止めどもなく進む少子化の中で、仁義なき生徒獲得競争に明け暮れる学習塾界隈の闇が明らかになった。J-CAST ニュースは10日、記事『大手学習塾「臨海セミナー」に同業19社が抗議 「悪質勧誘」「合格者水増し」告発される』を公開した。大手学習塾「臨海セミナー」を運営する臨海(神奈川県横浜市)に対し、ステップ、早稲田アカデミー、秀英予備校、中萬学院、エイサイコミュニケーションなど同業他社19社が業務改善などを求める申入書を送付したというのだ。
申入書の内容を要約すると、次のような臨海の行為が問題とされていた。
「塾生から学校の友人の中での成績優秀者の名前・塾名・志望校などの個人情報を聞き出し、リスト化。塾生を通じて、模試や講習などの申し込みを促すと塾生は金券がもらえる」
「入試直前に、他塾に通う生徒の籍を変えずに『特待生』(難関校の受験、結果の報告、広告掲載などを条件に、授業料が一定額免除される制度)として勧誘し、自塾の合格実績だけ増やそうとしている」
これらが個人情報の不当な収集にあたり、業界団体が定めた合格実績の基準に違反しているのだという。元臨海セミナーの講師は次のように話す。
「教室によって異なるところもあるのかもしれないですが、とにかく塾生獲得と合格者数のノルマがきつかったです。授業は大学生アルバイトに任せて、社員講師は授業中に勧誘電話なんてことはザラでした。イケメンの大学生がアルバイトで入ってくれば、体験講習会や保護者説明会に優先的に回して、お母さんたちに握手攻勢をかけます。完全にどこかのイケメン政治家ですよ」
端緒は臨海セミナー現役講師の告発文
業界団体が今回のようなアクションに至ったきっかけがあった。11月23日、受験情報サイト「カナガク」が「神奈川大手塾勤務講師、強引な勧誘・合格実績水増しを告発」と題して、臨海セミナーの現役講師の「告発文」を公開したのだ。以下、引用する。
「私は、神奈川のさる大手学習塾に勤務していますが、当社が行っている強引な生徒勧誘や合格者作りの手法には社会的に容認できないものがあると思い、筆をとりました。私の勤務している塾が学習塾の原点に立ち戻り、堂々と胸を張って仕事ができる会社になってほしいという願いを込めて、経営陣への反省を求め、ここに実情を明らかするものです。
私が現在勤務している塾では、通塾生に『これを頭のいい生徒に渡すように』と模試やアンケートを各学校の他塾生や成績優秀生に配布させ、生徒からの聞き取り情報をもとに、本人またはその保護者に無断で、各中学校に通う高学力者の名簿を作成し、それをもとに勧誘活動を行っています。また、勧誘に協力した通塾生には報酬として金券の類いを渡し、生徒を営業活動に利用しています。
社内では『優秀生獲得目標』が存在し、実績輩出のために高学力者を集めるという動きが盛んです。一連の勧誘もこの目標を達成するためのものであり、リストに上がった高学力者を特待生として在籍させ、公立トップ校や早慶の附属高校への合格者としてカウントしようとしています。しかし、それらの生徒のほとんどが他塾に通っている生徒であり、その生徒に軽い個別指導等を提供し、在籍したことにして合格したら本来通っている塾に属するべき生徒の実績を、私の勤務している塾の実績として、言ってみれば『ダブルカウント』しようということです。
そうやって得た合格実績を、今目の前で共に頑張っている生徒に、これから通ってくれる生徒に、面と向かって話すことはできません。私は生徒の前に立つ講師として、このような行き過ぎた勧誘活動によってではなく、お預かりしている生徒の成績・学力を上げて、正々堂々と合格実績を出すことこそが本道であり、またそうやって出した合格実績こそが、入塾を検討している方々にとって必要な情報であり、私たち自身が誇りをもって提示できる実績であると思っています。
私の勤務している塾のやっていることは、生徒の成績・学力を上げた結果としての『合格実績』ではなく、勧誘活動によって実態の伴わない数字を作ろうとすることです。その結果、神奈川県の小中学生とその保護者に誤った情報を広めることになり、私自身到底納得できません。自分の会社の手法を目の当たりにして、『社会に貢献している』と仕事に誇りを持つことができないのが、誠に残念です。
このような手法が蔓延すれば、各塾の合格実績として出した数字を合計すると、高校が実際に出した合格者数を上回ることになり、学習塾全体の合格実績の信ぴょう性が失われ、学習塾の品位を落とすことにも繋がります。また、生徒を営業の手段に使うのは、塾を信頼して通わせて下さる保護者を裏切ることになります。今一度、塾の存在意義、あるべき姿を考え、我が社の上層部には、今やっていることを直ちにやめ、ぜひ塾の原点に立ち戻っていただきたいと切に願っております」
