坂井氏が後任に選ばれたワケ
ところが、指名委員会が下した判定は、サプライズそのものだった。
新社長に坂井氏の名が発表されると、ライバル銀行はもとより、みずほグループ内部からも驚きの声が挙がった。坂井氏は社長レースの下馬評にも上っていなかったからだ。
「菅野氏は、事業会社のトップの経験がないことがマイナス点となった。坂井氏は、グループ企画部長として銀行中枢を経験しているし、投資銀行部門、国際部門の責任者を務めた。さらに、みずほ証券という事業会社の経験もあるということで、総合点が一番高かった」(みずほFGの現役役員)
佐藤氏と坂井氏は、興銀勢が本拠地としてきた旧みずほコーポレート銀行で10年以上、一緒に仕事をしてきた。今にして思えば、2年前の坂井氏のみずほ証券社長就任は、実務を積ませるための戦略的な人事だったのだろうか。
坂井氏を抜擢した理由について佐藤氏は、会見でこう説明した。
「証券を基軸に据えて発展するという大きなメッセージになる」
この発言から、佐藤氏が考えている方向性が見えてくる。今、みずほFGは、従業員と店舗を減らす構造改革の最中にある。従業員はパートを含め7.9万人いるが、2026年度末までに6万人に減らす。国内拠点は21年度には50減らし、450拠点とし、24年度には400拠点にまで減らす。
これは何を意味するのか。商業銀行というビジネスモデルを縮小することにほかならない。預金者から集めたお金を貸し出しなどで運用する商業銀行は、これまで日本の銀行の王道だった。だが、日本銀行のゼロ金利政策導入によって、商業銀行というビジネスモデルが成り立たなくなった。メガバンク3行は軒並み、大幅な戦線の縮小を余儀なくされている。
そんななかみずほFGは、投資銀行というビジネスモデルに軸足を移す。投資銀行業務の花形はM&A(合併・買収)だ。従来、企業買収での助言や仲介は証券会社の独壇場だったが、米国の有力な投資銀行にお株を奪われつつある。投資銀行と証券会社の垣根は世界的に低くなった。
投資銀行になることは、かつての興銀の悲願だった。「証券業務を基軸にする」という佐藤氏の発言には、投資銀行に一歩でも近づきたいとの思いが込められている。当然、旧富士銀や旧第一勧銀から引き継いだ商業銀行モデルは縮小することになる。リストラの主な対象になる旧富士銀や旧第一勧銀の行員たちはおもしろくないだろう。“お家芸”である旧3行による派閥抗争が再燃することになるのではないかとの懸念がないわけではない。
みずほFGは過去に続発した不祥事による負の遺産を解消するのに時間がかかり、ライバルの三菱UFJ FGや三井住友FGに収益力で大きく水をあけられている。派閥抗争をしている暇はない。