ゾゾタウン、成長鈍化が鮮明…ゾゾスーツ1千万着配布は無謀だが最強の顧客囲い込み策
本連載前回記事では、7月31日に発表されたスタートトゥデイの本年度第1四半期(4-6月)の業績を概観して、その主要事業であるZOZOTOWNが成長曲線的に「成熟期」に差し掛かってきたのではないかという分析を行った。
本稿では、それを超えて同社のさらなる成長余地はどこにあるのか、「マーケティングの4P」セオリーから分析してみたい。
成熟期に入ったのか、短期的調整なのか
さて、ファッションECサイトとしてガリバーとなったZOZOTOWNをプロダクト・ライフサイクル(PLC)曲線で考えてみたい。
前澤友作社長がスタートトゥデイを法人化したのが1998年。2007年に東証マザースに上場するまでを「導入期」だとすると、それ以降が「成長期」に入ったと見ることができる。問題は、成長が停滞してくる、あるいは減速が顕著となる「成熟期」にZOZOTOWNがいつ入るのか、あるいはすでに入ったのかということだろう。ここではPLCの対象として個々の商品ではなく、大きなサービス単位としてのZOZOTOWNを眺めてみたい。
主要KPIである「商品取扱高」をみると、ZOZOTOWNの成長が加速していたのは16年3月期から18年3月のことだったように見える。この3期の年間成長率はそれぞれ24%、33%、28%と顕著なものだった。それが18年3月期第4四半期で対前年同期比で15%、19年3月期第1四半期では18%となった。ZOZOTOWNという従来型分野での成長は鈍化し始めたのかもしれない。
さらにそう思わせるいくつかの指標がある。
ひとつは「年間購入者数」の推移だ。18年6月末現在でのそれは739万人にも達しているが、この後どこまで伸び続けるのか。19年3月期第1四半期末のその人数は、1年前に比べると10%の伸びだ。今の時代に二桁成長は大したものとみることもできるが、同数値の過去の成長は年率3割、4割、5割という印象が強い。「700万人も顧客がいる」とも表現できるが、「顧客が700万にもなってしまった」とみることもできる。
739万人のうち女性の購入者は500万人強いる。ZOZOTOWNのロイヤル・カスタマー(主要顧客)である20~30代の女性顧客数を400万人ほどと推定しよう。同世代の女性の人口総数は1345.6万人である(2017年12月時点、総務省統計)。ZOZOTOWNはこのセグメントの30%ほどを顧客化したと見ることができるだろう。
さらに最重要顧客層である、「既存アクティブ会員(会員登録から1年以上経過して、過去1年に購買があったユーザー)」の年間購入は右肩上がりできていたが、購入点数、購入金額とも18年3月期第2四半期でピークを迎え、今回の19年3月期第1四半期はピークに比べ購入金額で7.3%減っている。
購入顧客の伸びと購入金額は共に減り始めている、少なくとも短期的には。しかし、その前の段階があまりに急成長だったので、これが短期的な成長調整なのか、あるいはPLCの成熟期、すなわち横ばい期に入ったのか。
さらなる成長への次なる一手はなんだ
四半期ベースで2期(6カ月)の減速状態を同社では「巡航運転速度」と表現していた。この状況を脱してさらなる成長の高みに上っていくためには、同社にはどのような戦略があり得るのだろうか。
マーケティングの4Pで考えてみると方向性が見えてくるかもしれない。
・Product(商品)
女性ものファッションの品揃え強化では傾注するような施策はないだろう。なぜなら、多くのブランドがZOZOTOWNへ出店を希望してくると予想されるからである。
昨年から同社が取り組み始めたプライベート・ブランド、男性用ビジネススーツなどの施策は、この分野の対応策として正しい。あるいは、ZOZOTOWNではない、別サイトとしてまったく別のカテゴリーのサービス群であるモール型サイトを立ち上げるのも、経営資源の即使用ということで戦略的には選択肢としてある。
また、まだ方向を打ち出しただけだが、「広告」は大きな収入源となる可能性がある。すなわち、730万人ユーザーと、ファッションに関心のある消費者が覗きに来るサイトとして、広告媒体価値はとても高い。利益としては大きな柱になりうる。
・Price(値付け)
出店者の商品の価格にはプラットフォーム・サイトとしては立ち入れない。ZOZOTOWNとして手を付けられるのは出店手数料のほうだ。しかし、これを下げても、あるいは上げても出店希望者の増減には影響は少ないと見る。成長ではなく、利益対策的な分野となる。
・Promotion(販売促進策)
ZOZOTOWNはサイトとして先行しているだけでなく、画面の見せ方や、コーディネーションによる提案、付け払いの導入など、創意に富む術策に長けている。この分野で引き続き消費者を引きつけるプログラムを展開していくのではないか。ゾゾスーツはそれらの術策のなかでも、特筆されるべきもので大いに注目している。
ゾゾスーツ、大きな可能性
ゾゾスーツとは、それを着ると自動的に全身採寸できるというスタートトゥディ独自のもので、昨年発表され同社ではプライベート・ブランド、すなわちオーダースーツへの導入ギミックとして無料で配布している。現在までに110万着以上を配布したとしている。同社によれば「今後1年間の間に600万から1000万着の配布を実現したい」(同社広報部)とのことだ。直近の年間購買者数が739万人だったことを考えれば、これはとても意欲的な数字だ。同社としてはこれを実現するために、「無料なのだが発注を待つだけでなく、ほかの購入商品にどんどん同梱したり、外部とのコラボにより配りまくりたい」(同)ともしている。
