「プロ経営者」として知られる松本晃氏が、トレーニングジム大手・RIZAPグループの瀬戸健社長の経営手法にダメ出しをした。
RIZAPに“見せかけの高収益”をもたらしたのは、経営が悪化した企業を安値で買い叩き「負ののれん」代を発生させ、それを営業利益に上乗せするという会計マジックの賜(たまもの)だ。
RIZAPが採用している国際会計基準では、買収額が買収先の純資産を下回った場合、その差額を負ののれんとして営業利益に一括計上できる。企業を割高に買収した際に発生するのれんとは真逆となる。営業利益のうち、負ののれんの占める比率は17年3月期で58%、18年3月期は55%を占めた(営業利益135億円のうち、負ののれんは74億円)。
RIZAPはM&A(合併・買収)に積極的な新興企業として知られ、連結子会社は85社もある。うち上場会社は9社。瀬戸氏は半年前まで「毎月10社を資産査定し、1社を買収する」と豪語していた。
だが、その実態は負ののれんで利益を捻り出すヤリクリ決算だった。経営不振企業ばかりを買収すれば、確かに一時的に会計上は利益が出るが、これがなければ赤字に沈む。
反面、リスクは大きい。経営不振企業をピカピカの黒字企業に生まれ変わらせることができなければ、大きなお荷物を背負い込むことになる。そして、現実にそうなった。
瀬戸氏は今年6月、プロ経営者として知られるカルビーの前会長兼CEO(最高経営責任者)の松本氏を、RIZAPのCOO(最高執行責任者)に招いた。現場を回った松本氏は、傘下に収めた企業の経営再建が終わらないうちに次のM&Aを進めることに違和感を持ち、「いったんM&Aを中止して構造改革に取り組むべきだ」と瀬戸氏に説いたという。
松本氏は10月1日付でCOOを外れ、「構造改革担当の代表取締役」という肩書となった。この人事について、「創業者の意向を汲む古参幹部と経営方針を巡り対立し、COOを外された」と、一部メディアは報じた。
しかし、創業者で大株主である瀬戸氏は最終的に、三顧の礼で招いたプロ経営者の進言を受け入れた。11月14日の決算会見で、2人はこう語っている。
瀬戸氏はM&A路線を撤回した理由について 「(不調な子会社の)再生を終えるまではM&Aをやめるべきだ、将来的なリスクは速やかに認識すべきだ、などの意見を頂き、損失を確定すべきだという結論に至った。松本さんに来ていただいたおかげで、私は今回の決断ができた」と述べた。
松本氏は経営陣との対立について、「一部で報道されたが、私と瀬戸さんのなかで対立はない。一方、(瀬戸氏の取り巻きの役員や買収した企業の)経営者との間では対立は存在している。ただし、これは健全な対立。会社には対立は必要であり、対立のない会社はかえってよくない」と、“健全な対立”であることを強調した。
負ののれんを断念して、今期は70億円の最終赤字に転落
瀬戸氏と松本氏は新規のM&Aを凍結し、不採算部門から撤退、収益性を重視していくことで一致した。
この結論に基づき、RIZAPは2019年3月期連結決算(国際会計基準)の業績予想を下方修正した。純損益は従来予想の159億円の黒字から70億円の赤字に、営業損益は230億円の黒字から33億円の赤字に転落する見通し。売上高に相当する売上収益はM&A効果で前年同期比1.7倍の2309億円を見込む。
赤字に転落するのは、負ののれんを使えなくなったからだ。19年3月期に負ののれん代103億円を営業利益に計上することを予定していたが、これを断念した。社内で買収を検討していた20~30社を対象に、具体的に負ののれん代を試算し、計上していた。
不採算事業の整理に伴う損失155億円を計上する。買収したフリーペーパー発行のぱどや、CD・ゲームソフト販売のワンダーコーポレーションなどが損失を計上。4~9月期は85億円の連結最終赤字となった。
