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千葉哲幸「フードサービス最前線」

コロナ禍で債務超過から逆転劇…ダイナック、居酒屋から「ニューノーマルな酒場」に業態転換

文=千葉哲幸/フードサービスジャーナリスト
コロナ禍で債務超過から逆転劇…ダイナック、居酒屋から「ニューノーマルな酒場」に業態転換の画像1
ダイナック代表取締役の田中政明氏

 アルコールを提供する企業では、このコロナ禍で大きな方向転換を迫られた。今回の話は、オフィス街のビジネスパーソンの宴会を得意としてきた外食企業が、コロナ禍で顧客のほとんどがリモート勤務となったために、「脱・宴会」を決断して新業態を開発したというものだ。

 ダイナックは、サントリーホールディングス(HD)の連結子会社で外食事業を展開するダイナックホールディングス(HD)の事業会社であったが、ダイナックHDはコロナ禍で業績を悪化させ、2020年12月期売上高196億9600万円(前期比47.0%減)、最終赤字89億6900万円、48億6900万円の債務超過となった。そこでサントリーHDではTOB(株式公開買い付け)を行い、ダイナックHDは上場廃止となり、この6月からサントリーHDの完全子会社となった

コロナ禍でオフィス街の宴会がなくなる

 ダイナックの顧客はオフィス街のビジネスパーソンで、比較的年齢層が高く、宴会売上が多く、客単価は4500~5000円となっていた。同社の売上の40%はこれらの宴会が占めていた。このような需要に対応して、同社では東京駅周辺、新宿駅周辺、そして大阪・梅田駅周辺にそれぞれ約30店舗を構えていて、同社のビジネスモデルをいかんなく発揮していたが、コロナ禍で方針転換を迫られた。

 同社ではこれまで170店舗を展開していて、筋肉質の体質づくりを進めていたところ、それがコロナ禍で一気に加速して130店舗に絞り込まれた。

 そこで、同社の新しい方向性を示す新業態の開発を行うことになった。同社代表の田中政明氏は、この間の経営判断をこのように語る。

「コロナ禍が終わっても宴会需要の半分ぐらいは戻ってこないと考えるべきだと。そして、当社主流の店舗規模である80坪をリニューアルする時に、1業態のリニューアルで済ませるのではなく、2業態の合わせ技を行うという必要も出てくるのではと考えました」

 そこで新業態を実践することになったのは、東京・神田の旧「咲くら」である。この店が対象となったのは、宴会比率が約50%と同社のなかでも最も高かったからである。業態開発を担ったのは、ダイナックの業態開発部とサントリー酒類の営業推進本部グルメ開発部の2つで、これらが共同で進めた。

提案された「ニューノーマルな酒場」とは?

 キックオフは昨年の9月であった。ダイナックがサントリー酒類から提案されたことは、まず「ニューノーマルな酒場」をコンセプトとした「酒場 ダルマ」。そして「感動ボブン」。ベトナムに「ブンボー」という食事があり(ブンは麺、ボーは牛のこと)、これがフランスに渡り「ボブン」というB級グルメとして定着するようになり、ヘルシーなアジア料理として人気となっている。

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オープンキッチンを囲んでカウンター席を配している。

「ニューノーマルな酒場」というコンセプトについて、当初ダイナックではそのイメージをつかみかねていたという。同社がこれまで築き上げてきたオフィス街、ビジネスパーソン、宴会といったビジネスモデルからかけ離れていたからだ。一方、ボブンに関してテーマとなる東南アジアは女性に人気で、商品が完成されていることから、ダイナックサイドでは「これはいけるな」という手応えがあったということで即採用された。

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両店ともJR神田駅近くの地下にある。「酒場ダルマ」は看板からして昭和レトロの雰囲気をつくっている。

 果たして「ニューノーマルな酒場」とはどのようなものか。サントリー酒類のグルメ開発部担当者はこのように解説する。

「テレワークをはじめ生活様式も以前とはまったく変わってきているなかで、さまざまな人がそれぞれのライフスタイルで食事をしていただくというイメージです。これまでランチは食事、ディナーはお酒という形で分かれていましたが、今回の2つの業態は共に昼飲みができるし、夜食事もできるという飲食空間」

 そして、フードやドリンクの試作を重ねていくうちに、ダイナックサイドでもこのコンセプトがイメージできるようになっていった。田中代表はこう語る。

「『酒場 ダルマ』がオープンに向かっている様子を見て感じたことは、『お客様の使い勝手に対応する』ということをひたすら考えているということでした。フードメニューは、どのようなお客様にとってもみな“つまみ”になり、ご飯も食べることができます。また、すべて個食対応になっています。お一人様に対して全時間帯で自分の好みの楽しみ方をしてください、と語りかけています」