7月31日発表資料では、ゾゾスーツ大量配布などに11.6億円を使用したとある。だとすれば、この画期的なゾゾスーツの1着当たりのコストはわずか1000円くらいとなる勘定だ。739万人の全ユーザーに送付したとして総制作コストは74億円くらい。18年3月期の年間営業利益が327億円の同社にとっては不可能ではない。アントレプレナーである前澤社長にはその覚悟があるのだろう。
しかし、問題は700万着を送付したとして、どれだけの顧客がオーダー・スーツを作るのだろうか、ということだ。ビジネス・スーツの受注件数は7月30日現在、のべ2万2459セットだという(7月31日発表資料)。これらがすべてゾゾスーツの計測から開拓された顧客だとして、配られたゾゾスーツは110万着に上っている。実オーダーに結びついた数字との乖離はとても大きい。
・Production (製造)
マーケティングの4Pには入っていない5つ目のPの経営要素を見ておく。まず、ゾゾスーツによるオーダー・スーツの受注方式は、ファッション業界では画期的だ。ビジネスモデルとしてデル・コンピュータの初期参入と同じである。つまり、ネットでオーダーを取ってから組み立てる(製造する)。個別生産であり、在庫を持つ必要がない。そのため、利益率は大きく伸張する、というモデルだ。そしてこの方式で大量受注を目指しているところに、従来のファッション・ビジネスにはないビジネスモデル・イノベーションがある。
一方ファーストリティリングの柳井正会長兼社長は、何回かゾゾスーツのことを「あれはおもちゃだ」(2017年12月付日本経済新聞、18年7月付同紙より)としている。そして、「ZOZOTOWNは製造の経験がない」とも指摘していた。
確かに、スタートトゥディは流通会社であり、自社の製造施設を持っていない。現状、オーダー・スーツの製造はすべて外部委託となっているはずだ。そうすると、受注量が増えていくにつれ、製造委託先を増強していかなければならない。柳井氏が長年かけて育て上げてきたSPA(製造小売)の世界に入っていかなければならない。しかも、すべて個別単品製造となる。これは前澤社長にとっての大きな挑戦となるだろう。
しかしゾゾスーツには画期的なテクノロジーが採用されている。これをさらにマーケティング的に活用しない手はない。オーダー・スーツの発注だけでなく、ZOZOTOWNで扱っているすべての商品に対する、顧客それぞれの綿密な体型計測ツールとして活用する道を探せるのではないか。
つまり、一度自分の体型をゾゾスーツで計測しておけば、その後はZOZOTOWN内のどんな商品を選んでみても、自分の体型との乖離、たとえば「この商品は右腕部分が3cm余分に長い」といった表示をさせるなどの機能、あるいは複数のブランドや商品のなかから自分の体型に一番近いものを自動的に選別してくれるというような活用方法だ。
もし700万人もの計測データが登録されることになったら、AI(人工知能)を駆使してZOZOTOWN独自のサイズ規格を提唱することもできよう。そして、それが新しい業界標準となり、恐ろしいまでの顧客囲い込みツールにまで発展する可能性を秘めている。
海外展開をどうする
・Place (場所)
最後に「Place」。流通経路のことを指すことが多いのだが、ここではあえて「地域」ととらえたい。前澤社長は7月3日、72カ国・地域でゾゾスーツを1年間で10万着無料配布したいと発表した。すばらしい志なのだが、配布した後のビジネスはどう展開するのだろうか。
それぞれの国・地域の潜在顧客は興味を持ったはいいが、それをどのように購買行動に移すことができるのだろう。サイトの言語の問題もあるし、サイトだけを外国語表示にできたとしても、日本から発送するようなことでは現実的ではないだろう。そして、ファッション・ビジネスとしての規模を追うとしたら、やはり各国での地場展開が必要となるだろう。スタートトゥディは国際化への準備はできているのだろうか。
また、ファッションは極めて文化的なもの、すなわち各国の特性の強いものだから、地場のファッション・トレンドをわかっている者が事業展開したほうがいい。このように考えると、ゾゾスーツを配る72カ国・地域での同時発進など、無謀だということになる。国や地域に優先順位をつけるか、パートナーを見つけることができるところを優先するか。ファッション・ビジネスであるZOZOTOWNをITビジネスとして見ると、SNS分野でアジアに強いLINEなどの先行企業の進出先を追っていく、という手もあるだろう。
前澤氏は素晴らしいアントレプレナーだ。近年、プロ野球の買収意欲を示したことや、女優との交際のことなど、ビジネス以外でも話題の経営者だが、日本にもこのようなきらびやかで実績を示すスター経営者がいてもいい。ぜひ素晴らしい「次の一手」を指して、私たちをさらに“うっとり”とさせてほしい。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)