カシオ「G-SHOCK」、成功の秘密…3千モデル・累計販売数1億個超、真の差別化とは
2000年頃からだろうか、「コモディティ化」という言葉をマーケティングや経営学の分野でしばしば目にするようになった。
昔であれば、「日本の電気製品は故障が少なく、丈夫で長持ち」「圧倒的に小型化されたソニーの音楽プレイヤーやビデオカメラ」など、商品の機能的価値、つまり基本的な品質の差を重視し、消費者は商品を選択した。しかし、技術の成熟化や標準化された部品の普及などに伴うモジュール化の影響により、各社における商品の基本的な品質の差は縮まってきている。
結果、”同じような品質ならば安いほうがよい”となり、低価格競争が横行する。現代の市場において、多くの商品がこうした状況に陥ってしまっている。当然、企業としては、価格競争は避けたい事態であり、他社商品との差別化に注力することになる。
STPは正しいのか?
マーケティングのもっとも有名なセオリーとして「STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)」というものがある。
マーケティングの目標は顧客満足の獲得であり、よって、まず満足させるべき顧客を決定する必要がある。もちろん、厳格には一人ひとりのニーズは異なるため、1対1の対応が理想ではあるが、そうすると概ね顧客の許容範囲を大きく上回る価格となり、現実的ではない。
そこで、同質のニーズを有する顧客群を決定する。そのために、性別、年代、居住地域、年収などのデモグラフィック属性(人口統計学属性)や、ライフスタイル、価値観、個性などのサイコグラフィック属性(心理的属性)により、顧客群をセグメンテーション(分類)する。
次に、分類した顧客群の中から自社商品のターゲットとする顧客群を決定する。その後、ターゲットとした顧客群に対して、自社商品をどのように位置づけるか(ポジショニング)を決定する。
具体的によく用いられる事例として、ポジショニングマップがある。2つの軸で構成された図の上に既存の他社商品を並べ、自社商品をどこに配置するかを決定するのである。たとえばアパレルならば、縦軸に価格(高―低)、横軸にファッション(トレンド―ベーシック)などが採用される。
みなさん、これで差別化された商品が生まれると納得されただろうか。
確かに、ポジショニングマップ上において他社商品のないところに自社商品を置くということは差別化されたとも言えるが、同じ軸の上で配置場所を多少変えても本質的な差別化の実現には程遠いのではないだろうか。大きく捉えると、”コモディティ化の罠”にスッポリはまってしまっているとも言えるだろう。
G-SHOCK成功の秘密
カシオ計算機が1983年に発売し、全社の売上の3割を占めるまでに成長した「G-SHOCK」は、みなさんご存じのことだろう。投入されたモデルは3000種類以上であり、累計販売数は1億個を超えている。
先日、テレビ番組『最初の企画書見せてください』(NHK)で、開発者の伊部菊雄氏が大変興味深い話をされていた。概要は以下の通りである。
“時計といえばスイス”という時代が、クォーツという技術で一変。セイコーをはじめ、日本の時計メーカーが世界市場で大きな影響力を持ち始めた。また、機械式と異なり、クォーツでは腕時計を薄くすることが可能となり、各社、どれほど薄くできるかという競争が熾烈を極めたとのこと。
こうしたなか、伊部氏は大事にしていた腕時計を落として壊したという自らの経験をもとに、「落としても壊れない丈夫な時計」というコンセプトのもと、開発に着手する。その後、技術的難題を克服し、世界中の誰もが知っているG-SHOCKという大きな成功を収めることになる。
真に差別化された商品開発のポイント
こうしたG-SHOCKの開発において、マーケティングのセオリーに反する興味深い点がいくつも見つかった。
まず、マーケティングにおいて一般に重要と考えられるマーケティングリサーチ(市場調査)が行われず、開発者の体験からコンセプトが生まれている。
また、当時の腕時計市場の環境を考慮すると、ポジショニングマップの2軸は「薄さ」と「価格」となり、「極めて薄いが高価格」「やや薄い程度だが低価格」といったポジショングになってしまいそうだが、「丈夫さ」という新しい軸のもと、新しいポジショニングマップ上に位置づけられている。
つまり、既存のポジショニングマップにおいてどう差別化するのかを考えるのではなく、ポジショニングマップ自体の差別化を図ったということである。もっとも、ほかに類似の商品はないため、そもそも位置づける必要はなく、ポジショニングマップの上には唯一、G-SHOCKだけがポツリとあるという状態である。
真の差別化とは、こうした状態を意味するのであろうと筆者は痛感させられた。
真に差別化された商品が引き受けなければならないコスト
「良いことがあれば悪いこともある」というのが、世の常である。真に差別化された商品は通常の商品とは大きな違いがあるため、消費者に認知・理解されるための時間や金銭的負担など、大きなコストを要する場合も少なくはない。
たとえば、薄さが重要視されていた当時の腕時計市場において、分厚いG-SHOCKの販売は不振を極めた。しかしアメリカで放映された、アイスホッケーのスティックでパックの代わりにG-SHOCKを力一杯ヒットし、それでも壊れないというテレビCMが大きな反響を呼び、まず軍人や警察官などの間で爆発的な人気となった。その後、俳優のキアヌ・リーブスが映画で着用していたことを契機に世界的大ヒットとなり、日本においてもアメリカからの逆輸入といった形で人気を博した。
現在では、当初から想定していた「丈夫さ」に、消費者によって意味づけられた「ファッション性」という2軸により、真に差別化されたG-SHOCKブランドが確立されている。
このように、真に差別化された商品の場合、時間やSP(セールスプロモーション)に大きなコストを投じなければならないケースも少なくないだろう。
さらに、革新性が伴う商品においては消費者教育も重要な要素となる。たとえば、日本でスマートフォンの市場を拡大させるには、高齢者を対象とすることは有効な手段のひとつと考えられるが、その際にスマートフォンの特徴や利便性、操作方法など、丁寧に対処する必要がある。
こうしたこともコスト要因ではあるものの、脱価格競争回避に成功すれば、G-SHOCKのように十分なリターンが期待できるだろう。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)