ドリンクメニューで際立つ新しい提案

 筆者はオープン日前日の6月21日の記者発表と、その2日後の23日に訪ねて同店を体験した。まず、ドリンクの特徴が圧倒的だった。大衆酒場の飲み物の定番はホッピーで、日本酒の品揃えが豊富になっている――筆者にはこのような固定観念があるが、「酒場 ダルマ」にはホッピーがない。日本酒は1銘柄のみだ。しかしながら、ウイスキーのバラエティが豊富で新しい提案にあふれている。

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「氷柱角ハイボール」1杯目(氷柱入り500円)、2杯目300円、3杯目以降200円。

 同店が一番に推しているのは「ハイボール」。ここでの新しい提案とは、グラスの中に「氷柱」を入れていること。グラスいっぱいに純氷の柱(3cm×3cm×10cmらいの大きさ)が入れてあり、グラスからハイボールがなくなったら、ハイボールをつぎ足すというものだ。普通の「氷柱角ハイボール」1杯目(氷柱入り)は500円(税込、以下同)、おかわり2杯目300円、おかわり3杯目以降は200円となる。「氷柱濃いめ角ハイボール」というものもあり、同じ仕組みで1杯目590円、2杯目390円、3杯目以降290円となっている。この氷柱は1時間以上経過しても溶けないとのこと。

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「知多 お湯割り」690円。グレーンウイスキーのほのかな甘みが特徴。

 筆者が最も感動したのは「知多 お湯割り」690円というものだ。ウイスキーのお湯割りとはイメージをつかみかねていたが、これは日本酒の熱燗同様の熱さで、ほのかに甘味があった。思わず「旨い」と声が出た。これは「知多」というグレーンウイスキーの持ち味なのだという。このほか、サントリーオールド(通称、ダルマ)の水割りの前割りがある。とてもマイルドな飲み口だった。

お一人様の「フリー」を尊重したメニュー構成

「そういえば、サントリーはウイスキーが得意の会社」と気付いたのだが、ウイスキーを知り尽くした会社だからこその、ウイスキーの飲み方の提案なのであろう。同店がホッピーを入れていては、サントリーグループが大衆酒場に参入する意味はないということであろう。

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「トラフグてっさ」490円。「とらふぐの唐揚げ」も同じ価格でキラー商品となっている。

 フードメニューは定食も含めて70品目強で、「大衆酒場」の定番が押さえられている。「食べたい食事がなんでも揃っている」という感じだ。なかでも「とらふぐ」がキラーコンテンツになっている。切り身が10枚盛り付けられた「トラフグてっさ」490円は、注文するとすぐに持ってくる。「とらふぐの唐揚げ」490円は肉厚で食べ応えがある。刺身が新鮮なのが感動的であった。

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「豚の生姜焼き定食」990円。全時間帯で食事ができる。

 筆者は、氷柱ハイボール4杯、とらふぐの唐揚げ、刺身三種盛り、オイルサーディンでほぼ3000円であった。安心感のあるお勘定であった。

 同店のBGMは洋酒に合う選曲がなされているが、QRコードを読み取ると、メニューを注文するページの下の方に自分でBGMを選曲できるようになっている。店のデザインは飽きのこない普遍的な酒場のつくりで、飲み物の提案、メニューの内容、店の使い勝手はとても深く考えられている。顧客の「フリー」な状態が十二分に尊重されている。これこそが「ニューノーマルな酒場」の真骨頂というものだろう。

テイクアウト、デリバリー、キッチンカーにも広がる

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東南アジアの大衆的なレストランをイメージした「感動ボブン」の店内。

 さて、もう一つの新業態である「感動ボブン」は、ダイナックサイドで即採用したと前述した通り、すぐに展開をしていくことが課題とされている。商品のボブンがこのリアル店舗で披露される前に同社のセントラルキッチン(東京都千代田区神田錦町二丁目)でデリバリーを行っているが、月商100万円で推移しており、ゴーストレストランやバーチャルレストランとしての手応えを得ている。

 また、都心の小型物件や住宅街寄りの店舗、さらにテイクアウトやキッチンカーの商品としてのポテンシャルが高い。これらもコロナ禍以前の同社にはなかった領域である。

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「感動ボブン」のメイン商品「感動ボブン」990円。たっぷりの具材の下に米麺があり、すべてかき混ぜて食べる。

 想定する客単価は「酒場ダルマ」が2780円(税別、以下同)、「感動ボブン」が2200円。これまで同社の主流だった4500円~5000円よりも低いが営業時間は長く、多様な売り方を切り拓いていく。

 同社の「脱・宴会」という方向転換はコロナ禍で強いられたパラダイムシフトと呼べるものだが、代表の田中氏をはじめこのプロジェクトに参画した人々の話を聞き、そして自分で一消費者としてこれらの店を体験してみると、「脱・宴会」からの新しい企業文化の息吹が感じられた。

(文=千葉哲幸/フードサービスジャーナリスト)

千葉哲幸/フードサービスジャーナリスト

千葉哲幸/フードサービスジャーナリスト

フードサービス業界の経営専門誌である『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)とライバル誌両方の編集長を歴任。2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しく、最新の動向もリポートする。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)。

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