RIZAPは今年6月、公募増資で350億円の資金を調達したばかり。これにより自己資本比率は26.5%に高まったが、1株当たり5.73円を見込んでいた期末配当を見送り、年間でも無配とする。「食い逃げ増資」との批判も仕方がないところだ。経営責任を明確にするため、瀬戸氏は1年間役員報酬(金額は非公表)を返上する。その後も、連結営業利益が230億円を超えるまで報酬の返上を続けるという。
今後は、高い収益を上げているトレーニングジムに経営資源を集中し、21年3月期の連結売上収益3000億円、営業利益350億円を目標に掲げる。85社に上る子会社の整理、7000人に膨れたグループ従業員の削減など、痛みを伴う改革はこれから始まる。トレーニングジムのキャッチコピーである「結果にコミット」できるかは定かではない。
グループ9社の株価は軒並み下落
札幌証券取引所の新興市場アンビシャスに上場しているRIZAPグループ株には、11月15日朝から売り注文が殺到し値がつかない状態が続いた。取引終了時に、一部の売買を成立させるルールが適用され、値幅制限の下限(ストップ安)の前日比80円(18%)安の345円で売買が成立した。16日も連続ストップ安(80円安)で、11月19日に一時、248円まで下げた。昨年11月の高値(1545円)から84%の下落である。株価が6分の1になったということだ。
RIZAP傘下の9社は東京証券取引所に上場しているが、これらの株価も軒並み大幅に下落した。15日の終値を、前日比で値下がり率が大きい順に列挙する。
女性用体型補正下着小売りのMRKホールディングス(旧マルコ、東証2部上場)は26%安の155円。年初来安値は同日の151円。なお、11月30日の終値は198円である。
アミューズメント施設運営のSDエンターテイメント(JQ上場)は21%安の555円。年初来安値は11月16日の457円。11月末の終値は511円。
CD・DVD・書籍店のワンダーコーポレーション(JQ上場)は21%安の557円(年初来安値)。実質ベースで11年3月16日以来、7年8カ月ぶりの安値だ。14日に19年3月期の連結最終損益が32億円の赤字になると発表した。従来予想は3億7000万円の黒字だった。RIZAPが主導する業績のテコ入れが難しくなったとの思惑で売りが膨らんだ。11月末の終値は604円。
フリーペーパー制作のぱど(JQ上場)は20%安の255円。年初来安値は11月28日の242円。11月末は264円。
10代~30代の女性向け衣料品のネット販売の夢展望(マザーズ上場)は19%安の401円。16日は一時、400円の年初来安値となった。11月末は413円。
雑貨の企画・卸・小売りのイデアインターナショナル(JQ上場)は16%安の782円。16日は723円(59円安)まで下げ742円(40円安)。年初来安値は11月19日の703円。11月末は814円だ。
衣料卸の堀田丸正(東証2部)は16%安の89円。年初来安値は11月15日の83円だ。11月末は99円。
雑貨小売りのHAPiNS(旧パスポート、JQ上場)は14%安の229円。15日に一時、216円まで下落しており、これが年初来安値。11月末は257円。
衣料小売りのジーンズメイト(東証1部)は14%安の470円。15日に453円まで下がり、これが年初来の安値である。11月末は483円だった。
11月15日、ジャスダック市場に上場のイデアインター、ワンダーコーポ、SDエンターはいずれも150円安のストップ安。堀田丸正、MRKHD、夢展望、HAPiNS、ぱどはいずれも一時、19%以上急落した。もっとも軽傷といえるジーンズメイトでも一時、17%安まであった。市場関係者によると、「ワンダーコーポやイデアインターなどは売却する可能性が高い企業の候補と見られており、15日にいずれもストップ安となったのだろう」という。
グループ会社の株価は総崩れだ。RIZAPが買収したサッカー・Jリーグ1部の湘南ベルマーレは10月27日、ルヴァン杯で初優勝した。M&Aを拡大してきた瀬戸氏にとって、これが“最後の栄光”となるかもしれないとの声も上がっている。
(文=編集部)