家族のみで故人を送る「家族葬」、故人の写真を3Dプリントで立体化する「遺人形」など、近年の葬儀業界はサービスの多様化が進んでいる。
こうしたなかで、数年前から利用者が増えているのが、民間による「遺体安置所ビジネス」だ。通称「遺体ホテル」と呼ばれ、住宅街などでひっそりと営業しているという。
いったい、遺体ホテルとはどのようなサービスなのだろうか。
遺体ホテル、どんな人が利用している?
誤解のないように最初に説明しておくと、遺体ホテルといっても宿泊施設を営んでいるわけではない。
「これまでも、病院や葬儀社の会館、お寺など、遺体を預かる“安置所”はありました。遺体ホテルの場合、遺体を預かることに特化した施設という点に特徴があります。葬儀社の会館やお寺と違い、遺体ホテルでは一般的なセレモニーを行いません」
こう語るのは、葬儀コンサルタントの吉川美津子さんだ。吉川さんによると、遺体ホテルの利用者は、それぞれの家庭事情によって多岐にわたるという。
「マンション住まいのために遺体の安置スペースがない家庭、セレモニーは行わず火葬のみで済ませたいと考えている人、先に火葬だけ済ませてあらためて葬儀を行いたい人。また、安置だけとはいえゆっくりと面会・お別れできるスペースを希望している人などがいます」(吉川さん)
遺体ホテルでは、遺体を預けている間は24時間面会できる施設が多く、親類や友人が訪れても職員が対応してくれるため、葬儀前の遺族の負担が軽減される。こうした点も、遺体ホテルのメリットだそうだ。
遺体ホテルのニーズが高まっている背景には、親子が同居していない家庭の増加が関係しているという。
「親子が別々に暮らしていると、ご遺体の行き場が自宅である必要がなくなってきます。たとえば、老夫婦のみで住んでいる家庭の場合、夫が亡くなると、高齢の妻が遺体を受け取るために部屋を掃除するのは大変です。そうした家庭の事情も、遺体ホテルのニーズとマッチしているのです」(同)
そのほか、地域によっては火葬場が足りず、死後1週間ほどたっても火葬が行えないケースもあり、その期間だけ遺体ホテルに預けるという家庭もある。遺体ホテルは、多方面からの需要に合ったサービスなのだ。
遺体ホテル、需要の裏に葬儀スタイルの変化
遺体ホテルのニーズが高まった背景にあるのが、「死」に対する意識の変化である。遺体ホテルの利用者には、住宅事情に関係なく、「自宅で遺体を預かる」選択をしない家庭も少なくないという。
「1980~90年代までは、病院で亡くなったあと、自宅に帰って数日間過ごし、それから葬儀場で通夜式・告別式をして火葬場へ……という流れが一般的でした。しかし、最近では遺体を引き取れる状況でも遺体ホテルなどの施設に預け、葬儀は行わずに火葬場へ……という家庭も増えています」(同)
利用者のなかには、葬儀を行わずに火葬する「直葬」のスタイルを選んだり、安置所で家族のみが集まって簡単にセレモニーを行ったりする家庭も多い。遺体ホテルは、近年増えている「簡略葬儀」と密接に関係しているのだ。