三越伊勢丹ホールディングス(HD)は4月1日付で、子会社の岩田屋三越(福岡市)の細谷敏幸社長(56)が社長に就く。杉江俊彦社長(60)は代表権のない取締役に退き、三越伊勢丹会長に就く。コロナ禍のダメージで2021年3月期に450億円の最終赤字を見込むなど、厳しい経営環境下でのバトンタッチとなった。
2月26日に開かれたオンライン会見で細谷氏は「百貨店のビジネスモデルは新型コロナにかかわらず、年々市場に受け入れられなくなりつつあった。社内に顧客志向を定着させ、マスから個へと百貨店ビジネスを変えていかなければならない」と、強い危機感を示した。
細谷氏は87年に早稲田大学法学部を卒業、伊勢丹(現・三越伊勢丹)に入社。本流である婦人服部門で頭角を現わし、エースと呼ばれた。2015年に執行役員に就いてからは婦人雑貨統括部長、特選・宝飾時計統括部長、三越伊勢丹HDの経営企画部長などを歴任した。経営者としての資質を養ったのは30代後半で赴任したマレーシアだった。店舗運営で苦戦したが、販売体制から店員の接客まで一から見直し、立て直した。
18年4月から業績が低迷していた岩田屋三越の社長を務めた。1000人以上の全社員と直接話し合った。係長級以上の社員とは1年かけて1人ずつ面談した。部署をまたいだ顧客情報の一元管理を始めたほか、接客だけでなく在庫管理など複数の業務を従業員に兼務させた。
就任1年後、岩田屋三越の19年3月期決算は営業利益が前期比8割増と大きく改善。コロナ禍に突入した20年3月期は三越伊勢丹HD傘下の三越伊勢丹をはじめ軒並み赤字を出したが、岩田屋三越だけは黒字を計上した。久留米店(福岡県久留米市)の顧客が岩田屋本店と同じサービスを享受できるよう、外商販売やオンライン接客などパーソナルサービスを充実させたことが奏功した。
杉江社長の後継者選びはコロナ禍の昨年6月から指名・報酬委員会で進められてきた。「地方店の再生で手腕を発揮した」(杉江氏)ことが認められ細谷氏に白羽の矢が立った。
大西洋・元社長を追い落とした労働組合
2017年、「ミスター百貨店」と呼ばれた大西洋社長(当時)を追い落とすクーデターが勃発した。銀座三越が中国人の“爆買い”の聖地となり、爆発的に売り上げを伸ばした。インバウンドや富裕層による消費が拡大していた時は良かったが、その効果が剥落すると、それまで見過ごされていた経営のひずみが表面化した。都市圏の店舗と比べて地方店の稼ぐ力が極端に落ちていたことに気付かされたわけだ。
大西社長は大リストラに乗り出した。三越千葉店(千葉市)や多摩センター三越(東京都多摩市)を17年3月末に閉鎖するだけでなく、松山三越(愛媛県松山市)、広島三越(広島市)の売り場縮小を検討すると表明。管理職のポストの1~2割削減を含む人員削減を検討していることを、労働組合に話す前に不用意に明らかにした。旧三越出身者から「三越ばかりが狙い打ちされ、リストラの対象になる」との不満の声が上がり、不協和音が外部に漏れるようになった。
大西構造改革に労働組合が叛旗を翻した。労組の幹部が三越出身の石塚邦雄会長(当時)に直談判し、リストラの見直しを迫った。17年3月4日午後、「現場はもうもたない。構造改革による混乱の責任をとり、やめてもらいたい」。三越伊勢丹HD本社の一室で石塚会長は大西社長にこう切り出した。
大西社長の経営手腕を疑問視する怪文書が数多く社内外に飛び交っていた。怪文書を送り付けられた社外取締役たちが、一連の動きを問題視していることを、大西氏は感じとっていた。外堀は埋まっていた。大西社長は、その場で辞表にサインした、と伝わっている。
新社長に伊勢丹出身の杉江氏が就いた。杉江氏は大西社長を支える立場にありながら、労組に担がれて社長の椅子に座った。労組による静かなクーデターが成功した。
コロナの直撃
杉江氏は新潟三越(新潟市)や三越恵比寿店(東京・渋谷区)など不採算店を閉めるなど構造改革を続行している最中にコロナの直撃を受けた。
三越伊勢丹HDの21年3月期の連結決算は売上高が前期比27%減の8150億円、最終損益は450億円の赤字の見通し。百貨店事業に対する依存度が高い分だけ赤字が大きくなった。百貨店事業の売上高予想は7450億円で連結売上高の9割を占める。
百貨店の三越伊勢丹(単体)は20年3月期に免税売上高が全店の売り上げの9%あった。なかでも銀座三越は売り上げの28%が免税売り上げだった。しかし、今期(21年3月期)はインバウンド需要が蒸発し免税売上高はほぼゼロになる。インバウンドが当面、戻ってくることはない。三越伊勢丹HDは20年11月に、22年3月期を最終年度とする中期経営計画を取り下げた。中計では不動産事業の強化を重点施策として挙げていた。計画の取り下げに伴い、不動産子会社の三越伊勢丹不動産を米投資会社ブラックストーン・グループに売却。21年3月期に71億円の特別利益を計上する。
三越伊勢丹は20年11月25日、旗艦店である伊勢丹新宿店でオンライン接客による店頭販売を始めた。細谷氏が岩田屋三越で取り入れていたオンライン接客の手法を取り入れた。専用アプリを使い100万品目を扱う。店舗の店員が商品を紹介、販売する点が普通のオンライン販売と一味違う。利用者はチャット上で予算や何を買いたいかといった希望をインプットする。すると店員からおすすめの商品などが返信される仕組みになっている。
小売り分野のIT活用で日本の3年先を行くとされる中国では、すでにオンライン接客が一般化している。三越伊勢丹HDの21年3月期のネット通販の売上高は前期に比べて48%増の310億円になるが、売り上げ全体の4%にとどまる見通し。激減する店舗売り上げや蒸発したインバウンドを補填するにはほど遠い。
細谷新社長は「すべてのお客様とデジタルでつながり、いろんな提案をしていきたい」と意気込む。オンライン接客は三越伊勢丹の再生の起爆剤となるのだろうか。不動産など多角化が遅れた三越伊勢丹HDが今、問われているのは、旧来の百貨店というビジネスモデルからの転換・脱却である。
(文=編集部)