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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

やはり生ビールは最高!オーケストラの楽員や指揮者もビールでの交流が不可欠

文=篠崎靖男/指揮者
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「Getty Images」より

 各地に出されていた緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置が全面的に解除され、やっと飲食店で生ビールを飲めるようになりました。日本は、酒類の販売の規制が世界でも緩い国のひとつだと思います。国や自治体の指示により、飲食店を閉めざるを得なかった時期でも、24時間営業のコンビニにさえ行けば、ほとんどいつでもアルコール飲料を手に入れることができました。

 長期間にわたる飲食店に対する酒類提供制限が、スーパーやコンビニで扱うアルコール飲料の種類を増やすことにはなりましたが、酒好きにとっては飲食店の生ビールが格別です。しかし、緊急事態宣言が解除されるまでは我慢してきた方が多いことでしょう。会社帰りの男性が、テレビのインタビューに「これで、生ビールを飲める!」答えている姿を見ましたが、僕も早く生ビールを飲みに行きたくなりました。

 生ビールといえば、やはり本場はドイツです。真昼間から大きなビアジョッキで飲んでいるのをみると、やはり人種の違いを感じます。他方、僕が在住していたイギリスも負けてはいません。日本でもはやりのエール・ビールの本場であるイギリスでは、ビール工場から直送の生ビールが出てくる蛇口、ドラフトタワーが10個以上並んだイギリス風居酒屋「パブ」で、それこそ朝から生のエール・ビールを飲んでいる人もたくさんいます。

 そんな生ビール好きのイギリス人ですが、以前の法律では、22時半からはお酒の提供はストップされていました。日本の居酒屋では店員が「ラストオーダーです」と、最後の一杯を勧めてくれますが、イギリスのパブでは終了時間になると店員が店内にぶら下げてある鐘を鳴らし、その後は何を言っても売ってくれません。そして23時に二度目の鐘が鳴れば、これまでの店員の笑顔はうって変わって怖い顔になり、追い出されるのです。今では時間制限は撤廃されていますが、古いローカルのお店では、今もなお変わらず鐘が鳴らされ続けているようです。

 イギリスをはじめとした欧米の国々では、ロックダウン中はレストランやバーがすべて閉められていましたし、もともとスーパーなど平日の夜、土曜の午後、日曜は全日には、酒類の販売ができない店舗はたくさんあります。スーパーは開いていても、時間が過ぎれば、アルコールコーナーには頑丈なカギがかけられてしまいます。ホテルでも、夜遅くにチェックインしようものならば、楽しみにしていた現地の生ビールでなく、部屋の冷蔵庫から一般メーカーの缶ビールを取り出すことになってしまうのです。

 イギリスのビールといえば、最近の日本ではエール・ビールだけでなく、「IPA」が大流行しています。これは「India Pale Ale」の頭文字で、「インドのペール・エール」という意味ですが、大航海時代のイギリスの植民地だったインドでつくっていたわけではなく、イギリスでつくったビールを、アフリカの喜望峰まわりの船で長期間かけてインドに輸送するため、防腐剤の効果があるホップを通常よりも増やしてつくったことによるのです。そのホップがつくり出す強い香りと苦みが、かえって独特な風味としてイギリス人に好まれるようになり、今では遠い日本でも、巣ごもり需要も手伝って大流行となったのです。

 大航海時代のイギリスにとってインドは、ドル箱中のドル箱。イギリスの通貨に合わせると、「ポンド箱」として搾取し尽くしていました。現地の紅茶やスパイスがイギリスに輸入されただけでなく、イギリス人がインドに移り住めば、巨万の富を得ることができる身近な国でもありました。

 そんな背景も手伝い、イギリスにはIPA以外にもインドの名前が付いたものはいくつもあります。たとえば、イギリス名物のカクテル「ジントニック」に使われるトニック・ウォーターも、正式には「Indian Tonic Water」です。こちらはIPAとは違い、インド発祥です。インドで多発していたマラリアの薬としてイギリス駐留軍人に飲ませていた苦い「キニーネ」を、飲みやすくするために炭酸水に混ぜて砂糖を加えたものですが、これが意外に美味しいと人気が出て、その後、イギリスでも広まったのです。

 イギリス人にとって文化や習慣が違うインドは、東洋の不思議で奇妙な国に感じられるようで、秋の肌寒い季節に急に訪れる暑い日を「Indian summer(インドの夏)」といったりするのです。

ワインやウイスキーとは違う、ビールならではの良さ

 ビールに話を戻します。ヨーロッパのオーケストラを指揮する際に、指揮者から「ビール代にどうぞ」とステージマネージャーにチップを贈る習慣があります。「夕食代」や「ワイン代」ではなく、「ビール代」です。ビール代程度ならば、そんなに大きいお金でもないので、渡すほうも受け取るほうも気兼ねがいらないからでしょう。

 先輩指揮者の話によると、そうしなければステージマネージャーの機嫌を損ねてしまい、もう二度とそのオーケストラには呼ばれなくなるということなので、僕もそんなものだと思って続けていますが、これまでに効果があったかどうかはよくわかりません。

 いずれにせよ、朝早くから舞台を設営し、演奏会後、指揮者やオーケストラがバーでビールを一杯飲み始めている頃でも後片付けをしている舞台スタッフに、ビール代だけでもあげたくなります。そこで、舞台スタッフの人数を数えて、多すぎず少なすぎず、ちょうどいい額をボスのステージマネージャーに渡します。とはいえ、本当に一人ひとりに渡っているのかどうか、ちょっと怪しいステージマネージャーもいます。

 日本ではチップなどの現金を渡す習慣はありませんが、身近な相手との交渉事のときに、「一杯おごるから」と言ったりすることがあるのではないでしょうか。時には、大きなプロジェクトを終えた後の仲間との一杯は、最高ではないかと思います。

 我々音楽家もコンサートを終え、カラカラに乾いた喉を我慢した後、仲間と飲む生ビールは最高です。これでコンサートが無事に終わったという気持ちになる瞬間です。ヨーロッパでは、コンサート・ホールの近くには必ず楽員御用達のバーがあり、コンサート後に立ち寄ります。素晴らしいソロを演奏した楽員にビールをおごったり、思いがけず「マエストロ素晴らしいコンサートをありがとう!」と楽員からビールをおごられたり、わいわい騒ぐことができるのも、ビールのおかげです。ワインやウイスキーでは、こうはいきません。

(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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