主戦場は米国から中国へ
いまや、自動車市場の主役は中国だ。とりわけ、日本の自動車メーカーにとっては、中国を抜きにしては成長戦略が描けないほど、その重要性が高まっている。「中国を制する者が世界を制する」といってもいい状況だ。
日本の自動車メーカーはこれまで、米国市場を重要市場と位置づけてきた。例えば、ホンダは世界販売の約4割を北米市場が占め、“北米一本足打法”といわれてきた。日本車は燃費のよさで米国の消費者から高い評価を受け、人気ランキングの上位には常にトヨタ自動車の「カムリ」「カローラ」やホンダの「アコード」「シビック」など日本の小型車や中型セダンが並んだ。
ところが、米国の自動車市場はここへきて大きく様変わりしている。ガソリン価格の下落を追い風に、ピックアップトラックやスポーツ用多目的車(SUV)、バンなどのライトトラックと呼ばれる車種に乗り換えるユーザーが急増し、セダンは販売が低迷しているのだ。
また、近い将来、米国では自動運転車とライドシェアサービスの普及により、車の保有台数が減少する。それにともなって、セダンは2030年に7割減少するだろうという予測すらある。日本の自動車メーカーは、市場の変調を受けて、SUVへの切り替えを急いでいる。
じつは米国市場の様変わりは、車種の変化にとどまらない。好調だった米国自動車販売台数に頭打ちの兆しが見える。17年の米国新車販売台数は、買い替え需要の一巡などの事情があったにしろ、前年比1.8%減の1723万台となり、8年ぶりに減少した。
「市場は減少傾向にありますし、乗用車は非常に苦戦している状況です」
トヨタ専務役員の白柳正義氏は、2月6日に開かれた第3四半期決算説明会の席上、米国市場についてこう語った。ホンダ副社長の倉石誠司氏も、「米国市場は、これまでの成長から調整局面に入った」と決算説明会の席上、コメントした。日産自動車は米国での販売競争の過熱による販売奨励金の積み増しの影響を受け、18年3月期の営業利益予想を前期比24%減の5650億円に引き下げた。「米国市場がピークアウトしたのを受けて、ディーラー在庫の適正化に取り組んでいる」と、日産CFOの田川丈二氏は2月9日の決算説明会の席上、語った。
マツダは、4~12月期の米国の販売台数が5%減の22万台だった。「米国の台数減は、危機感を感じている」とCFOの藤本哲也氏は2月7日の決算説明会で述べた。
日本メーカーの中国シフト
これに対して、世界市場で販売台数を伸ばしているのが中国市場だ。中国が米国を抜いて世界一の自動車市場になったのは、09年である。新車販売台数は1364万台に達し、米国の1042万台を上回った。その後の需要も、高所得の都市に続いて、内陸、地方都市へと広がりを見せている。
中国自動車工業会は1月11日、17年の新車販売台数が前年比3%増の2887万9000台と過去最高を記録したと発表した。15年10月から17年12月まで実施された小型車減税の影響で、小型車販売が急増したことが大きい。中国の需要増を受けて、日本の自動車メーカーは中国市場の攻略に本腰を入れている。中国シフトだ。
日産の中国合弁の東風汽車有限公司は2月5日、新中期計画を発表し、22年までに年間販売台数を17年の152万台から260万台に引き上げ、売上は3000億人民元を達成するとぶち上げた。
「トップ2(注:1位は独フォルクスワーゲン、2位は米ゼネラルモーターズ<GM>)はすでに、年間販売台数200万台を超えている。つまり、年間240万台から250万台が対決の軸になる。第二グループからジャンプし、トップ2に入るつもりで戦っていく」
日産専務執行役員で東風汽車有限公司総裁の関潤氏は、2月15日に開かれたメディアラウンドテーブルの席上、語った。
トヨタは17年、中国で「カムリ」や「レクサス」の販売が好調だった。今後はSUVなどを展開し、18年に中国で前年比8.5%増の140万台を販売する計画だ。
ホンダは17年、中国で「シビック」などが売れ、販売台数は前年比15.5%増の144万1307台だった。生産台数は144万台で、120万台の米国を初めて超えた。
