本当のことを知ると意外と怖いオペラの名曲たち…絶対に結婚式で歌ってはいけない曲も
東京オリンピックは開催されるのか喧々諤々と議論が交わされていますが、来年には中国・北京で冬季オリンピックが控えています。羽生結弦さんの3連覇はあるのか、紀平梨花さんはどうか、もしかしてダブルでメダル獲得も……? 気が早すぎるのですが、オリンピックスポーツのなかで、音楽が大活躍するフィギュアスケートだけに、僕も毎回楽しみにしています。
もし、紀平さんが金メダルを取ることになれば、日本人女性2人目の快挙となります。1人目の受賞者は、2006年にイタリア・トリノで行われたオリンピックにて、美しいブルーの衣装を着て“アジアンビューティー”と世界中の人々をその演技のとりこにした荒川静香さんです。その美しい演技だけでなく、指揮者の僕はどうしても演技に使っていた音楽に引き込まれてしまいました。
その曲は、イタリア2大オペラ作曲家のひとり、ジャコモ・プッチーニの歌劇『トゥーランドット』から、アリア『まだ寝てはならぬ』です。僕の大好きなオペラ・アリアであるというだけでなく、イタリア・オペラファンならば、好きなアリアの5本指に入るに違いない名曲中の名曲で、知らない人はいないでしょう。
トリノ・オリンピックの開会式は、音楽の国イタリアが総力を挙げた見事なものでした。世界的テノール歌手、ルチアーノ・パヴァロッティが登場し、世界中に生放送でその美声を披露したのも、この『まだ寝てはならぬ』でした。この絶対的な印象を持ったまま、フィギュアスケートを見ていた方も多かったと思います。
金メダル受賞後、日本に帰国した荒川さんは、当時の小泉純一郎首相を表敬訪問した際に、オペラ大好きな元首相から「プッチーニのトゥーランドットはパヴァロッティも開会式で歌っていたね」と声をかけられ、「少し運命を感じました」と答えたと報じられました。ちなみに後日、小泉元首相と荒川さんは東京のサントリーホールでオペラ『トゥーランドット』を2人で鑑賞されたそうです。
YouTubeで検索すれば『まだ寝てはならぬ』は出てくるので、ぜひ聴いていただきたいです。なにせ、テノールのアリア中のアリアともいえる、美しくスケールの大きな音楽で、感動すること間違いなしです。
『まだ寝てはならぬ』の恐ろしい真実
しかし、実はこのアリアはそんな平和な内容ではありません。『まだ寝てはならぬ』の舞台は、来年の冬季オリンピックの会場でもある北京です。
皇帝が支配していた時代、老いた皇帝がとても大切にしている一人娘で絶世の美女といわれるトゥーランドットと結婚する花婿に、皇帝の座を受け渡そうと考えていました。世界中の国々の王子たちが皇帝の座を狙って北京の紫禁城にやってきますが、トゥーランドットを見るや否や、皇帝の座に対する野望などすっかりと忘れ、全員、彼女の美貌にのぼせてしまいます。
結婚相手となる条件は、トゥーランドットが出題する“3つの謎”を解答することで、これが難題中の難題。誰も解くことができず、謎を解けなかったときの“約束事”として、次々に首を切られてしまいます。
そんな時にやってきたのが、ダッタン国の王子・カラフです。そして、このカラフの有名なアリアこそ、荒川さんが世界中のフィギュアファンを虜にした演技に使われていた曲です。
カラフは謎を解くのですが、トゥーランドットは「結婚するのは嫌だ嫌だ」と、これまで何十人も若い王子の首をはねてきたにもかかわらず、駄々をこね始めます。そこでカラフは、「僕は彼女の愛が欲しい。そこで、僕も謎を出す。これまでに自分は名乗っていないが、明日までに僕の名前がわかれば結婚しなくてもいいし、僕は死んでいい」と言うのです。純真な王子なんですね。ところが、この純真さが多くの人々に迷惑どころか、死の恐怖を与えることになります。
冷酷なトゥーランドットは北京の街の住民に、「今夜は誰も寝てはならぬ。求婚者の名を解き明かすことができなかったら住民は皆死刑とする」などと、無茶なお達しを出したのです。カラフもここまでするとは思ってもみなかったでしょうが、当時の中国は皇室が絶大な権力を持っていたため、本当に皆殺しになってしまいます。もちろん作り話ですが、北京住民は誰も寝ることができずに大騒ぎ。そんな様子を眺めながらカラフが歌うアリアが、『誰も寝てはならぬ』です。
ところで、そんな残酷な女性と、なぜ結婚したいなんて考えるのでしょうか。よほど美しかったのかもしれませんが、僕なら結婚後を想像して逃げ出すでしょう。
結婚式で歌ってはいけないオペラの名曲
有名なオペラのなかには、その内容を離れ、単独で有名になったアリアが結構あります。
同じくプッチーニ作曲のオペラ『蝶々夫人』は、日本が開国した当時、長崎に駐在していた悪いアメリカ人が、純粋な若い日本人の娘と偽装結婚する物語です。作品中の『ある晴れた日に』は、何も知らない日本人の現地妻が、アメリカへ帰国した夫から捨てられたことを信じず、彼を待ち続けながら純情に歌うアリアです。
また、プッチーニのオペラ『トスカ』の名曲『歌に生き、恋に生き』は、主役の歌手役トスカの素晴らしい生きざまを歌っているのかと思いきや、実際は「歌に生き、恋に生きてきただけなのに、どうしてこんな目に遭わないといけないのか」と嘆く内容です。絶対に結婚式で歌ってはいけません。
イタリア2大オペラ作曲家のもうひとりであるヴェルディのオペラ『椿姫』の有名すぎるデュエット曲『乾杯の歌』も、実はハッピーな歌ではありません。
花のパリで毎晩のように催されていた社交パーティで、若い男女が楽しく乾杯をしながら歌う曲ですが、女性は高級売春婦です。彼女は一緒に『乾杯の歌』を歌う若き青年貴族と恋に落ちますが、結婚など許されるわけはなく無理やり引き離されてしまい、彼女は貧困の中、結核に侵されて死んでしまうという結末です。まだ2人が一番ハッピーだったころに歌う曲なのでいいのかもしれませんが、結末を知ってしまうと、やはり結婚式では歌うのはどうかと思ってしまいます。
そういえば、オペラ歌手の友人たちがいたら、結婚式で歌ってくれるモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の有名なデュエット曲『お手をどうぞ』も、考えてみると、女性をかどわかそうとしているプレイボーイと、婚約者がいるにもかかわらずついて行ってしまう女性のストーリーです。
昨年、結婚式を挙げることができなかったカップルも多くいると聞きます。今年の“ジューンブライド”がどうなるのかはわかりませんが、クラシックの名曲にはお気を付けください。
(文=篠崎靖男/指揮者)