告発文には、塾内の内部資料として塾生を動員して集めた『優秀学生』リストが添付されていた。教え子を自社の営業活動に動員するのは確かにえげつない。
臨海セミナーは即時反論
こうした一連の批判に、臨海セミナーは即時に反応した。同社公式サイトには「12/10の報道に関して」と題し、代表取締役社長佐藤博紀氏の署名で以下のように真っ向から反論している。以下、全文を引用する。
「本日、令和2 年 12 月 10 日午前中にYahoo!News に弊社関連の記事が公開されました。 地域の生徒・保護者の皆様、学習塾業界の皆様、またほか多くの関連の皆様にはご心配をおかけし、大変申し訳ございません。
本日の記事に関しては、現段階では一方的な取材によるものです。正確な情報を発信する場を、今後鋭意設けていきたいと考えております。
まず、記事内にあります通り、株式会社ステップを幹事会社とした連名の申入書をいただいていることは事実です。現在、その回答に関して準備を進めております。なお、申入書には事実と異なる記載も多くあるため、この点に関しては弁護士とも協議の上今後抗議していく所存です。
その中で、特に対応が必要と考えているのが、弊社合格実績に関してです。弊社の合格実績に関しては、ご心配いただくような点は一切ないことをまずは申し上げさせていただきます。
弊社合格実績に関しては、弊社自主基準に沿って管理を行っておりますが、当然のことながら一定の基準をクリアした指導を行った生徒のみ合格実績としてカウントしており、指導時間や日数が不十分な生徒、模試のみ・講習のみの生徒、指導を受けていない生徒を実績にカウントすることなどはありえません。(弊社自主基準に関してはHPに掲載しておりますのでご確認ください。)なお、この点に関しては、これまでももちろんそうですが、2021 合格実績を含め、今後も変更になることはあり得ません。
本日の記事内には、合格実績の『水増し』に関する記載もございますが、この点は全く事実とは異なるものであり、そういったことは一切行っておりません。弊社の合格実績に関しては、全て通塾生名簿と完全なる照合を行い掲出しているものであり、疑いをもたれる余地は全くございません。
言うまでもありませんが、今年度はコロナ禍において、多くの模擬テストが開催中止や自宅受験など不安定な状況にあります。これは今年度受験を控える生徒たちにとっては、大きな不利益であり、受験に向けての不安材料にもなっているのが現状です。このような状況を踏まえ、弊社では少しでも生徒たちにとっての模擬テスト環境を提供すべく例年以上のテスト企画を実施しております。また、過密な受験勉強、模試スケジュールに配慮し、少しでも生徒の学びの意欲向上につながるよう、模擬テスト企画も様々工夫して実施してまいりました。
模擬テストを行うにあたり、正確な判定をし、有益な進路指導に結び付ける要因として、少しでも大きな分母で行うことが挙げられます。弊社としても、模擬テストを実施する以上、一人でも多くの生徒さんに受験いただきたいと思っております。
今回記事中にあるリストは、この模擬テスト実施に関わるものです。模擬テスト実施後の勧誘にあたっては、行き過ぎはあってはならないと考えます。今回もし行き過ぎた行動や営業があったとしたら、その点は当然ですが今後是正していくべきものと考えております。
また、世の中では、ご参加や紹介していただいた御礼としてポイントや品物をプレゼントするような形式は営業手法として多くの企業で行われています。実際に、学習塾業界のこの冬の動きだけを見ても、紹介者・体験参加者双方に対し、ギフト券 1,000 円分プレゼントや塾内で流通するポイントをプレゼントする企画、友人と一緒に冬期講習受講することで双方ともに冬期講習授業料が 55%オフになるキャンペーンなど、業界以外の企業と同様に様々な企画が行われています。弊社でも、多くの生徒さんとともに競い合う環境を作るために模試等へのご紹介は募っておりますが、趣旨に賛同してご紹介いただいたご家庭にはささやかながら御礼をさせていただいておりますことご理解ください。
未曾有の禍の中、受験生を筆頭に生徒は学習に対して多くの不安を抱えています。そのような中、ご縁頂いているご家庭、生徒たちに精一杯対応しています。そして、今後も我々の学習指導やコンテンツに関心を頂き、提供を望む全ての生徒たちに誠心誠意、全力でお応えしていくつもりです。すべての生徒の皆様の夢の実現のために、一つでも多くの笑顔のために、弊社は今後も全力を尽くしてまいる所存です」
合格に関係ない科目を受験していても実績に?
