3月1日、AI(人工知能)による自動翻訳を手がける株式会社ロゼッタを始めとしたロゼッタグループに関するある発表が、SNS上で大きな話題を呼んだ。その発表とは、グループの全社全部門に対して“英語禁止令”が発令されたということである。グローバル化を目指し、社内の公用語を英語にするという日本語禁止の企業も出てきているなか、ロゼッタグループは真逆ともいえる。
英語禁止令の全文はロゼッタグループ内だけでなく、社外に対しても公開。「我々はついに言語的ハンディの呪縛から解放されました」「英語ができる無能な人が重宝され、本当に実力のある人々が抑圧される暗黒時代はもう終わったのです」といったセンセーショナルな文言も相まって、瞬く間に注目され、賛否さまざまな意見が上がった。
そもそも英語禁止令が発令されたのは、ロゼッタグループの傘下である株式会社MATRIXが手がけた「言語フリー・スペース」の実験成功を受けてのこと。VR(仮想空間)上の言語フリー・スペースでは、英語や中国語の言葉が日本語の字幕として表示されるなど、話し相手の言葉が利用者の母国語に翻訳されるため、母国語だけを使っても外国の人と会話をすることができるというのだ。
さらに、この言語フリー・スペースは「友コネクト」という名前で、一般向けのサービスとして5月からの提供開始を予定。すでに発表されている内容によると2人まで10分以内であれば無料で利用可能で、有料プランは月間1万円からのサブスクリプション方式になるという。
はたして言語フリー・スペースおよび友コネクトは、どのようにして言語フリーの空間を実現させたのだろうか。ロゼッタの代表取締役CEOである五石順一氏に話を聞いた。
挑戦的な英語禁止令はなぜ社外にも発表されたのか
MATRIXが言語フリー・スペースを生み出した理由は、大元であるロゼッタグループが掲げている企業ミッションに関係しているという。
「日本人は、英語が話せなかったら昇進できない、そもそも採用すらしてもらえないと、言語的なハンディキャップに苦しんできました。普段の仕事をしながら英語の勉強をしなければならないというのは、足枷をつけて走れと言われているようなものです。
そのため、ロゼッタは“日本を英語から解放する”ことを企業ミッションとして掲げ、2004年2月に創業しました。そのミッションを子会社のMATRIXが言語フリー・スペースとして実現させたというわけです。
当初はVRでのリリースを考えていましたが、現在はパソコンやスマホにも対応し、どのデバイスからでも同じ部屋に参加できるようになっています。ほかにも、スマートマスク『C-FACE』との連携で、C-FACEで話した言葉が翻訳されてスマホに表示されるような仕組みもできていますね」(五石氏)
ロゼッタの名と言語フリー・スペースの存在を知らしめたのが先日の英語禁止令だったわけだが、これを社外に発表したことにはどのような意図があったのだろうか。
「英語禁止令を社外にもアピールしたのは、株主や以前からのお客様といったこれまで応援してくださった人たちに向けて、お知らせしたいという思いがあったからです。そのためにあえてエッジが効いた、わかりやすい言葉を用いたのですが、結果的に今まで我々のことを知らなかった人々にも広く伝えることができました。
ただ英語禁止令を、母国語のみで会話して外国語は使用しないという本来の意味合いではなく、外来語の使用を禁止するのだと勘違いされた反応が一番多かったのは予想外でしたね。
また、言語フリー・スペースのAI翻訳に頼らずとも仕事に支障がないレベルで外国語が喋れる社員に対しては、例外的に外国語を使う許可を出しており、現時点(※3月11日時点)では7人を承認しています」(五石氏)
世界中の技術の粋を集めて言語フリーな空間を実現
まさしく言葉の壁を取り払うことを目的として生まれた言語フリー・スペースだが、気になるのはその性能。五石氏によれば、世界トップの最新技術が活用され、高精度の自動翻訳・音声認識を実現させているのだという。
「MATRIXはロゼッタのような自動翻訳の開発会社ではなく、既存のテクノロジーを組み合わせてサービスを提供する会社になります。そんなMATRIXだからこそ、世界中に点在する自動翻訳や音声認識など各分野で一番のテクノロジーを集約させ、言語フリー・スペースを形にすることができました。
実際の仕事のなかで、外国人と話す場面に使用することで実験を進めていたのですが、その過程で問題となったのがVRの通信回線と音声認識。パソコンやスマホと比べるとVRは通信回線が重いため、音声と映像を多くの人と同時に共有するのは難易度の高い挑戦でした。
そもそも音声認識に関しては、議事録として日本語を日本語の文字として記録するところで失敗することが多かったんです。逆に、外国語から日本語の文字への翻訳は100%に近い精度ですね」(五石氏)
3月9日のプレス発表会でも評価が上々だったという友コネクト。もうまもなくのサービス開始を予定しているが、その後はどのように発展させていくのだろうか。
「友コネクトは今の時点で自動翻訳や音声認識といった基本的な部分は出来上がっていますが、機能としては会話をするための部屋しかない状態です。そのため、5月までに招待メールの送付や画面共有などのUI(ユーザーインターフェース)の充実や、課金システムの実装などに取り組んでいきます。
リリース当初は知っている人同士が招待して会話をするという形ですが、ゆくゆくはSNSのように知らない人同士が集まって気軽に会話できるよう機能を拡大し、世界の人々との出会いの場にしたいと考えています。
言葉の壁があると、普段話をしない外国の人は得体の知れない、遠い人になってしまうのですが、普段から話をしたり仲良くしたりすると、外国のことも無関心ではいられなくなると思うんです。庶民同士で世界の人々と繋がり合う世界を、友コネクトでは目指していきたいですね」(五石氏)
友コネクトが日本人と外国語の関係をどのように変化させていくのか、数多あるコミュニケーションツールのなかでいかに存在感を発揮するのか、今後の動向に注目していきたいところだ。
(文=佐久間翔大/A4studio)