昨年4月の中旬以降、日本経済は中国経済の回復などに支えられて緩やかに持ち直してきた。その要因の一つとして、中国企業が工場の自動化=ファクトリー・オートメーション(FA)の推進のために設備投資を行ったことは大きい。その需要を取り込んで日本の制御機器および産業用ロボット大手、安川電機の業績は回復し、4月上旬まで株価は上昇基調で推移した。
ただ、4月半ば以降は上値が重い。その背景には、中国の生産活動の鈍化リスクがある。世界的な半導体不足の影響も軽視できない。2023年に米国で利上げが実施される可能性が浮上したこともあり、安川電機の目先の事業運営に懸念を持つ投資家は増えつつあるようだ。
重要なことは、2050年までの長期的な世界経済の展開を考えた際、各国の脱炭素への取り組み強化によって、浮き沈みを伴いつつもFA関連の設備投資が増加する可能性があることだ。特に、より効率的な再生可能エネルギーの利用や生産設備の運営を支える技術の重要性は一段と高まる。そうした展開を念頭に、安川電機は新しい技術開発に注力すべき局面を迎えている。
中国のFA需要を取り込んで成長する安川電機
リーマンショック後、中国における工場の自動化関連の設備投資は、安川電機の業績に大きく影響した。特に、2015年に中国共産党政権が「中国製造2025」を発表し、半導体や産業用ロボットなどIT先端分野で世界トップの競争力の発揮を目指した。それは、安川電機の強み(コア・コンピタンス)である、高精度の制御技術への需要を高めた。その結果、同社の成長期待が高まり、株価は上昇した。
2014年度、安川電機の中国向けの売り上げは全体の21%だった。2020年度に中国向けの売り上げは全体の25%まで拡大している。現時点で安川電機の機器の動作を制御する技術は世界的にみて高く、多くの投資家が同社は中国などの設備投資動向を機敏に反映する銘柄として注目している。
2020年4月以降、世界的にコロナウイルスの感染が拡大する中、中国経済は主要国の中でもいち早く回復局面に移行した。それを支えた要因として、徹底した感染対策や共産党政権によるインフラ投資など景気刺激策の実施がある。インフラ投資に関して中国では5G通信網やデータセンター、さらには高度道路交通システム(IT先端技術を駆使して交通渋滞の緩和や安全運転をサポートする次世代の道路運行システム)などデジタル社会の実現を目指した案件が増えた。そうした先端分野での効率的な機器製造を支えるために中国でFA関連機器への需要が高まった。また、世界的な半導体需要の高まりやマスク生産の増加なども、日本企業が生産する工作機械などへの需要の回復と増加を支えた。
重要なことは、安川電機が機器の動きを正確に制御するサーボモータや、適切なモーターの回転をコントロールするインバータ、効率的な生産活動を支える産業用ロボットなどの技術を磨き、中国をはじめとする世界経済のデジタル化に対応したことだ。それに加えて、同社は出張費の抑制などによって経費を抑え、2020年度の業績は営業利益ベースで増益を実現し、4月上旬まで株価は堅調に推移した。しかし、4月半ば以降、安川電機の株価の上値は重い。
目先の事業環境を慎重に考え始めた主要投資家
その要因の一つに中国での設備投資の鈍化懸念がある。4月以降、中国の工業生産の前年同月比の増加率は鈍化した。今後、IT先端分野や人権問題で米国は中国の国有・国営企業などへの制裁などを強化する可能性がある。そうした展開を見込んで、中国企業が前倒し気味に設備投資を進めた可能性は軽視できない。4月以降の中国の生産活動の鈍化は、その反動に見える。
次に、世界経済全体で供給のボトルネックが発生している。世界的な半導体の不足は2023年頃まで続く可能性がある。感染の影響によって港湾施設など物流も停滞気味だ。いずれも、安川電機の生産活動にはマイナスだ。
ボトルネックの解消には時間がかかる可能性がある。その展開が鮮明となれば、世界的に設備投資に慎重になる企業は増えるだろう。そうした見方を持つ投資家が増え、安川電機をはじめ国内FA関連銘柄の上値が抑えられた。その一方で、世界全体で脱炭素への取り組みが加速し始めている。それに関する投資家の見解は様々だ。
日本は、2030年までの温室効果ガスの46%削減(2013年度比)と、2050年のカーボンニュートラル実現を目指す。重要なことは時間軸を分けてその影響を考えることだ。2030年までの温室効果ガス削減に関して、日本企業は今ある技術の改良などによって対応しなければならないだろう。それは、企業のコスト増加要因となる可能性がある。中国のFA関連機器の需要が落ち込む中で安川電機のコストが増加し、短期的に成長性が鈍化すると警戒する投資家もいるようだ。
ただし、2050年までの時間軸を考えると、事情は大きく異なる。目標達成までの時間的な猶予が大きく違う。安川電機の技術力をもってすれば、目先のコスト負担に対応しつつ、中長期の視点でより効率的な生産活動や再生可能エネルギーの利用増加を支える技術を創出することは可能だろう。本質的に重要なことは2050年のカーボンニュートラルが、日本企業により多くのビジネスチャンスをもたらす可能性だ。
長期の展開を念頭に安川電機に求められる新しい技術の創出
2050年、あるいはそれ以前に日本などでカーボンニュートラルが実現すれば、社会と経済は劇的に変わる。例えば、洋上に大型の風車がより多く設置され、再生可能エネルギーを用いた電力供給が増えるだろう。そうした変化によって、風力や太陽光などを用いた発電の効率性向上を可能にする機器や、温室効果ガスの排出削減とより効率的な生産活動を可能にするインバータやロボットへの需要が高まるだろう。
つまり、目先は中国のFA関連需要の鈍化などがあったとしても、中長期的に世界全体でのFAやIoTへの投資は増加傾向で推移する可能性が高い。各国の企業が脱炭素に対応しつつ、さらに効率的な生産を目指して、新しい制御技術などを求めるだろう。生産年齢人口の減少に直面する中国企業は、そうした技術をより重視する可能性がある。
安川電機など日本企業に求められることは、短期的な需要の鈍化などに対応しつつ、2050年のカーボンニュートラルの実現を念頭に、今から新しい技術開発に取り組むことだ。安川電機はそのための取り組みを進めているようだ。
4月に安川電機は中期経営計画を見直し、最終年度を1年延長した。そのポイントは、事業運営の効率性を一段と高め、新しい技術開発に経営資源をより積極的に再配分する体制を整備することと考えられる。具体的には、より効率的な電力消費を可能にするインバータや、風力発電用の発電機や太陽光発電用パワーコンディショナ関連の新しい技術を開発する体制の整備と強化が想定される。
別の見方をすれば、安川電機は、2050年までの長期の成長戦略を検討し、それに向けた取り組みを進めつつあるようだ。経営陣が長期の成長目標を明確に定めて組織全体が取り組むべき方向を示すことは、個々人の集中力発揮に無視できない影響を与える。それは同社が、新しいFA関連機器やシステムを創出して世界のFA需要を取り込み、長期の視点で成長を目指すために欠かせない。口で言うほど容易なことではないが、一貫した姿勢で脱炭素関連の技術開発を進める企業の増加が、日本経済の安定と成長に無視できない影響を与えるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)