楽天、iPhone扱えない可能性…中国テンセントからの多額出資・提携は“毒饅頭”
「米中の『新冷戦』真っ盛りの今、中国企業のテンセントから出資を受け入れるなんて、楽天の三木谷浩史会長兼社長はどうかしてるんじゃないか」――。携帯業界に詳しいあるアナリストはこう驚きを隠さない。楽天が12日に発表したこの資本提携により、日本市場の携帯電話端末のシェアの約半分を占めるアップル社製のiPhoneが扱えなくなる可能性も出てくるという。NTTドコモなど携帯大手の低価格プランが今月から本格的に始まる中、さらなる足かせとなりかねない。
三木谷氏、アップルにロビイング
「三木谷氏はiPhoneを取り扱い端末に加えるため、今年に入ってアップルジャパンにロビイングを開始していた」。先のアナリストはこう話す。楽天モバイルの現在の取り扱い機種は日本と中国メーカーのものだけで、iPhoneは含まれていない。
ICT市場調査コンサルティング企業のMM総研が20年2月に発表した調査によると、アップルは19年のメーカー別出荷台数シェア(国内)で8年連続1位で、シェアは約4割を占めたという。半数近いシェアの製品を扱えないというのは死活問題なのはいうまでもなく、三木谷氏がロビイングしていたとしても何の不思議もない。
テンセントからの出資はアップルを警戒させる
ただ、そんな楽天が真逆としか思えないほどの「蛮行」に踏み切った。同社は12日にテンセントから全株式の約4%にあたる約650億円の出資を受け入れることを発表した。同時に発表された日本郵政の約1500億円の資本提携の影で埋もれたが、これが楽天にとって「現在の国際情勢上、メリットがない選択」(先のアナリスト)だという。
現在の米中関係は、新冷戦とも呼ばれるほど冷え込み切っている。今月18日に米アラスカ州で開かれた米中外相会談では、バイデン政権が発足してから初の両国の高官級会談であるにもかかわらず、中国のウイグル族の扱いや香港問題などについて、冒頭から両国の外交トップがののしり合う異常な展開となったことからもそれは明らかだ。米国はバイデン政権前のトランプ政権の時代から中国政府や中国企業への規制を強めており、テンセントも今年1月に米国人の投資禁止企業に含められる寸前だったが、米財務省の反対でブラックリスト入りは回避された。しかし、国防総省は警戒を緩めておらず、もし現在よりも米中関係が悪化すれば、いつリスト入りが再検討されてもおかしくない。
楽天モバイルの現在の取り扱い機種にOPPOなど中国メーカーのものが含まれていることは先述した通りだが、商品を扱うことと資本提携は重みがまったく違う。テンセントが約4%の株式を保有すれば、楽天は情報開示を求められたり、経営方針について口出しされたりする場面は当然のように出てくるだろう。こういう企業に米国企業であるアップルが商品を扱わせるかといわれれば、かなり難しいと考えるのが普通だ。先のアナリストは「アップルは企業イメージを重要視する企業である上、GAFAに対する規制が強まっている今、中国企業の資本が入っている企業に商品を卸すのに消極的にならざるをえない」と分析する。
楽天を通して日本郵政の個人情報が国外流出する懸念も
さらに、問題は楽天の商売だけにとどまらない。17日にメッセージアプリLINEのユーザー情報などがアプリのシステム開発などを請け負う中国の子会社からアクセスできる状態になっていたことが発覚し、グローバルなIT企業に対する情報の安全性への危機感が急速に高まっている。
楽天は通販サイト「楽天市場」が主要事業であり、氏名や住所、口座番号など膨大な個人情報を保有している。今回の日本郵政との提携で、今まで取引のなかった個人や企業の情報にもアクセスできる幅が広がるのは間違いなく、情報漏洩のリスクは数段階も上がることになるだろう。テンセントが人民解放軍とは無関係ではありえない中国IT企業である以上、日本国内の利用者の個人情報が流出する懸念は払しょくできない。そのような事象が発生すれば、あえて資本提携に踏み切った楽天の企業としての信用は地に落ちる。
