2017年夏に一般発売された「ナイキ厚底シューズ」が、世界のマラソンを席巻している。メジャー大会の表彰台を次々に占拠すると、18年9月のベルリンではエリウド・キプチョゲ(ケニア)が従来の記録を1分18秒も短縮する2時間1分39秒の世界記録を樹立。昨年10月のシカゴでも、ブリジット・コスゲイ(ケニア)が女子世界記録を一気に1分21秒も塗り替える2時間14分4秒をマークしている。
今年3月の東京マラソンでは、男子完走者107人中94人(87.8%)がナイキ厚底シューズを着用。その圧倒的なパワーに気づいた選手たちが、続々と他メーカーからナイキに履き替えている。
“衝撃の速さ”もあり、今年1月末に世界陸連から「シューズに関するルール改定」が発表された。4月30日以降は「靴底の厚さは40mmまで」に制限された。新たなレギュレーションのなか、各メーカーは新モデルを模索。そのなかで王者を脅かすシューズが登場した。
アディダスの”新厚底シューズ”「アディゼロ アディオス PRO」だ。同モデルを着用したペレス・ジェプチルチル(ケニア)が、9月5日のプラハ・ハーフマラソンで女子単独レース世界記録となる1時間5分34秒をマーク。10月17日の世界ハーフマラソン選手権でもジェプチルチルが、同世界記録を更新する1時間5分16秒で制している。
男子もアディゼロ アディオス PROを履くキビウォット・カンディエ(ケニア)が世界ハーフマラソン選手権で2位に入ると、12月6日のバレンシアハーフマラソンで57分32秒の世界記録を樹立。同レースでは世界ハーフ王者でナイキを着用するジェーコブ・キプリモ(ウガンダ)に競り勝っているのだ。
これは”ナイキ一強時代”に風穴を開けたと言ってもいいだろう。ナイキ厚底シューズの大成功で、各メーカーは同モデルを研究。最近はカーボンプレートを搭載した厚底タイプが続々と登場している。しかし、ナイキを打ち負かすところまでは至っていなかった。
ナイキvs.アディダスの情勢
ハーフマラソンといえどもナイキに勝ったアディゼロ アディオス PROは、どんなシューズなのか。
カーボンプレートに厚底というのはナイキと同じだが、カーボンプレートはソール全体を覆うかたちではない。足の中足骨をヒントに調整された5本のカーボンスティックをソールに組み込み、高反発性の独自フォーム素材で挟み込む構造になっている。厚底(ヒール部分 39 mm、前足部 31.5mm)にもかかわらず着地時の安定性があり、爆発的な推進力を得ているようだ。
アディゼロ アディオス PROは重量225g(27cm)で2万7500円(税込)。ナイキ厚底シューズの最新モデルである「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」は重量213g(27cm)で3万3000円(税込)だ。同レベルの威力があるなら、価格が5500円違うのはランナーの購入心理に影響するだろう。
21世紀のマラソンは、アディダスとナイキの戦いが続いている。
男子は03年のベルリンでナイキを履くポール・テルガト(ケニア)が2時間4分55秒をマーク。人類で初めて2時間4分台に突入したが、その後はアディダスを履く選手たちが時計の針を動かすことになる。
ハイレ・ゲブレセラシェ(エチオピア)が07年に2時間4分26秒、08年に2時間3分59秒。11年にパトリック・マカウ(ケニア)が2時間3分38秒、13年にウィルソン・キプサング(ケニア)が2時間3分23秒、14年にデニス・キメット(ケニア)が2時間2分57秒と、世界記録を短縮していったのだ。
しかし現在、キメットの2時間2分57秒は世界歴代5位まで陥落。同歴代4位まではナイキの靴を履いた選手が占めている。
この流れは、国内でも顕著になっている。ナイキ厚底シューズが登場する前の17年箱根駅伝は、出場210人のうちアシックスが67人(31.9%)、ミズノが54人(25.7%)、アディダスが49人(23.3%)、ナイキが36人(17.1%)、ニューバランスが4人(1.9%)だった。
その後、ナイキがシェアを拡大。前回の20年箱根駅伝では出場210人中177人(81.3%)がナイキを着用していた。そのシューズの影響もあり、10区間中7区間(2、3、4、5、6、7、10区)で区間記録が誕生した。
総合優勝に輝いた青山学院大学は、アディダスとユニフォーム契約をしている。19年大会は9人がアディダスを履いていたが、前回は10人全員がナイキを着用。王座を奪還しただけでなく、大会記録も7分近く塗り替えた。
アディダスとしては、まずは青学大勢にアディゼロ アディオス PROを履かせて、王者・ナイキに逆襲を果たしたいところ。アディダスの躍進で”シューズ戦争”がさらに激化しそうだ。
(文=酒井政人/スポーツライター)