総合商社7社の2021年3月期連結決算(国際会計基準)で王者・三菱商事が4位に転落した。5月7日の電話会見で垣内威彦社長は「資源価格の低迷やローソンの減損により、計画未達となったことを重く受け止め、反省すべきは反省する」と語った。4位転落で22年3月決算で任期を迎えることになる垣内社長の経営責任問題が急浮上した。
原料炭の市況悪化や子会社ローソン関連で減損損失を計上し、純利益が前期比67.8%減の1725億円と激減。従来の会社予想(2000億円)をも下回った。ローソンののれん代や固定資産の減損836億円が大きく足を引っ張った。17年に5割超を出資していたローソンを子会社にした。のれん代は20年3月末時点で1500億円あった。今回、新型コロナウイルスの拡大でコンビニエンスストアの売上が減るなか、回復に時間がかかるとの判断から減損に踏み切った。
三菱自動車の減損と構造改革費用が計200億円、垣内社長の肝煎りで出資したシンガポールの食糧・食品会社オラムの減損と会計処理で99億円。これに加え10~30億円規模の減損や評価損などが16件で、300億円超に達した。
東京株式市場の取引時間中の決算発表を受け、5月7日、三菱商事の株価は一時6%安まで下落する場面があった。同社は22年3月期配当を134円に据え置くと表明。資源高による22年3月期の業績の急回復と増配への期待感が一気に剥落し、失望売りがかさんだ。22年3月期の純利益は2.2倍の3800億円を見込んでいるが、それでも3位にとどまる。長らく首位に君臨していた三菱商事は、収益構造の改革の遅れから経営の正念場を迎える。
「垣内さんはちょっとクセのある人物。三菱グループ内でもいまいち信用度は低い。小林健会長も自分で選んでおきながら、実は垣内さんとは馬が合わない。言いなりになると思って社長にしたが、今になって、その失敗に気づいたようだ」(三菱グループの長老)
こうした辛辣な垣内評が聞かれるようになった。“ポスト垣内”は小林会長の意向が前面に出てくるかもしれない。そうなると、後継者選びに波乱が起きる。有力候補と取り沙汰されているのは常務執行役員電力ソリューショングループCEOの中西勝也氏である。三菱商事は傘下にスーパーやコンビニエンスストアがあり、食品の卸部門も強力だ。小売・サービス事業と家庭向け電力を融合させた新しいビジネスの創出が窮地に陥っている三菱商事に“活”を入れるとすれば、中西氏が“ポスト垣内”の最短距離にあるとの世間の評価通りになるのだが、小林会長が強権を発動することになると、どうなるのだろうか。22年3月期決算の9月中間決算の数字とそれに付随した人事が、一つのヒントになるかもしれない。
伊藤忠は純利益、株価、時価総額で首位となり「三冠王」を達成
【総合商社7社の最終利益】
社名 21年3月期の実績 社名 22年3月期の見通し
伊藤忠商事 4014億円(▲19.9%) 伊藤忠商事 5500億円(37.0%)
三井物産 3354億円(▲14.3%) 三井物産 4600億円(37.1%)
丸紅 2253億円(黒字転換) 三菱商事 3800億円(120.2%)
三菱商事 1725億円(▲67.8%) 丸紅 2300億円(2.1%)
豊田通商 1346億円(▲0.7%) 住友商事 2300億円(黒字転換)
双日 270億円(▲55.6%) 豊田通商 1500億円(11.4%)
住友商事 ▲1530億円(赤字転落) 双日 530億円(96.3%)
(カッコ内は前期比増減率。実績の▲は赤字の実額。伸び率の▲は減)
伊藤忠商事は悲願に掲げていた純利益、株価、時価総額で業界首位となり「商社三冠」を達成した。財閥系商社の背中は遠かったが、岡藤正広会長が経営トップの座に就いて10年あまりで悲願が成就した。
伊藤忠は21年3月期に減益になったものの、非資源分野を中心に影響を最小限に食い止め、純利益で三菱商事を抜き、5年ぶりに首位に返り咲いた。豪州で鉄鉱石を生産するIMEAの取り込み益が906億円、中国のCITICの取り込み益が725億円、タイで配合飼料や畜産事業を展開するチャロン・ポカパン(CPグループ)の事業再編に伴う株式再評価益が402億円に達した。この3社(2033億円)で連結純利益の半分を占めた。
