ナイキ・ダンク「The 50」“見事な販売手法”を分析…アパレル販売の新常識&生き残り策
ここ数年、スニーカーマニアの間だけで人気があった限定スニーカーの再販価格が急騰している。“テンバイヤー”と呼ばれる値上がりを見込んで転売で利益をあげるために購入する人が急増。再販価格の高騰を受け、投資対象としての限定スニーカーに熱い視線が集中している。ネット上ではブランドスニーカーの投資塾や転売方法の講座まで開設されている。その現状も興味深いが、再販市場の解説は別の機会にお届けしたい。
今回は、ルイ・ヴィトンのメンズクリエィティブディレクターも兼ねるヴァージル・アブロー率いるラグジュアリーストリートブランドの雄「Off-White(オフホワイト)」とナイキのコラボ商品を取り上げる。1985年にナイキの急成長の原点となった大ヒット商品「NIKE DUNK LOW(ナイキダンクロウ)」とのコラボレーション商品の販売方法が非常に興味深いからだ。
従来から人気限定商品の発売日には、店頭に長い行列が生まれてきたが、昨年からのコロナ禍で行列や店内での「密」を避けなければならなくなった。今回のナイキの限定商品販売手法を通じて、これからのファッション販売方法を検証してみたい。
1. ナイキダンク誕生から「THE 50」まで
簡単にナイキダンクの歴史を振り返りたい。ダンクとは、米国内でまだ無名であったナイキが85年、NCAA(全米大学体育協会)のバスケットボールトーナメントの名門校へ提供した、スクールカラーを採用したオリジナル商品名である。ホワイト一色だった当時のバスケットボールシューズに色彩のバリエーションを加え商品化。発売が開始されるや一躍大人気商品となった。これがナイキダンクの伝説の始まりである。“LOW”と“HIGH”は、シューズのローカットとハイカットの違いである。
ナイキの売れ筋商品としては、「AIR MAX(エア マックス)」が人気を集め、その後「AIR JORDAN(エア ジョーダン)」「AIR FORCE(エア フォース)」、そして最強の「Dunk(ダンク)」と復刻販売を繰り返しながら成長してきた。ダンクに関しては、2000年代初めに人気はいったん落ち着きをみせたが、01年、日本のスニーカー専門店アトモスの別注商品である人気サーフブランド「STUSSY(ステューシー)」とのコラボ商品が発売され、02年には厚タンと呼ばれる「Nike SB Dunk Low(ナイキSB ダンクロー))のスケートボードモデルが登場。次々と話題の商品が続いた。
20年には発売35周年を迎え、ますます多様な商品展開をみせている。日本のコム・デ・ギャルソンや人気ラッパーとのコラボ商品。そのひとつが17年に発表された「Off-White×NIKE The 10」であった。過去、ヴァージル・アブローはナイキとのコラボ商品をすべて超人気商品に押し上げた実績を持つ。従来のデザイナーとは違ったアフリカ系アメリカ人特有の新鮮なクリエーションは絶大であった。ナイキファンのみならずスニーカーファンにとっては、常に垂涎の的であり続ける。
そして、この人気コラボ商品の連続企画として「The 20」の発売が21年秋に予定されているという情報が流れていた。21年春には「The 20」から突然「The 50」へとコレクション数の広がりを見せ、一部のカラーバリエーションの画像が公開され始めた。従来のように発売日を発表するのではなく、開発の段階から情報発信がネット上で段階的に行われ、最後に抽選発売のみと告知された。
2.「The 50」の販売方法
以前から人気商品の抽選発売は行われてきたが、今回の発売方法は一段と進化している。では、今年1月から時系列にウェブ上での情報リリースをまとめてみよう。
昨年末から「The 20」として話題になり、リリーサーとかリークアカウントと呼ばれる「zSneakerHeadz」や「PY_RATES」によりSNSを通じて情報が拡散された。ときにはヴァージル・アブロー自身がTwitterでつぶやく。公式発表された販売方法は、自社スニーカーアプリ「SNKRS」での「Exclusive Access(限定アクセス)」。ナイキからインビテーション(招待状)を受け取ったユーザーだけが購入権を得ることができるシステム。まずはナイキのメンバーに登録しライブセッションへ参加するなど、エンゲージメントの高い顧客が中心となる。
また、一デバイスにつき一アカウントとされ、ひとつのデバイスで複数のアカウントを設定した場合はアクセスがブロックされる可能性もあるという。転売目的購入への対策である。インビテーションが届いても確実に購入できるわけではなく、アクセスの利用時間は限られており、購入のチャンスを逃す場合もあり得る。まさに限定感溢れる販売方法である。
3.まとめ
従来のアパレル店舗では「坪当たり売上額」が重視されてきたが、今後は「坪当たりの体験内容」が重要になってくるといわれるなか、今回のナイキの販売方法は「ときめく購入体験」を顧客に与える。そして特定の個人の大量購入を防ぎ、より多くのファンに直接商品を届ける。B to B主体のファッション流通が、確実にB to Cに流れている。
ナイキの生産量は、一説ではひと型当たり各5000足といわれている。グローバルに考えれば、希少性も担保した数量である。あくまで筆者の推測だが、販売価格が180ドルであるから、4500万ドル(約50億円)相当が自社サイトで販売されることになった。
企業がSNSを駆使して顧客とコミュニケーションを行い、デザイナーのつぶやきが直接聞こえる時代となった。スニーカーも多品種ゆえに同じブランド内でも販売実績の両極化が進んでいる。企画、情報発信、コミュニケーション、販売場所、価格などの総合力が求められ、顧客のLTV(ライフタイムバリュー)が再構築されている。企業規模、販売商品、販売チャンネルによらず、今回の「The 50」の販売方法が示唆するものから学ぶべき点は少なくない。
(文=たかぎこういち/タカギ&アソシエイツ代表、東京モード学園講師)