2020年東京オリンピック・パラリンピックの主会場となる新国立競技場の建設工事に従事していた現場監督の男性(当時23)が自殺した問題で、新宿労働基準監督署は10月6日、残業による過労が原因の労働災害と認定した。遺族側代理人の川人博弁護士が明らかにした。
自殺した男性は16年4月、大成建設などの共同企業体(JV)の下請けをしている三信建設工業に入社。同年12月中旬から新国立競技場の地盤改良工事の現場監督をしていた。今年3月2日に失踪し、4月15日に長野県内で遺体で発見された。警察は3月2日頃に自殺したものと判断した。
川人弁護士によると新宿労基署は、男性が失踪前日までの1カ月に190時間18分の時間外労働をしていたと認定。長時間労働や深夜労働などの過重の業務によって精神障害を発病し、自殺に至ったと認めた。
安倍晋三政権が「働き方改革」を進める中での、典型的な過労死事例である。これまで他人事であるかのように受け取られてきた働き方改革が、建設業にとっても“自分事”となった。
納期厳守のプレッシャー
日本建設業連合会(日建連)は9月22日、週休2日の実現など働き方改革推進策の試案を策定した。21年度までに現場で働く技能労働者を含めて週休2日を目指す。技能労働者の収入を減らさずに、適正な工期設定にも取り組む。12月に最終案をまとめるという。
全国建設業協会(全建)は9月に、地域建設業が目指すべき働き方の方向性を盛り込んだ働き方改革行動憲章を策定した。建設産業専門団体連合会(建専連)も専門工事業者の週休2日の実現に向け、発注者に適正価格、適正工期についての理解を得たいとしている。
業界一丸となって働き方改革に取り組む気運が盛り上がってきたといえる。
建設業の働き方改革における当面の目標は、週休2日の実現だ。だが、そのためには「適正工期の確保」と建設労働者の「賃金水準の向上」という、高くて分厚い壁が待ち受けている。この壁の突破は容易なことではない。働き方改革の本丸は適正工期にある。これを確保しなければ週休2日はもとより長時間・深夜労働はなくならない。
適正工期と言うのは簡単だが、実際にやるとなると当然、1社だけではできない。建設業は重層構造になっているからだ。ゼネコンの主な役割は、発注先から土木・建築工事を請け負い、専門の工事業者をマネジメントしていくことにある。
実際に土木・建築の工事をするのは、サブコンと呼ばれる専門業者だ。サブコンには足場、鉄筋コンクリート工事を専門とする鳶(とび)や電気設備工事、消防設備工事などがある。それぞれのサブコンは、多数の孫請けを抱える。
ゼネコンはサブコンや孫請けをまとめながら、土木・建築工事を納期通りに仕上げる。工事作業の工程ごとに納期は定められているが、計画通り進むのはまれだ。
「土方殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい」という有名な都々逸がある。土木工事業界は機械化が進んだとはいえ、雨が降ると行えない工程・作業がある。そのひとつが屋外のコンクリート打設作業。雨が降り続くと作業は中止になる。ひとつの工程で遅れが生じると玉突き連鎖が起こり、納期が遅れることになる。
国内各地の建設現場の実態は、そのほとんどが土曜日と祝日は稼働している。休日は日曜日だけで、長時間労働や深夜労働が常態化している。
東京オリンピック・パラリンピックの主会場となる新国立競技場は、15年10月に着工する予定だったが、大幅に膨らんだ整備費が問題になり、計画は白紙撤回された。このため着工は1年以上遅れ、16年12月にやっと起工式にこぎ着けた。
完成は19年11月と定められている。短い工期の、国内でも例がない難しいプロジェクトとなった。そのしわ寄せは、現場で働く労働者に向かう。新国立競技場で地盤改良工事に従事していた現場監督の自殺は、着工遅れの犠牲者だった。
下請け業者は、納期に遅れれば次から仕事を失う。絶対に納期に遅れてはいけないというプレッシャーのゆえに、休みなしとなり、長時間・深夜労働を余儀なくされる。
納期厳守は日本人古来の性質?
納期について、こんな話がある。
天平時代の多数の美術工芸品を収蔵している「奈良の正倉院展」を見学した建設関係者が、インターネットにこう投稿した。
「展示物の説明書には『以前、納期を延ばして貰ったのにもかかわらず、その納期に間に合わないです。理由は責任者が出張で居ないからです。ごめんね』とあった」
これがネットに投稿されると、「1300年前の人も納期に苦労していたんだ」と感激する書き込みが相次いだ。納期を守るために身を削ることが、日本人の遺伝子に組み込まれているのだ。「明日やろうはバカヤロウ」が日本人古来の生き方なのかもしれない。
納期厳守は経済人を律する行動規範である。そのプレッシャーは、上から下から横からやって来る。納期はすべてに優先するのが現状だ。
「適正工期の確保」は建設業界の悲願だが、それは至難の業といえる。建設業界が掲げる「働き方改革」は、絵に描いた餅に終わることになるかもしれない。
(文=編集部)