「17年の中国の販売台数は米国に届かなかったが、市場動向からみて、近いうちに米国を抜かなければならない」
ホンダ副社長の倉石誠司氏は2月2日の決算発表の席上、そのように述べ、中国市場への期待を示した。
マツダの17年の中国の販売台数は30万9407台で過去最高となった。いまや、マツダにとって、もっとも販売台数が多いのは米国ではなく、中国である。年間の計画では、米国の販売を1万台下方修正した一方で、中国は1万6000台上積みした。
三菱自動車も16年8月、現地で需要が高まっているSUV「アウトランダー」の現地生産を始めた影響で、中国での販売台数を大きく伸ばしている。17年の販売台数は13万台だ。
「中国は、重要なマーケットだ。内陸部を含めて販売を強化していく。販売店のトレーニングなどを進めていきたい」
三菱自動車CFOの池谷光司氏は語った。
人口当たりの自動車普及台数から見ると、中国の自動車市場には、まだまだ巨大な潜在力がある。日本の自動車メーカーが、米国における販売台数の頭打ちを受けて、中国市場への依存を強めているのは、当然の流れだろう。
「NEV規制」はチャンスか
では、中国市場攻略のカギは何か。中国政府の環境規制への対応だ。
中国政府は、中国で生産活動をする完成車メーカーに対して、19年からEV、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)の新エネルギー車の販売を一定の割合で義務づける「NEV規制」を導入する計画である。
ご存じのように、中国は深刻な環境問題を抱えており、その対策として新エネ車の販売を国家戦略として打ち出したのだ。それはその通りだが、もう一つ、秘められた狙いがある。中国は、ガソリン車やHVの分野では先行する日本や欧米にどう逆立ちしても勝てない。ただし、開発競争の真っただ中にあるEVであれば、開発ペースはほぼ横一線だ。中国の地場メーカーが世界に追いつき、EVのリーダーになるのもあながち夢物語ではない。
つまり、日本の自動車メーカーは、中国の地場メーカーが力をつける前に、中国市場でEVのシェアをとる必要がある。ハイブリッド車にかわり、EVなど新エネ車への対応を急がなくてはいけない。対応の遅れは、中国市場での存在感の低下につながりかねない。
見方を変えれば、「NEV規制」は、日本のメーカーにとって、またとないチャンスだと考えることもできる。新エネ車の投入、拡大をテコにして一気にシェアを拡大すれば、VWとGMの牙城を切り崩すことも視野に入ってくるからだ。
その点、ここぞとばかりに、いち早く中国戦略を鮮明にしているのは、日産だ。日産の中国合弁会社の東風汽車有限公司は、新エネ車の投入をテコに、中国市場トップ3入りを目ざしているのだ。
日産の中国攻略の武器は、長年にわたって積み上げてきたEV技術だ。「日産は、EVのリーディングカンパニーだ」というカルロス・ゴーン氏の言葉を引くまでもなく、日産はEVの先駆者といっていい。10年に世界に先駆けてEV「リーフ」を発売し、17年秋にはフルモデルチェンジした2代目にあたる新型「リーフ」を投入した。ルノー、日産、三菱自動車アライアンスは、世界累計54万台のEVの販売実績を持つ、EV先進企業だ。したがって、「航続距離」「充電インフラ」「コスト」など、乗り越えなければいけないEVに関するノウハウを蓄積しているのだ。
日産の中国合弁の東風汽車は、22年までに600億元(約1兆円)を投資し、中国で発売する40車種以上の新車の半数をEV、またはエンジンで発電して、モーターで駆動する「eパワー」搭載車にする方針を明らかにしている。また、中国で人気の高級車ブランド「インフィニティ」を25年までに全車種電動化することを発表している。
加えて、充電インフラについては、中国のベンチャー企業と共同で新しいバッテリーステーションを開発した。スタンドで、クルマのボディの横のスリットに着脱式のバッテリーを入れる仕組みだ。「クルマが止まってバッテリー交換をし、お金を払ってクルマが出ていくまでに、かかる時間は平均で1分42秒です」と、関氏はいう。
