原発ビジネス、安倍首相トップセールスで加速する海外進出への壁とリスク
原子力協定は、原子力関連技術の利用を平和目的に限ることを2国間で約束するもので、この締結が原発輸出の前提になる。
トルコのエルドアン首相との首脳会談で原発新設プロジェクトへの優先交渉権を日本に与えるとした共同宣言に署名した。福島第1原発事故後、日本企業が主導する原発受注が確定するのは初めて。三菱重工業と仏アレバによる企業連合が請け負う。
トルコの原発建設計画は、黒海沿岸のシノップに4基を新設する。1基の建設費は5000億円に達し、総事業費2兆円に及ぶビッグプロジェクトだ。17年に着工し、23年に1基目の稼動を目指している。
トルコの原発の第1号は、ロシア企業が受注した。2カ所目となるシノップの原発は当初、東芝・東京電力連合が大本命とみられていた。だが、福島第1原発事故で様相は一変。原発の保守・運営を担うはずだった東電は原発事業を凍結、トルコ側の意向で計画は一度、白紙に戻った。
この隙に乗じて韓国や中国、カナダの企業が巻き返しを図った。日韓や中国、カナダの4カ国が壮絶な受注競争を展開した結果、三菱・アレバ連合が技術力でライバルに差をつけた。総仕上げが安倍首相のトルコ訪問だった。
シノップ地区のプロジェクトは4基、総出力440万キロワット規模の原発を建設するもの。三菱重工業と仏アレバの合弁会社ATMEAが開発した新型の原子炉を採用する。伊藤忠商事、仏電力会社GDSスエズ、トルコ発電会社(EUAS)などでつくる国際コンソーシアムで建設・運営を目指す。トルコ原発プロジェクトの舞台回しをしたのは伊藤忠商事。東電という強力なパートナーを失った東芝では勝ち目がないと判断して、三菱重工と手を組んだ。
日本は原発輸出を成長戦略の柱に据えてきた。原発は1基5000億円の巨大ビジネスだ。民主党政権は成長戦略に掲げて官民一体の売り込みを進め、10年にベトナムでの受注に成功した。しかし、11年3月の原発事故を境に、民主党は脱原発にカジを切り、国による売り込みはストップした。
原発プラントメーカーは独力で受注獲得に動いた。だが、原発輸出を国家プロジェクトとして、首相や大統領が自ら売り込みをかける仏、露、韓の攻勢に劣勢を強いられてきた。
安倍首相のトップセールスの狙いは、「原発ゼロ」路線を修正したことを内外にアピールすることだった。原発事故の収束の見通しが立たず、原因も完全に解明されていないにもかかわらず、なし崩し的に原発輸出を推進することに対する批判は強いが、プロ・ビジネス(産業界寄り)の政権を標榜する安倍政権は意に介さない。
今後の展開を考える上で重要なのが、インドとの原子力協定締結に向けた交渉再開の合意である。14年1月の署名に向け協議を急ぐ。インドは20年までに総事業費9兆円規模で、原発18基の建設を予定している。
インドには、10年9月に成立した原子力損害賠償法がある。原発事故が発生した場合、原子炉などのメーカーにまで責任が及ぶことになる。
同国のこの法律は、84年に起きた“史上最悪”といわれる産業事故に学んだ結果だ。米ユニオン・カーバイト社の化学工場から有毒ガスが漏れ、死者2万5000人、負傷者は数十万人にも上った。
日本では原発事故が起きても、電力事業者しか賠償責任を負わない。福島原発の事故では原子炉を輸出した米ゼネラル・エレクトリック(GE)に賠償責任はない。原子力災害賠償法で製造者責任が免責されているからだ。賠償責任は、原発を運用する電力会社のみとなっている。つまり東電だ。
インドは違う。製造者責任が、はっきりと明記されている。インドで原子炉の建設を目指す米GEと組む日立製作所、米ウェスチングハウス(WH)を傘下に持つ東芝には、この法律が大きな壁となる。GE=日立、WH=東芝両陣営は、インド政府に対して「原子力損害に対する補足的な補償に関する条約」(原発事故の際の責任を運営会社に負わせ、発電システムメーカーには補償責任を問わない国際条約)に署名するよう求めてきた。
インドと日本で、原子力損害賠償法の例外規定について話し合われることになる。原子炉メーカーの事故責任が問われるようなら、メーカーはインドでの原発ビジネスに本腰を入れないだろう。リスクが、あまりに大きすぎるからだ。
製造物責任の流れがインド以外にも広がれば、企業の存続リスクを考えて原発ビジネスから撤退するところが出てくるかもしれない。日印の交渉結果が、今後の原子力ビジネスを占う分岐点になる。
(文=編集部)