楽天の出資受け入れの理由は、携帯事業の資金不足
しかし、楽天はなぜ高リスクとしか思えないテンセントからの出資を受け入れたのか?携帯事業の赤字で喉から出るほどカネがほしいからに他ならない。同社の20年12月期の社債および借入金は約2兆5872億円と、前期比で約8600億円も増加している。有利子負債がこれほど膨らんでいること自体、経営危機といってもよいレベルだが、三木谷氏は「携帯事業が軌道に乗り楽天経済圏がさらに強化されれば回収可能」(楽天関係者)との思惑から降りる気はさらさらない。「とにかく急場をしのぎたい楽天が受け入れた、テンセントからの約650億円の出資は、毒饅頭を食べたのと同じ」(携帯大手関係者)との悪評も何のそのというわけだ。
菅首相、郵政との提携で携帯値下げのハシゴ外しを埋め合わせ
テンセントからの出資受け入れと同時に発表された、日本郵政から全株式の約8%にあたる1500億円の出資受け入れも、その資金不足を解消するために三木谷氏が昵懇の菅義偉首相に直談判した結果だといわれている。
今回の出資については、とても常識的な説明がなされたとはいえない。楽天は出資で得たカネを全て自社の携帯事業に投下するとしているが、民営化したという建前はともかく、株式の約6割を政府・自治体が保有する立派な「公営企業」である日本郵政が特定企業の事業を支援する理由がどこにあるのか。日本郵政側には赤字を垂れ流す全国の郵便局を物流面で有効利用できるメリットもあるのは理解できるが、それなら、実務上、昨年末に合意した日本郵便との物流面での業務提携で十分なはずである。日本郵政の経営判断には一般企業よりも透明性が求められるが、関係をより緊密にするというような一般論では、とても納得できない内容だ。
筆者は背景に、大手の寡占状態だった携帯業界の料金引き下げの起爆剤として菅首相の肝いりで参入した楽天が、菅首相が新政権発足後に功を急ぎ強引にNTTドコモなどの大手キャリアの値下げを実現させたことでハシゴを外されたことがあるとみる。価格優位性がなくなり劣勢に立たされた楽天に、菅氏が埋め合わせをしたというのが、日本郵政出資の実態だろう。
携帯料金引き下げと共通する「公共の財産」の政治利用
楽天の株価は日本郵政などからの出資受け入れを発表した12日から急上昇し、日本郵政などが支払う1株1145億円から約3割値上がりした。日本郵政自身の株価も約1割上昇するという「投資効果」は絶大だったため、株式市場筋からは「ダメ企業の1500億円を眠らせておくなら楽天に投資して利ザヤを稼ぐのは真っ当な判断」との声も聴かれる。ただ、この「公共の財産」を政治利用する光景には既視感がある。
携帯料金引き下げでは、「電波は公共の財産だ」と大手キャリアの料金プランに菅政権が許認可制でもないのに口出しし、強制的に低価格プランを出させた。消費者としては価格が下がったといって喜んでもいいかもしれないが、その反動で格安スマホ業者は最大手キャリアであるドコモの割安プラン「アハモ」に席巻され、青息吐息の状況になっていることは周知の通りだ。つまり、資本主義の大原則である「競争原理」を無視すれば短期的には効果が上がるものの、必ずひずみを生むのである。
今回の日本郵政の出資にしても、構造は同じだ。公共の財産である日本郵便のネットワークを民間企業が有効利用することに関しては、筆者もまったく賛成である。しかし、なぜ日本郵政グループとして出資した税金に近い性質の1500億円ものカネが、楽天の携帯電話基地局建設の原資としてのみ使われるのか。まともな説明や手続きがないまま、国民に目先のメリットをちらつかせて強引にコトを進めるやり方は、菅首相のお家芸であることを忘れてはいけない。
この資本提携のウラで何が行われていたのか。国会議員や報道だけでなく、特に日本郵政と楽天の株主も徹底的に追及すべきである。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)