社長で日本郵政取締役の横山邦男氏です。日本郵政代表執行役副社長(不動産担当)の岩崎芳史氏と一緒に動いたといわれています」(日本郵政関係者)
横山氏は三井住友銀行出身。元三井住友銀行頭取の西川善文氏が日本郵政社長に就いた際、右腕として経営企画担当執行役員を務めた。だが、民営化反対の民主党政権下で、三井住友出身者は古巣に戻され、その後、三井住友アセットマネジメントの社長に転じていた。
自民党の安倍晋三政権が誕生し、民主党政権時代の役員は一掃。横山氏は森信親金融庁長官に口説かれ、民営化をテコ入れしたい菅義偉官房長官の後押しもあって、日本郵便社長に就任したという経緯がある。
一方、岩崎氏は三井不動産の出身。横浜支店長時代に、菅氏と親交が深まった。三井不動産販売会長、ゆうちょ銀行取締役を経て、日本郵政の不動産担当の副社長になった。横山氏と岩崎氏は“菅人事”といわれている。
日本郵政の株価つり上げの手段か
日本郵政の喫緊の課題は、株価を高めることだ。政府は今年1月、保有する日本郵政株の第2次売却を決定。東日本大震災の復興財源に充てる。財務省は2015年の日本郵政グループの上場に伴う保有株売り出しで約1兆4000億円を得た。上場時に得た分を含めて、22年度までに合計4兆円の確保を目指している。株式市場が堅調に推移すれば、今年7月にも追加売却があり得る。
第2次売り出しをスムーズに実現するために必要な、日本郵政株価の死守ラインは1400円だ。1次売り出しの時の価格が1400円だったからだ。株価は年初に1500円をつけていたが、その後は下落に転じ、5月には1350円前後で推移。6月9日の終値は1340円(10円安)。追加売却を円滑に進めるには、何がなんでも株価を回復させなければならない。
日本郵政株の追加売り出しを可能にするために、15年に買収したトールHDの減損処理と野村不動産HDの買収計画をセットで打ち出したのである。
日本郵政グループの非上場会社の日本郵便は17年3月期決算で、トールののれん代を全額減損処理して4161億円の減損損失を計上、3848億円の当期損失を出した。その結果、持ち株会社の日本郵政は289億円の最終赤字に転落。民営化後、初の赤字に陥った。
野村不動産HDの17年3月期の純利益は470億円。単純計算では、日本郵便の赤字を8年で消せることになる。
では、なぜ買収の相手が野村不動産HDなのか。同社の筆頭株主は33.7%を保有する野村土地建物。野村土地建物は野村證券を中核とする野村ホールディングスの100%子会社だ。
日本郵政株の第2次売却を担う主幹事証券(グローバル・コーディネーター)に野村證券が入っている。「日本郵政と野村證券と政府の阿吽の呼吸で、野村不動産HDの買収話が出てきたのではないのか」(証券関係者)といった解釈も成り立つ。
長門氏は人の手柄を横取りするとの不評もある。
「トールの減損処理の決断を実際に下したのは横山氏なのに、いつのまにか長門氏が『オレがやった』と言っている。グループ内では、長門氏が横山氏の手柄を横取りしたことを皆、知っている。現在の水面下の買収交渉に不満を持っているとしても、もし買収に成功すれば、野村不動産HDの買収も『オレがやった』と言い出すのではないか」(前出の日本郵政関係者)
安倍政権から日本郵政グループ3社の同時IPO(新規公開)のミッションを託された西室泰三社長(当時)は、国内物流事業の強化策としてSGホールディングス傘下の佐川急便や日立物流の買収を検討したがうまくいかず、焦ってトールに飛びついた。トールはM&Aを繰り返して大きくなった企業で、「会社の売り買いだけで業績をカサ上げしてきた」といわれている。大手物流会社トップも「自分で稼ぐ力がない会社ということは、物流関係者なら誰でも知っていた」と語り、買収に疑問を投げかける。早くトールと手を切らないと、追加損失を計上する破目になる、と専門家は危惧している。
20年の東京オリンピックを見越して不動産株は軒並み割高である。「トールの二の舞になる恐れが大きい」(証券関係者)と懸念する声も多い。そんななか、日本郵政による買収計画が発表されて、さらに
野村不動産HDの株価は上昇した。そのため、日本郵政内部からも高値づかみを懸念する声が上がっていた。
野村不動産HDの買収という株価上昇のテコを失った日本郵政株の先行きが注目される。「7月の政府保有株の追加売り出しが遠のいた」(証券筋)との見方さえ出ている。
(文=編集部)
●追記
日本郵政は6月19日、野村不動産HDに対する買収交渉を中止したと正式に発表した。買収価格で折り合いがつかず、大型買収への慎重論が強まったことから、買収計画は白紙に戻った。一方、野村不動産HDは同日、交渉が白紙になったと発表した。「日本郵政による当社株式の取得について検討したきたが、今般、検討を中止することになった」とのコメントを出した。19日の東京株式市場で野村不動産HDの株価が商いを伴って急落。一時、前週末比15%安の2077円まで下げた。終値は2110円だった。日本郵政の株価は前週末が1393円だったが安値は1380円と小反落した。