このほかの日本勢も、EVをはじめとする電動車に力を入れる。
「中国の攻略は、電動車戦略が大事だと考えている。今後、中国専用のEVかPHVを投入する計画だ」
三菱自動車CFOの池谷光司氏は、2月5日の決算説明会でそう説明した。
トヨタも中国の「NEV規制」への対応を急ぐ。「中国で、20年に独自のEVを発売する。他社に追いつけると思っている」と、副社長の小林耕士氏は2月6日の決算説明会の席上、述べ、次のように説明を付け加えた。
「中国とは、一緒になって成長していきたい。北米についても同じだが、各国の環境、社会政策に合わせて、きちんと対応して答えを出していきたい。中国のカウンターパートと相談しながら、鋭意手を打っていけるものと思っている」
ホンダは18年、小型SUV「ヴェゼル」とその兄弟車をベースにしたEVを発売する予定だ。一部では、中国の地場メーカーが一気にEVのシェアを伸ばすのではないかという声がある。EVは電池とモーターがあれば簡単につくれるという見方があるからだ。しかし、必ずしもそうとはいえないとして、本田技術研究所社長の松本宜之氏は、次のように語る。
「電池などから発生する熱を適切に管理する必要もある。日本のメーカーはハイブリッド車の開発を通じて、熱マネジメントの技術を蓄えており、ここに強みがあると考えている」
日本の自動車メーカーは、世界一の自動車市場となった中国を、収益の大黒柱にしようと躍起になっているが、死角はないのか。各メーカーの競争が激しくなるにつれ、インセンティブ競争に陥るなどのリスクはないのだろうか。
中国の巨大市場を軽視するわけにはいかない
さて、EV量産の技術的課題は電池である。高品質なバッテリーを安定的に調達することが、EVの量産で黒字を確保する決め手であることは指摘するまでもない。そうしたなかで、中国政府は自国の産業保護の観点から、政府認定を取得したメーカー製のバッテリー搭載車だけにエコカー補助金を支給する。いわゆる“ホワイトリスト”である。
サムスンSDIやLG化学、パナソニックなど、世界の有力車載電池メーカーは、この認定取得に苦戦している。つまり、現状では中国でEVを販売したければ、中国製の車載電池メーカーから電池を調達しなければならない状況だ。
「中国でビジネスをする以上、中国のレギュレーションに沿っていく必要がある。ホワイトリストに入っている電池メーカーの電池を使わなければインセンティブがもらえないといわれれば、それに忠実にやっていく」と、関氏はいう。
とはいえ、問題は電池の供給量が圧倒的に不足していることだ。2000年代、当時、トヨタの社長だった奥田碩氏にインタビューしたとき、次のように語っていたのが印象に残っている。
「中国市場の販売が年間4000万台になったとき、いったい、だれがそのエネルギーを供給するのか」
当時は、主力の石油の供給体制をめぐってのコメントだったが、今日も事情は同じだ。EVをはじめとする電動車が中国市場で急速に増えたとき、電池の供給は追い付くのだろうか。また、電力の供給量は十分といえるのだろうか。「単純に量だけを見ても、一台あたりハイブリッドの50倍の電池が必要になる」と、トヨタ副社長の寺師茂樹氏は指摘する。
中国の自動車市場をめぐる戦いは始まったばかりだ。しかも、中国を舞台に繰り広げられる戦いは、かつて日本の自動車メーカーが経験したことのないほどに複雑かつ熾烈なものになることが予想される。
最大のリスクは、中国の自動車市場を政府が規制などをめぐってコントロールしていることだ。そのことは、日本のメーカーだけでなく、各国の自動車メーカーにとっても頭の痛い問題であることにかわりない。
とはいえ、もはや世界最大の市場となった中国を軽視することはできない。
「中国の自動車市場はいまや、ジャングルの様相を呈している。ローカルブランドも伸びてきているし、簡単なマーケットではなくなってきている」と、関氏は語る。
日本の自動車メーカーは、先の見えない中国市場において、果敢に攻め込むしか手立てはないといっていいだろう。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)