11月25日、一般社団法人日本フードサービス協会は10月度外食産業市場動向調査を発表。「緊急事態宣言などの解除後も課題は尽きず」とし、全体概況を以下の通りまとめている(以下、抜粋)。
<9月末には全国的に「緊急事態宣言」および「まん延防止措置」の解除、10月下旬には首都圏1都3県や大阪府の時短営業要請の解除があり、好調が続くFF(筆者注:ファストフードの略)洋風の牽引で全体売上はほぼ前年並みの99.5%、コロナ禍前の一昨年比では93.9 %にまで回復したが、パブ・居酒屋業態は酒類提供が再開されてもなお苦戦が続き、前年比で69.2%、一昨年比で46.5%であった>
飲食店は自治体からの要請に基づく時短営業や酒類販売の停止などにより、大幅な打撃を受けたが、ファストフード業態はコロナ禍においてテイクアウトを中心に販売戦略を強化し販売機会を確保した。そのため他の飲食業態と比較して堅調に推移している。
吉野家の3つの柱
たとえば吉野家は、ビジネス街をはじめ駅前で展開する飲食店がコロナ禍で苦戦を強いられるなかでも、比較的堅調に推移している。10月29日に牛丼の価格改定(値上げ)を行ったにもかかわらず、11月も客数は堅調だ。
吉野家の月次業績を見ると、11月の全店売上高は前年同月比110.3%、客数は同106.5%である。9月に緊急事態宣言が解除され、10月に時短要請やアルコールの提供制限など各種制限が緩和されたことを受け、外食全体でも客数の回復が見られるなかでの健闘だ。
吉野家ホールディングスは22年2月期上期について、決算説明会資料で「各セグメントでキャンペーンを積極的に展開」と題して「ゲームユーザーの獲得」「ファミリー層の獲得」そして「コア層の来店頻度向上」が3つの柱だとしている。そしてデータに基づく新規顧客・コア層のLTV(顧客生涯価値)獲得を目指している。
5月の連休を挟んで実施された「ポケモンGO」連動企画や、小学生以下割引の施策は実施期間が短期であり、実績への効果は限定的とみられる。ファミリー層が外食する店舗を選ぶ意思決定権はお父さんよりお母さんにあるケースが多いと思われるが、吉野家が好きなお母さんが多いとは考えにくく、価格戦略だけでファミリー層に対する訴求は厳しい。
割引でファミリー層を引き込む成功例としては、物語コーポレーションが運営する「焼肉きんぐ」があげられる。食べ放題における幼児無料、小児半額、60歳以上は500円引きというわかりやすい価格設定と、3世代に訴求している点は秀逸だ。一つの皿は小さいため多くの種類を楽しむことができ、高齢者や食の細い人も食べ残しを心配することなく注文できることも大きなポイントだ。
「魁!!吉野家塾」
吉野家がコア層向けに実施した2つの戦略もとてもわかりやすい。公式ファンブックの付録としてチャージのたびに金額の20%ボーナスチャージされる「ゴールドプリカ」。そして「魁!!吉野家塾」は、ポイントカードを使い来店のたびに米札(マイル)が貯まるマイレージプログラムとなっている。後者の名称は「週刊少年ジャンプ」(集英社)で掲載されていた『魁!!男塾』が元となっている。少年誌に掲載されていた作品であるがゆえに、思い切って男性顧客にフォーカスした戦略と見受けられる。
このキャンペーンは、登録した顧客同士のライバル心を掻き立てて来店を促進している点も見逃せない。登録した区市町村、都道府県そして全国順位が掲載されているからだ。餃子の王将は顧客ロイヤルティの充実を狙って同様の戦略を取っているが、吉野家は顧客同士の競争心を煽ることにより、さらなる来店を促していると思われる。
筆者も試しに同キャンペーンに登録してみた(画像参照)。順位が下位であればさほど気にはならないのだろうが、上位100位以内に属していると俄然空気が変わってくる。目に見えないライバルたちが競っているかのように、日々順位が変わってくるのだ。
順位付けも巧妙だ。例えば12月20日に表示される順位は「12月15日お会計分までのランキングです」といったようにスコアは数日前の来店に基づいている。そのため、このタイムラグの間にライバルたちの動向を気にしながら、それぞれ参加者が足繁く店舗に足を運ぶことになる。12月20日現在の参加者は全国で約260万人を超える。東京都の参加者は20万人とあり、都の労働生産年齢人口910万人の約2.2%が登録している計算となる。
吉野家はデータに基づく新規顧客・コア層のLTV獲得を目指しており、「女性客を追わない」と宣言したのであれば、競合他社にとってはとても怖い存在になる。なぜなら客層が限定されれば、尖った戦略も可能になるからだ。
女性客獲得は諦めるのか?
