これほどタテマエとホンネのかい離した制度も珍しい。1993年に施行された外国人技能実習制度の趣旨は「技能移転」だが、実習生を受け入れた企業のホンネは、多くは「人材不足対策」だ。実習生の来日目的も、技能の修得よりも、むしろ母国の家族への仕送りを稼ぐことである。
技能実習生の在留人数は2017年6月末に約25万人。制度が施行されて以降、失踪や労務トラブルなどが多発し、国連やILO(国際労働機関)、米国国務省から人身売買として警告され続けたことなどを受けて、さる11月1日に新制度が施行された。厚生労働省と法務省が共管する「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(技能実習法)に基づく新技能実習制度である。
従来からのタテマエは継承され、技能実習法第3条第2項に「技能実習は、労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」と規定された。旧労働省(現厚生労働省)OBは「制度発足に際して技能移転を趣旨に盛り込んだのは、人材確保を趣旨にすれば、日本側の都合だけでつくった制度になってしまうからだ」と事情を打ち明けるが、発足時の方針がそのまま継承されたのである。
この新実習制度に関心を高めているのが介護業界だ。制度の対象職種に介護職が追加され、深刻な人材不足に苦しむ多くの介護事業者が、いわば福音として期待を寄せている。
厚労省が所管する「外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会」は「外国人介護人材の受入れは、介護人材の確保を目的とするのではなく、技能移転という制度趣旨に沿って対応」と表明したが、介護事業者にとっての「趣旨」は「介護人材の確保」である。実際、介護業界の現状は技能移転どころではなく、技能移転に取り組める余力を持つのは一部の有力事業者にすぎない。
厚労省は団塊世代が75歳を超える2025年に介護人材は38万人不足すると推計しているが、すでに人材不足は介護事業の存立にも影を落としている。厚労省幹部によると「都内に建設された特別養護老人ホームに入所希望者が殺到しているのに、スタッフを確保できないためにオープンできない事例が発生している」という。
介護人材の最大の供給源は介護福祉士養成校で、専門学校243校、大学59校、短期大学68校など全国に計372校。最も多い専門学校の場合、定員充足率が平均すると50%を下回り、介護福祉士養成以外のコースを設けて経営を維持しているケースが多い。
もはや国内では人材確保の目途が立たず、介護業界は技能実習制度に目を向けざるをえなくなった。厚労省も制度の普及に向けて啓蒙活動を進めているが、介護事業者がどこまで期待できる制度かは現状では不透明だ。
国際的な批判
先に触れたように、この制度に対しては、国連や米国国務省などが勧告を続けてきた。例えば国連の自由権規約委員会は2014年7月に、性的搾取や死亡事故、強制労働の多発を指摘し、17年6月には米国国務省が次のように報告した。
「技能実習制度における労働搾取を目的とする人身取引犯罪の可能性に関して、非政府組織(NGO)からの報告や申し立てにもかかわらず、政府は、いかなる技能実習生も人身取引被害者として認知せず、また技能実習生の使用にかかわったいかなる人身取引犯も人身取引犯として訴追することはなかった」
実習生の受入れには、2つのパターンがある。企業が送出し国に設立した現地法人や合弁企業の職員を受け入れる「企業単独型」と、送出し国の送出し機関から紹介された実習生を日本側の監理団体(事業協同組合、商工会などの非営利団体)が仲介して、「実習実施者」となる企業が雇用する「団体監理型」である。受入れの大半は後者だ。
受入れ企業の違法状況は、国際的な批判を受け続けても、なお改善されていない。厚労省が16年に視察した受入れ企業5672社のうち、70.6%の4004社で労働基準関係法令違反が判明した。違反内容は多い順に労働時間(1348社・23.8%)、安全基準(1097社・19.3%)、割増賃金の支払い(771社・13.6%)、衛生基準(531社・9.4%)だった。
新制度の発足に際して、政府は監理団体を許可制、実習実施者を届出制とし、実習生の保護などを目的に、17年1月に認可法人外国人技能実習機構を設立した。不正行為に対しては従来の「受入れ停止」「改善指導」「注意喚起」から「許可・認定の取消し」「業務停止命令」「改善命令」へと罰則を強化した。監理団体名・実習実施者名も公表する。
さらに相手国政府と「技能実習に関する協力覚書」を締結し、実習生からブローカー経由で保証金を徴収するような送出し機関を排除する方針で、すでにベトナム政府とカンボジア政府とは締結を済ませた。
新制度の欠陥
しかし、この制度には欠陥がいくつかある。介護職実習生の「職歴要件」に「外国における高齢者若しくは障害者の介護施設又は居宅等において、高齢者又は障害者の日常生活の世話、機能訓練又は療養上の世話等に従事した経験を有する者」と示されている。来日実習生の最多送出し国であるベトナム(16年末の国別シェア38.6%)に、この要件を当てはめると、どうなるのだろうか。
ベトナム労働法が専門の神戸大学大学院准教授の斉藤善久氏によると、強引な解釈が成り立ってしまうのだ。斉藤氏はベトナムに1年間滞在して、現地の送出し機関で日本語講師に従事しながら、技能実習制度の実態を調査した経験を持つ。
「ベトナム国内に介護施設は10カ所程度しかないので、介護業務の経験者はほとんどいない。自宅でおじいちゃん、おばあちゃんの世話をしたのなら『居宅等において、高齢者又は障害者の日常生活の世話』に該当してしまう。こんなデタラメな話はあるだろうか?」
職歴要件では虚偽申告も横行してきたという。斉藤氏は「酪農経験」の一例を挙げる。