臨海と業界団体の応酬は今後も激化していきそうだ。だが、これは本当に臨海セミナーだけの問題だったのだろうか。河合塾の元講師は次のように話す。
「各社の経営陣はヤバいと思ったんでしょう。さすがにここまで悪質ではないにしても優秀な生徒の囲い込みに関しては、どこもやっていることです。
『自分たちは正義で、臨海だけが悪い』という風に落とし込めば、マスコミから痛いところを突かれることもない。何もしなくても毎年、一定数の生徒が入塾し、人気講師の授業は抽選になるくらい大賑わいなんてことは、昔の話です。必死に囲いこんだ生徒を他塾に奪われるのは文字通り死活問題です。だから、ここまで迅速かつ、徹底的に臨海をたたきにいったというのが実情でしょうね」
神奈川県内で大学受験用の個人学習塾を経営する男性は話す。
「うちは基本的に少人数制で、ご家庭への出前授業はもちろん、志望校関係者への情報収集なども行って入試傾向を分析し、推薦入試なども踏まえた体制で受験生を支える仕組みをとっています。1年生の時からしっかり育てます。ところがある年、自治医科大に合格したうちの生徒が『自分の名前が大手予備校の合格者として貼りだされている』と教えてくれたのです。
その生徒は、後期試験用に小論文の講義だけ予備校で受けていたんです。実際、この生徒はセンター試験を含め学科試験で選考が行われる前期試験で合格しました。受験科目に小論文はありませんでした。
これとは別に、1年生から5科目と小論文を教えていた生徒がAO入試で早稲田大学に合格したこともあったのですが、同様に予備校に名前が張り出された事もありました。3年次から大手予備校の大学別数学の講義も受け始めていたのですが、合格要因は我々がサポートした2年生までの成績と課外活動が評価されたからだと考えるのが道理でしょう。予備校の授業が合格にまったく関係がないとは言いませんが、私たちの実績を横取りされたようで非常に悔しい思いをしました」
「全国学習塾協会」の合格者数算定の自主基準は「受験直前の6か月のうち、継続的に3か月以上在籍し、かつ受講時間数が30時間を超える」ことだ。一見、不当な合格者の水増しはできないように見える。しかし、上記のように受講した科目と合格との間に因果関係があるのか疑わしい例もあるようだ。
大手予備校現役講師は次のように話す。
「うちも含めて、学習塾業界はマスコミにとって重要なスポンサーの一角をなしています。広告代理店を通して、いくらでも圧力をかけられます。また毎年、地方新聞などで速報される公立高校の入試、大学センター試験の分析や模範解答特集などは、大手学習塾の協力なくしては成り立ちません。
今後も業界にとって不都合な話が出ても、今回のように内部で処理されるでしょう。学校法人と違い、学習塾は文部科学省など規制官庁の影響力の低い治外法権的な業界です。公正な競争を徹底するのであれば、第三者がなんらかのルールを制定したほうがよいのかもしれません」
果たして、臨海だけが問題なのか。国の教育改革、大学入試改革なども大詰めを迎える中、学習塾業界の在り方も今一度問われる必要があるのかもしれない。
(文=編集部)