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大崎孝徳「なにが正しいのやら?」

日本、英語力の低さで国際競争力低下

文=大﨑孝徳/デ・ラ・サール大学Professorial lecturer
日本、英語力の低さで国際競争力低下の画像1メトロ・マニラ(「Getty Images」より)

 フィリピンの公用語はフィリピノ語と英語である。そのため、すべてのフィリピン人がフィリピノ語を話せると思ってしまうが、現実はそうではない。なぜ、こうした不思議なことが起こっているのか。

 これは近年、英語教育の拡充がよく話題となる日本にとっても、重要な問題であろう。

あまりに早すぎたスペインの領有

日本、英語力の低さで国際競争力低下の画像2『「高く売る」ためのマーケティングの教科書』(大﨑孝徳/日本実業出版社)

 フィリピンがスペインの領有となったのは16世紀の初めであり、日本で言えば室町時代にあたる。現在、フィリピンは7100個以上の島から成っているが、スペイン侵略当時はまだ国として統一されていなかった。つまり、スペインがこれらの島々を統一し、国家を誕生させたのである。フィリピンという名前も、当時のスペイン皇太子・フェリペにちなんでいる。つまり、国民にとってはなんとも気分の悪いことと推測されるが、フィリピンは“フェリペの国”という意味である。

 スペインの領有になり、公式の場ではスペイン語が主要な言語となったものの、実際の生活の場においては各集落で独自の言語が用いられた。つまり、統一したフィリピノ語と呼べるものが誕生する前にスペイン語が主要言語となってしまったのである。

アメリカによる統治

 1898年に、統治権がスペインからアメリカに移り、英語が主要言語となる。学校での教育なども、すべて英語で行われるようになる。

 その後、ナショナリズムや自国のアイデンティティ、フィリピンが一体となって発展していくためには、国内全域で通用する国の共通言語が必要であるといった意見が高まり、1987年の「フィリピン憲法」で、英語と共にフィリピノ語が公用語に定められた。フィリピノ語は実質的には首都・マニラ周辺で使われているタガログ語がベースとなっている。しかし、一説にはフィリピンには100を超える言語があるとされ、たとえばマニラのタガログ語とセブのセブアノ語は、日本にある方言による違いをはるかに上回るレベルで異なっており、コミュニケーションをとることができない。

 よってフィリピノ語は、マニラ周辺に住むタガログ語を使う人にとっては問題ないものの、それ以外の地域の人は普段の生活から習得できないため、わざわざ学ばなければならない。たとえば、中国も同様の問題があり、中国の学校では公用語である普通話の教育が行われている。しかしながら、フィリピンでは、もうひとつの公用語である英語の教育が中心となっており、フィリピノ語の教育も行われているものの、極めて限定的であり、人々が自由に使いこなすレベルには達していない。

フィリピンの英語

 では、もうひとつの公用語である英語を、全国民が自由に使いこなせているかといえば、現実はそうではない。たとえば、タクシーに乗り、英語を自由に話すことができるドライバーに遭遇することは極めてまれである。国民全体を見れば、もちろん日本よりもはるかに英語のレベルは高いものの、自由に使いこなせるレベルとなると、かなり限定されているように思われる。

美しい英語=裕福な家庭

 小学校からすべて英語で教育が行われているとはいえ、本当に自由に使いこなすようになるためには、学校のほかにも英語の家庭教師をつける、もしくは公立ではなくレベルの高い講義が行われる私立の学校に通う必要があるようだ。つまり、美しい英語を話すことと裕福な家庭に育つこととの間には、強い相関関係がある。たとえば、筆者はフィリピンの東大とも呼べる国立フィリピン大学で講義を行ったことがあり、確かに学生の勉学意欲や知識などにおいてレベルの高さを実感したものの、英語のレベル自体は私立のデ・ラ・サール大学の学生のほうが高いと感じた。

高い英語力=一流企業

 フィリピンで、いわゆる一流企業に就職するためには、英語力が必須である。美しい英語を話すには子供のころから学ぶ必要があるものの、そのためには経済力が必要となる。日本でも“格差の固定化”は近年、よく耳にする言葉になってきたが、言語が絡むフィリピンの場合、その深刻さは日本の比ではないと言えるだろう。

英語がもたらす恩恵

 フィリピンの経済は近年、極めて好調であるが、その大きな要因のひとつに英語力の高さが挙げられる。先述した通り、全国民が美しい英語を話すわけではないものの、アメリカ、インドに次いで世界3位の英語人口となっている。こうした英語力の高さにより、欧米企業から数多くのBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)業務を請け負っている。また、日本企業のフィリピン進出の主たる要因としても、国民の英語力の高さはしばしば指摘されている。

日本における英語教育

 日本における英語教育の拡充に関しては、賛成・反対意見が真っ向から衝突しているようだ。反対派の主たる根拠としては、日本語や文化の乱れなどが挙げられている。

 筆者はフィリピンで教壇に立つようになり、英語の論文や教科書や事例紹介のためのYouTube動画などをチェックする機会が増えたが、改めてその数やバリエーションの豊富さに驚いている。

 現在の世界の全人口75億人の中で英語を実用的に話す人の数は17.5億人であり、日本語の概ね14倍である。ということは、単純に考えれば14倍の情報があるといってもよい。これにまったく触れないのは実にもったいないし、長期的に捉えれば日本の国際競争力の低下につながるのではないだろうか。

 英語教育の拡充というと、授業時間の増加の話に陥りがちだが、たとえ同じ時間であっても、カリキュラムの内容などを少し工夫させるだけでも極めて大きな成果が期待できるはずだ。
(文=大﨑孝徳/デ・ラ・サール大学Professorial lecturer)

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授。1968年、大阪市生まれ。民間企業等勤務後、長崎総合科学大学・助教授、名城大学・教授、神奈川大学・教授、ワシントン大学・客員研究員、デラサール大学・特任教授などを経て現職。九州大学大学院経済学府博士後期課程修了、博士(経済学)。著書に、『プレミアムの法則』『「高く売る」戦略』(以上、同文舘出版)、『ITマーケティング戦略』『日本の携帯電話端末と国際市場』(以上、創成社)、『「高く売る」ためのマーケティングの教科書』『すごい差別化戦略』(以上、日本実業出版社)などがある。

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