ベトナムの実習生は約96%が団体監理型で送り出されているが、送出し機関には募集職種を知らせずに若者を集めて、日本語の勉強をさせる例が少なくない。実習実施者からの求人が入ると急遽、職歴をつくり上げるのだが、例えば酪農の求人に対しては、実習生たちをバスツアーで酪農場に連れて行き、牧場をバックに本人を撮影して「酪農経験」の証拠に仕立て上げる。
ベトナムではこんな事例が多いという。さらに、日本政府が排除をめざすブローカーの介在も厄介だ。
「実習生がブローカーに仲介料を支払って、送出し機関を紹介してもらうことが慣例になっている。そのために借金をするのだが、借金の多くは日本円にして100万円程度で、20~40万円が送出し機関への保証料、残りが手数料になっている。実習生は借金があるために日本に来るのではなく、来日するために借金している」(同)
この慣例は、実習生が送出し機関から仕事を“買う”という構造を生み出した。一方、送出し機関にとって、日本側の監理団体は仕事の発注者であり、監理団体関係者が現地を訪問すると、送出し機関から過剰接待を受けることは広く知られている。接待費用の原資を辿れば、実習生がブローカー経由で支払った保証金に行き着く。監理団体には送出し機関に過剰接待を禁じている例もあるが、日本側の監理団体も実習実施者も、いわば当事者として、構造的に実習生からの搾取に関与させられてしまっている。
斉藤氏は、次のように強調する。
「監理団体や受入れ企業がいくらコンプライアンスに気をつけたところで、この構造のなかで収益する限り、ブラックな搾取構造とは無関係でいられない。送出し国側および日本側の民間団体や個人が、複合的に外国人技能実習生とその家族から寄ってたかってお金と労働力をむしり取る構造ができあがってしまっている。このような状況の根源のひとつが“技能移転を通じた国際貢献”という茶番である。嘘を規制で塗り固めた歪みの生み出すリスクの大半が、外国人技能実習生本人とその家族に押し付けられている」
日本で働く経済的メリットの低下
介護事業者からも同様の見解が聞こえてくる。さる10月、都内で開かれたシンポジウムで、ベトナムで介護職実習生の研修事業を始めた介護事業者は「ベトナムからの実習生受け入れには闇が付きものである。この現実をよくよく認識しないと、こんなはずではなかったと後悔しかねない」と警鐘を鳴らした。こうした暗部が残されている一方で、もうひとつの懸念材料がある。はたして介護職の実習生はどれだけ来日するのか。介護人材の不足を補えるだけの来日人数を期待できるのだろうか。
踏まえておきたいのは、国際労働力移動が専門の首都大学東京教授の丹野清人氏が提示する見解である。丹野氏は筆者のインタビューに対して、日本で働く経済的メリットの低下を指摘した。
「国内移動と国境を越える移動では、全然意味が違う。賃金格差が2倍なら、国内で移動することを選択するだろう。それ以上開いて初めて、国境を越えて、生活環境を変えてでも移動してもいいかなと思うようになる」
この原理から見通せば、いつまでも、日本が出稼ぎ先であり続けられるとは限らない。
「日本とアジア各国の経済格差が縮まるにつれて、日本で働くメリットは薄れてくるだろう。日本国内の賃金格差は、東京と沖縄を比較すると2倍の格差があるが、2020年頃には中国の賃金水準が沖縄と同水準になる勢いだ。その途端に来日数が減り始めるだろう」(同)
介護職に固有の問題
さらに介護職に固有の問題がハードルになっている。それは日本語能力要件である。実習生の日本語能力は、国際交流基金と日本国際教育支援協会が主催する「日本語能力試験」で認定されている。認定ランクはN1(幅広い場面で使われる日本語を理解することができる)からN5(基本的な日本語をある程度理解することができる)の5ランクに分類され、実習生に対しては入国時(1年目)に「N5」が要件に課せられている。
ところが、対人サービス業務である介護職にはワンランク高い要件が適用され、入国時の要件は「N4に合格」「N4と同等以上の能力」。このランクに達するには入国前の日本語教育に相応の時間を伴うのが通例で、N5に達するまでの研修期間は一般に約3カ月だが、N4には約8カ月を要するという。
この研修期間が送出し機関にとってハードルになっているのだ。先述のシンポジウムで、医療・介護事業の専門コンサルタントは、介護職の採算性を指摘した。
「他の職種なら3カ月の日本語研修で送り出せるので、1年間に4回転できる。しかし、介護職の日本語研修は8カ月が必要なので1.5回転しかできない。生徒数を増やして回転数をカバーしようとしても、宿泊施設の関係から介護職だけ生徒を増やすわけにはいかず、介護職を扱うと採算が悪化してしまう」
当初は介護職の送出しに積極的な機関も多かったが、採算性を理由に、最近は介護職を対象から外したり、様子見をするケースが増えているという。
しかし、それでも多くの介護事業者にとって、新技能実習制度の活用はアテにしたい手段ではないのか。すでに監理団体に100人規模の求人を申し込むなど、制度活用に積極的な介護事業者もいる。「『うちは法律を守ってやっている。送出し側でどんな目に遭ってきたかは、関知しません』という言い逃れはもはや通じない」(斉藤氏)という状況で、制度活用を考える介護事業者に問われるのは、まずは監理団体の選定だ。
実習生雇用の成否は雇用体制だけでなく、監理団体の力量にも左右される。受入れ実績、介護事業に精通したスタッフの有無、実習生のサポート体制などをどう見極めるか。さらに健全化の取り組みも必須要件である。
ある監理団体では、実習生全員に来日までに支払った費用の明細を報告させ、ブローカーや役人に対する裏金の支払いが判明したら、送出し国の当該機関に通報して再発防止を求めている。通報の結果、裏金を受け取った役人が解雇された例もあるというが、そのぐらい踏み込んだ取り組みが求められるのが制度の実情である。
(文=小野貴史/経済ジャーナリスト)