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2800万円のコーヒー豆、落札した茨城のカフェの戦略…コロナ禍でも堅調なワケ

文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
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茨城県ひたちなか市にある最新設備を備えたサザコーヒーの新工場(筆者撮影)

 近年、「コーヒーはワインの世界に似てきた」といわれる。理由はいくつかあるが、高品質なコーヒー豆に驚くような価格がつくのもそのひとつだ。

 突然だが「2833万円のコーヒー豆」――と聞いて、想像がつくだろうか。今年のコーヒーオークションで実際にあった話だ。

 コーヒー業界では、その年の魅力的なコーヒー豆を競り落とすオークションがある。代表的存在が、中米パナマの国際品評会「ベスト・オブ・パナマ」だ。同品評会は、コーヒー豆の品種とウォッシュド(水洗い)やナチュラルプロセス(天日干し)といった加工方法別に部門が分かれ、各部門に豆が出品される。近年は、こうした高級豆の落札価格が高騰している。

 今年はコロナ禍でオンライン開催となり、以前のライブ感は薄れたが、史上最高値で落札された。落札したのは、日本のサザコーヒー(本店:茨城県ひたちなか市)だ。

 落札価格は「1ポンド=2568ドル、100ポンド=25万6800ドル(当時のレートで約2833万円)」。つまり約450kgのコーヒー豆を2800万円以上で買ったのだ。輸送費、検疫費、焙煎費や利益を勘案すると、「コーヒー1杯3万6000円」で出さないと採算が合わない。

 なぜこんな高値で買い、これからどうしたいのか。同社社長に真意を聞いた。

「2009年から世界一のパナマゲイシャコーヒーを買っています。パナマ産のゲイシャ品種のコーヒー豆で、その年飲んだコーヒーのなかで一番インパクトがあり、おいしいと思う味。ぼくの最大の強みは、なんのしがらみもなく『一番おいしいコーヒー』に常にアクセスできることです。それを毎年実行してきました」(サザコーヒー・鈴木太郎社長)

「一番おいしいコーヒーにアクセスできる」には説明が必要だろう。鈴木氏は20代後半から、父の誉志男氏(創業者、現会長)が購入した南米コロンビアの自社直営「サザコーヒー農園」に派遣されてコーヒー栽培に従事。同時に品質管理も学び、スペイン語を習得した。帰国後は渡航を繰り返し、コーヒー豆の買い付けと共に「品評会の国際審査員」も務める。国内外の人脈も豊富で、コロナ禍で渡航できなくても最新情報が入手できるのだ。

 その情報力を駆使した購買活動だが、2833万円の豆はかなり高額に思うが……。

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コロナ以前、海外の品評会で味の審査を行う鈴木氏(写真提供=サザコーヒーホールディングス)

「本当の世界一」をコーヒーなら体験できる

「今回の落札額は、史上最高値だった昨年数字の約2倍。さすがに高すぎると思いましたが、みんな(他の落札業者)が押せないボタンを押しました。ぼくはこう考えています。

 世界一高価な家、車や時計などは想像がつきません。世界一のワインも飲む機会は難しい。でも世界一のコーヒーなら、その価値をみなさんと味わうことができるのです」(同)

 最近の同社が掲げる言葉に、「しあわせは香りから」と「しあわせの共有」がある。前者は、コーヒーを楽しんでほしい思いで、後者は、たとえば次のようなイベントだ。

 11月12日と13日、東京都と茨城県の店舗では「第3回パナマゲイシャ まつり」が開催された。焙煎した上記の落札豆を4分の1分量のミニカップ(9000円相当)にし、採算度外視の「500円」で提供。都内の店では行列ができ、テレビの取材も入るほど話題を呼んだ。

 筆者も一般客として並び、500円で味を楽しんだ。入店を待つ間、行列に並んだ前後の人に話を聞いたが、「以前からゲイシャを飲んできた」コーヒー通の男性もいれば、「SNSで情報を知って並んだ。ゲイシャを飲むのは初めて」という男女2人連れもいた。

 各店では別の高級豆「ベストオブパナマ ゲイシャナチュラル優勝<ヌグオ農園>」(3万6000円相当の豆)を1万5000円で販売するなどもした。味の違いを伝える戦略だ。

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11月に開催された「パナマゲイシャ まつり」。東京駅前KITTE店には行列ができた(筆者撮影)

「ゲイシャの味と価値」を多くの人に知ってほしい

「ゲイシャ種は『花のような甘い香りと野生の甘い果物のような味がする、チョコレートのようなコーヒー』で、豆の味と価値を多くの人に知ってほしいのです。

 同品種がパナマで発見された翌年の2005年に、初めてその存在を知りました。縁あって発見者のピーターソン一家が運営する『エスメラルダ農園』に行き、サンプル豆をもらったのが07年か08年。その味に衝撃を受け、09年の品評会オークションで初落札できました」(同)

 鈴木氏は、オークション以外でも高品質なゲイシャ豆を買い続け、焙煎して販売する。その一方、イベントでは時に無料で来店客に試飲してもらう。同社名物の“タダコーヒー”だ。

 近年はゲイシャの価値を知るコーヒー好きも増え、徐々に知名度が高まるが、同氏は国際審査員として、品評会の審査員の点数と味への評価も図表化した。

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(鈴木太郎氏作成)

