電子部品大手のTDKが電池事業の強化に取り組んでいる。2020年度第3四半期の決算(累計)を見ると、リチウムポリマー電池事業が含まれるエナジー応用製品セグメントが売上高全体に占める割合は約51%だ。事実上、TDKにとって電池事業は稼ぎ頭だ。
短期的に、電池事業はTDKの業績を支えるだろう。世界全体で、EV(電気自動車)の利用や環境対策のために電池(バッテリー)の利用が重視されている。株価を見ても、関連銘柄の株価は上昇基調で推移し、成長期待は高い。
しかし、そうした状況が長く続くとは考えにくい。TDKに求められるのは、電池事業への追い風が吹いている間に、中長期の視点で新しい成長事業を育成することだ。その一つとして、次世代(6G)の通信技術に対応したコンデンサなどの分野で、TDKが強みを発揮するチャンスはある。同社経営陣が中長期の視点でどのように事業戦略を立案し、実行していくかに注目したい。
注目の電池事業の強化に取り組むTDK
2000年代に入ってから、TDKは電池事業を稼ぎ頭に育て上げようと事業戦略を運営してきた。そのために重要な役割を果した一つの方策が買収だ。2005年5月にTDKは約1億米ドル(当時の邦貨換算額で約107億円)を投じて香港の電池メーカーであるアンペレックス・テクノロジー(ATL)を買収した。2020年4~12月期、エナジー応用製品事業の売上高は5,529億円、営業利益は1,224億円に達した。当事業に占める電池事業と電源事業の内訳は示されていないが、自社になかった電池事業を買収によって外部から取り込み、世界的なスマートフォンの普及などによって成長させたことは重要だ。
その上で、TDKは電池分野でのさらなる競争力の強化を目指している。その背景には、世界全体で電池需要の増大期待が高まっていることがある。自動車の電動化への取り組みの加速化に加えて、再生可能エネルギーの利用やコロナショックを境とする世界経済のデジタル・トランスフォーメーション(DX)の加速など、世界全体での電池の利用増加を支える要因は多い。その状況下、TDKは電池の生産能力を増強しようとしている。
また、TDKにとって祖業に位置付けられる磁気製品の成長は鈍化している。それに加えて、投資家の中にはスマートフォン向けのコンデンサ分野で国内の競合企業に比べTDKの取り組みが遅れたとの見方もある。
そうした状況の中でTDKは需要の拡大が期待される電池事業を強化し、さらには電源事業と電池関連技術のシナジーを発揮することによって、より効率的に収益を獲得したい。2021年3月期までの3カ年の中期経営計画において、同社はROE14%以上の達成を目標に掲げた。しかし、TDKのROEは低下傾向をたどっている。2020年3月期のROEは6.7%だった。TDK経営陣にとって、収益力を維持、強化するために、稼ぎ頭である電池事業の強化に取り組むことの重要性は高まっていると考えられる。
電池事業には中期的なリスクも
ただし、少し長めの目線で考えると、TDKの電池事業を取り巻く環境は変化する可能性がある。そう考える要因は2つある。
まず、世界全体で電池関連の事業を手掛ける企業への成長期待はかなり強い。関連する企業の株価は、ある意味、期待先行で上昇している部分がある。昨年11月、EV用の全個体電池を開発する米スタートアップ企業、クオンタムスケープがSPAC(特別買収目的会社)との合併によって株式の上場を果した。クオンタムスケープは利益を出していない。それにもかかわらず株価が上昇したということは、成長期待が強いということだ。
目先、世界的な低金利環境(カネ余り)は続き、ワクチン接種が世界経済の正常化期待を支える。その状況下、短期的に電池関連産業を取り巻く強気心理は維持され、株価には上昇圧力がかかりやすい。それは、企業経営者にとって設備投資の積み増しや買収などの正当化をサポートする要因になり得る。
しかし、長期間にわたってそうした状況が続く展開は考えづらい。高値圏での買収などは、減損の発生リスクを高める。状況が良い場合にこそ、リスクへの備えを強化することが重要だ。それが環境変化への対応力を支える。
それに加えて、価格競争のリスクもある。世界のバッテリー市場では、政府の補助金などに支えられて寧徳時代新能源科技(CATL)や比亜迪股份有限公司(BYD)など中国企業のシェア獲得が鮮明だ。それに加えて、韓国ではLG化学などが自動車の電動化への対応を目指して生産能力を増強しており、世界全体で供給圧力は増大傾向にある。
見方を変えれば、電池事業の強化はTDKにとって、自ら競争が激化する市場に注力することになりかねない。世界全体で供給能力が高まった後に価格に下押し圧力がかかれば、TDKが収益率の向上を目指すことは難しくなる恐れがある。近年、ROEに加えてTDKの株主資本比率も低下している。同社は当面の収益を電池事業などで確保しつつ、どのように事業運営の効率性と持続性を高めるか、戦略策定の重要な局面を迎えている。
TDKに期待される原点への回帰
今後の展開としてTDKに期待したいのが、原点回帰だ。同社は、東京工業大学で発明された磁性材料(フェライト)の事業化を目指して設立された。つまり、TDKは高機能素材の創出をオリジンとする企業だ。
それを強みにして同社は、カセットテープを開発するなど新しいモノを生み出して成長を実現した。新しいモノを生み出し、そのヒットを実現することができれば企業は成長し、利益率も高まる。反対に、コモディティー化に向かう市場での競争が続くと、成長の持続力は低下する。
TDKの取り組みを見ていると、同社の経営陣は新しいモノを生み出すことの重要性をしっかりと理解している。同社の売上高に対する研究開発費の比率が上昇していることは、その裏返しといえる。一つの見方として、TDKは外部からの電池事業の取り込みによって得られた付加価値の一部をより高機能、かつ微細な素材に関する研究開発に再配分することによって、収益源の分散と強化を目指しているとみられる。
その一つとして、コンデンサをはじめとする受動部品(受動部品とは、電力を消費、放出、貯蔵する機能を持つ電子部品<素子>のこと)事業の運営に注目したい。世界的に見て、コンデンサ分野におけるわが国企業の競争力は高い。TDKもコンデンサ分野での技術力を持つ。TDKにとって、次世代の通信規格(6Gなど)に対応した新しいコンデンサを開発することはさらなる成長を目指すために重要な戦略と考えられる。
IT機器の小型化などを支えるために、素材のレベルから微細なモノを生み出すことの重要性は増す。その実現は、模倣困難な高い製造技術を確立し、参入障壁を手に入れることにつながる。中長期的な世界経済の展開を考えると、米国は半導体など基幹産業分野での脱中国の取り組みを進めるだろう。経済のデジタル化や米中の対立といった環境の変化に対応しつつ、TDKがより高い成長を実現するために、微細なモノ(素材、素子)を生み出す技術の重要性は高まる。そのために、同社経営陣が電池事業の成長によって獲得された経営資源をコンデンサ事業の強化などに再配分し、成果を実現することを期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)