ユニクロ「+J」熱狂、なぜ起きた?「若者のファッション興味減退」は業界の“怠慢”だ
11月13日にユニクロは世界的なデザイナー、ジル・サンダー氏とのコラボレーション商品「+J(プラスジェイ)」を9年ぶりに復活させ発売した。発売当日は、各地の店舗で早朝から行列ができ、一部の店舗では混雑状態が予想を大きく超え入場制限がなされ、ネット上で話題となった。
大々的な告知もないのに、ユニクロのネット通販サイトにもアクセスしにくくなり、つながりやすくなった夕刻には人気商品はほぼ完売となっていた。そして同日のメルカリには、沢山の「+J」の商品が2倍以上の価格でアップされていた。
そして月が明け、そのメルカリの出品商品は相場価格となり、転売屋の在庫も順調に減っているように見える。アパレル不況と言われて久しいが、この熱狂は、なぜ生まれたのか。いくつかの原因を探り、アパレル業界活性化のヒントを探ってみたい。
1.「+J」デザイナー、ジル・サンダーの軌跡
ユニクロの販売員でさえ、ジル・サンダーに関しては深く知らない。ただ「有名なデザイナーだ」と理解する程度では非常に残念だ。アパレル業界内では非常に高い評価を得ながらも、商業的には大きな成功は納めていなかった。
ジル・サンダー氏の経歴を少し振り返ってみる。彼女が創業した企業としての「ジル・サンダー」ブランドと、個人としてのジル・サンダーが混同されやすいので、その点も解説する。
ジル・サンダー(JilSander)氏は1943年生まれで、ドイツ・ヴェッセルブレン出身のファッションデザイナーで現在77歳。75年に自身のブランドをミラノでスタートさせ、85年にミラノ・コレクションデビュー。87年に脚光を浴び、そのブランド「ジル・サンダー」が注目を浴びた。選りすぐった最高の素材、引き算によって描かれるシンプルな美しいデザインと高度な職人技の縫製技術が融合し、人気と高評価を獲得した。
1999年、自社の株式75%をプラダに売却し、系列下に入る。しかし、クリエイターにありがちな完璧主義者で妥協のない性格は、経営陣との意見の対立を生み、就退任を繰り返した。企業としてのジル・サンダーは2006年にプラダからイギリスの投資会社が買収。その後、2008年に日本のオンワードホールディングスが買収し、現在はルーシー&ルーク・メイヤー夫妻がクリエイティヴ全般を手掛け、業界では再び高評価を得ている。
ジル・サンダー氏は2004年に自ら創業したジル・サンダー社を辞任。09年、ユニクロはデザイン監修としてジル・サンダー氏の個人コンサルタント企業と契約し「+J」ブランドをパリ旗艦店オープンに合わせてスタートし海外での知名度を一気に上げた。業界では価格と品質に衝撃が走り、ユニクロへの評価は高まった。大好評ながら11年秋冬で一旦同ブランドは終了し、12年にジル・サンダー氏はジル・サンダー社に返り咲くが、14年に結局、辞任し、ファッション業界での活動を休止していた。
17年にはフランクフルトの応用美術博物館(Museum of Applied Art)で回覧展が開催されている。そして今回の20年秋冬の「+J」にて不死鳥はカムバックを果たした。
2.今回の熱狂から見える潜在需要の確信
アパレル業界では「若者たちはファッションに興味を持たない」「需要衰退」といったネガティブ論が幅を利かせて久しいが、これらは業界が自らの責任を回避する自己弁護である。
では、今回の予想を超えた売場の混雑や完売現象は、どう説明したらよいのだろうか。ましてや、同日にメリカルに数倍の売価で再販されて購入者がいる事実。ジル・サンダー氏は認知度は高かったが現役デザイナーではなかった。
今回は、販売者側が意図的に商品供給を絞り価値を高めるエルメスのバッグのような販売手法とも違う。そしてナイキのコラボアイテムほど購入者間での盛り上がりは見られなかった。
では、この事実から何を我々は学ぶべきであろう。マーケティング的な視野から見れば、いくつかのミスマッチが見える。ユニクロ側からみれば「数量」の最適化は、成功ではなかったかもしれない。今回の行列の一因に、口コミの広がりがあげられるのは事実だが、初日完売は供給側の予測と需要が乖離するという嬉しいミスだったのかもしれない。この点は検証されるべきであろう。
そして「価格」の最適化という面では、ユニクロの意図した価格より消費者側の評価がより高かったといえる。メルカリで高値販売品が消化されつつあるのは、その証左である。
昨今は、2次流通と呼ばれる古着市場、限定商品の再販市場が大きく伸長している。特にデニム、スニーカー商品では、新製品の販売価格以上の高価で通用している。ファッションの価値は本当に多様であり、かつ人間の根源的欲求に沿っていて消滅することはない。
3.まとめ
悲観論ばかりが語られるアパレル業界であるが、今回の「+J」の熱狂には活性化のヒントがあるのではないだろうか。
まず、若者たちのファッションへの潜在需要がしっかりとあることが再認識された。価格設定も、ユニクロ価格でなくとも商品に魅力があれば適正な価格で求める消費者が多く存在する、つまり供給側が商品づくりを他人任せにせず、真剣に魅力的な商品を提案すれば需要は生まれることが裏付けられた。
安さだけでない価値が認められること。ファッション商品の素晴らしい付加価値は、なくなっていない。着るだけで高揚する気分をもたらす服は消滅するはずはない。しかし、供給側の怠慢が招いた同質化、低価格競争のための大量発注などからの脱出にこそ可能性があることを、今回の騒動は業界に問題提起してくれたのではないか。
常に新鮮な「価値」を提案し続けてきたのがアパレル業界である。自らの原点に再度、返るべきである。その先には、未来が必ずある。
(文=たかぎこういち/タカギ&アソシエイツ代表、東京モード学園講師)