 同時に近年の価格の高騰にも厳しい目を注ぐ。

「コーヒーがマネーゲームの投機対象となっています。その豆を焙煎して味を再現できない、焙煎業者以外のブローカーが落札する時も。過去には『落札したけど高すぎて手に負えないから買ってくれ』と言われて当社が購入したこともありました」

 鈴木氏は21世紀以降のコーヒーオークション価格のグラフも作成する。熱情の一方で引いた視点も持っているようだ。

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鈴木太郎氏作成
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「本当の味を知ってほしい」。過去に落札したコーヒー豆を手にする鈴木太郎氏(筆者撮影)
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過去のオークションで落札したコーヒー豆
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パナマ・エスメラルダ農園、コーヒー果実の天日干し(写真提供:サザコーヒーホールディングス)

「こだわる」が「押し付けない」のも流儀

 サザコーヒーが消費者に支持されるのは、コーヒーにこだわりつつ、お客に押し付けないのも大きいだろう。そもそも嗜好品のコーヒーの好みは人それぞれだ。なかにはコーヒーが苦手な人、紅茶やほかのドリンクが好きという人もいる。

 同社の旗艦店「サザコーヒー本店」(ひたちなか市共栄町)では、さまざまなドリンクメニューを用意する。同社の本当の強みは「飲食+物販+オンライン」の三位一体だ。

 コロナ禍でも客足は堅調で、パンメニューやケーキなどのスイーツも人気だ。本店の正面入り口から入った奥が喫茶コーナーだが、その手前には物販コーナーがあり、多種多様なコーヒー豆やカステラなどの茶菓子、食器類や雑貨が並ぶ。

 店で飲んだコーヒーの味を気に入ったお客が、帰りにコーヒー豆を買うケースも目立つ。レジ回りに豆を置く喫茶店は多いが、サザ本店は目の前でコーヒー豆が次々に売れる。一番人気は「サザスペシャルブレンド」(200gの豆は1200円。税込み、以下同)で、「(徳川)将軍珈琲」(同1500円)も人気だ。

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本店では多種多様なコーヒー豆を販売する(筆者撮影)

老舗でも「攻めの経営」を続ける

 サザコーヒーが創業されたのは1969年で、鈴木社長の生まれた年だ。

 父の誉志男氏が家業の映画館「勝田宝塚劇場」(1942年開館、84年閉館)の一角に小さな喫茶店を開業したのは27歳の時。月刊「喫茶店経営」(柴田書店)や専門書で知識を得て、先輩店主から焙煎などの基本を学んだ。自ら焙煎や淹れ方を試行錯誤し、海外の産地にも足を運び、コロンビアに農園まで購入して、理想とするコーヒーを追究した。

 その基盤となるのが本店で、何十年も通い続ける常連客も多い。

 こうした老舗店は保守的になって衰退する例も多いが、同社は攻めの経営を温故知新でも行う。誉志男氏は2021年1月に「渋沢栄一仏蘭西珈琲物語」(200gの豆は税込1500円)を発売し、売れゆきは好調。大河ドラマ「青天を衝け」にもコーヒー器具を提供した。

 父とは違う路線を歩む太郎氏は、2020年10月「ゲイシャハンター」(100gの豆は同2000円)を発売。21年のゴールデンウィークにはスイーツとして「ジェラート」も発売した。

 若手社員を巻き込んだ販促企画も行う。そのひとつが「コーヒー豆の自動販売機」だ。物販で人気の豆を自販機で提供という、ありそうでなかった取り組みが興味深い。

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ひたちなか市の新工場の入り口に設置された「コーヒー豆の自動販売機」(右)

「思いつき」を軌道に乗せていけるか

 同社の歴史と向き合うと、会長も社長もひらめき型で、ときに「思いつき」のような無鉄砲な行動をするのも特徴だ。それをなんとか軌道に乗せる従業員の努力が見逃せない。

 前述したコロンビアの農園では、栽培中のコーヒー原料となる樹木がこれまでに3回、サビ病などで全滅。近年、ようやく安定収穫できるようになった。

 また、現在の大洗店は、もともと別のコーヒーチェーンが入居していたが、東日本大震災の津波被害を受けて撤退。本店も被災したサザコーヒーが地元の懇願を受けて出店。店を運営するとともにバリスタ育成を強化し、国内有数のバリスタが育った。

 今年秋に稼働した、ひたちなか市の新工場には、ドイツ製プロバットなど最新鋭のコーヒー焙煎機を導入。世界各地から仕入れた良質なコーヒー豆を、各豆の持ち味を生かしながら焙煎できる。今後は大手スーパーへの供給にも力を入れ、注文の電子化も進める。

 ある社員は、こう話す。

「社長は、ときに突拍子もない行動をとり、ついていくのが大変ですが、『世界一価値あるコーヒー屋』をめざす信念とロマンがあります。その実現に向けて一緒に進んでいきたい」

 コロナ禍で飲食業は大打撃を受けたが、混迷時代は見方を変えればチャンスでもある。国内最大手のスターバックスは年間約100店の新店を開業し、存在感をますます高める。

 店舗数はスタバの100分の1にすぎない茨城のカフェだが、意外性のある活動で巨象の前足にかみつくような戦略をとる。今後どうなるか。そのひらめきと実行力を注視したい。

(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

1962年生まれ。(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。

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