伊藤忠は15年、日本企業最大の対中投資となる6000億円を投下してCITIC株を取得した。当時の株価は13.8香港ドルだった。これが3月末に7.36ドルまで下落したため、「日本の決算基準に則り単体決算で2427億円の減損損失を計上した」(鉢村剛副社長兼CFO)。国際会計(IFRS)基準では監査法人にも確認の上、「減損は不要と判断した」という。さらにコロンビアで一般炭を産出するドラモンドも21年3月期に撤退を決め、同年3月期単体決算で948億円の損失を出した。その結果、単体決算は713億円の赤字(20年3月期は2484億円の黒字)となった。「コロンビアの一般炭事業から撤退に伴う連結決算の影響は軽微だった」としている。
「新型コロナウイルス禍を乗り越え、成長軌道に戻る年にする」。石井敬太社長COO(最高執行責任者)は5月10日のオンライン会見で力を込めた。22年3月期の純利益は21年同期比37%増の5500億円と2年ぶりに最高益の更新を見込む。
三井物産の21年3月期決算はモザンビークの炭鉱事業などで損失を出したが、鉄鉱石価格の上昇もあり14.3%の減益にとどめた。丸紅は農業・食料関連が好調で、20年3月期の過去最大の赤字(1974億円の赤字)から一転、大幅黒字となった。
豊田通商は自動車販売の回復が貢献し、ほぼ前期並みの利益を計上。双日は自動車や金属・資源が苦戦した。住友商事はマダガスカルのニッケル鉱山がコロナで操業停止を余儀なくされ、過去最大1530億円の赤字(20年3月期は1713億円の黒字)に転落した。
住商は22年3月期決算で黒字転換
住友商事は22年3月期の最終利益で2300億円の黒字に転換する。マダガスカルのニッケル鉱山の操業が再開し、新型コロナで打撃を受けた鋼材や自動車製造部門も回復する。原油など資源価格の上昇が追い風となる。減損などの一過性の損失も減り最終黒字を見込む。5月10日、不動産や農業で稼ぐなどの新しい方針を打ち出したが、株価への反応は鈍かった。
石炭火力発電所という世界の脱炭素の流れに逆行する動きをどうやって止めるのかが、大きな経営課題となっている。インドネシアで大型火力発電所「タンジュン・ジャティB」の5・6号基を建設中だ。「2040年代後半には石炭火力から撤退する」と中期経営計画では明らかにしているが、「タンジュン・ジャティBの1~6号基だけで年間200億円程度の利益貢献がある」(外資系証券会社の商社担当のアナリスト)と試算されている。この穴を何で埋めるのかである。
「24年3月期に連結純利益3000億円以上」という高いハードルを掲げている。実現すれば過去最高益になるが前途は平坦ではない。しかも、21年3月期決算では一過性の損益を除いた純利益の“真水”の部分で丸紅に抜かれた。これを好感して丸紅株は上昇したから皮肉である。
住商と丸紅の時価総額の差は21年年初に5000億円あったが、およそ半分の水準にまで縮小した。22年3月期の最終利益は両社とも2300億円の見込み。激しいつばぜり合いが予想される。
伊藤忠、3カ年計画で6000億円の最終利益を目指す
伊藤忠は連結における好決算の余勢を駆って、24年3月期までの中期3カ年計画を発表した。それによると期中に6000億円の最終利益を達成し、年間配当は1株100円を目標にする。年間配当は22年3月期が同94円の予定で、「業績を上方修正すればさらに増配する」方針。21年同期は同88円だった。
岡藤会長は異例の長期政権となっているが、「首位の地位を不動にするまでトップとして君臨する」(岡藤氏の周辺)と考えているようだ。カリスマ経営者の引き際は「最終利益6000億円を余裕を残して達成できるかどうかにかかっている」(同)。
確かに連結決算レベルでは利益が着実に増えている。22年3月期の利益予想5500億円はアナリスト10人のコンセンサスの平均(5163億円)を上回っている。株式市場の期待に応えており、株価は上場来の最高値(3656円、4月1日)をつけている。永遠のライバルの三菱商事は“ポスト垣内”を誰にするかが重要になる。三菱グループの主要企業が軒並み斜陽といわれるなか、三菱商事がいち早く回復軌道に戻れるのかどうか。まさにトップの人選にかかっている。
(文=編集部)