しかしながら、客層を広げることを諦めるのは早計ではないだろうか。吉野家は黒い看板が目印となる店舗や、客席が斜めに配置されたカウンターの店舗などを新たに設定し取り組んできた。セルフサービスを基本とし、カウンターを廃止した店舗も登場した。それでも駅近やビジネス街の店舗で、男性以外の姿を見つけることはまれだ。たまに見かけたとしてもテイクアウトの受け取り、または男性に同伴されての来店が目立つ。利用しやすい店舗設計など工夫しても、女性客を吉野家で見かける事例は決して多くはない。
2013年にある媒体で牛丼チェーンの集客戦略についてインタビューに応じたが、あれから8年近く経過し、女性顧客への訴求に関してはいまだ完成形は定まっていないようだ。目を合わせないカウンター席やテーブル席の設置など些少の取り組みは進展しているものの、感染症対策でパーティションが設置され、より手狭になっている。
ちなみに「女性顧客の比率は現状どうだろうか」と思い吉野家に問い合わせたところ、「社外秘のため非開示とさせていただいております」という回答だった。
吉野家の掲げるスローガン「うまい・はやい・やすい」は、顧客により「うまい(だろ)・せまい(だろ)・早く(出ろ)」と映る。目線を広げれば女性に限らず顧客の多様性に対する取り組みはまだまだ不十分ではないか、と感じられる。競合他社のひとつ松屋では、吉野家より女性客の姿を見かける機会が多い印象を受ける。松屋にあって、吉野家にはないもの。そこが大きな要因のひとつではないだろうか。
思い切って女性顧客に対する最後のアプローチとして、時間限定で「女性専用店舗」として試してみてはどうだろうか。全国の店舗で展開するのは無理としても、近隣で補完できるのであれば一部の店舗かつ期間限定で試してみることは可能と考える。東京・有楽町駅は2店舗が至近に立地しているため、候補のひとつだろう。また、中目黒店も2階が呑み仕様のためテーブル席がメインであり、注文用タブレットが設置されるなど候補として最適と思える。鉄道会社では女性専用車をかなり前から運用している。女性専用車は「女性等に配慮した車両」が正式な名称である。女性等に安心して利用していただくようにという視点は必要であろう。
ここまでやっても女性顧客の拡大が図れないのであれば、諦めることもひとつの選択肢だろう。コアなファンが高い頻度で利用することにより、業績は安定することは確かだ。そうはいってもコア層だけで安定的に客数の増加を図ることは経営的にみれば冒険といえる。コア層に軸足を置きつつ、客数の増加をうかがう吉野家。感染症の動向に予測はつかないものの、客単価増を狙うアルコールキャンペーン(来年2月28日まで)を展開している。このキャンペーン期を経て、吉野家の本格的な営業戦略が動き出すのだろう。
外食各社がテイクアウト、デリバリー、そして内食に向け通販の強化を図るなか、吉野家は1993年から通販に着手し、冷凍牛丼の具としてスタートした通販事業は2012年11月より自社ECサイトにて本格的に稼働した。最近では缶詰も販売されている。ツールはそろっており、顧客の認知度は比較的高い。
外食産業にとり「新しい生活様式」とどう向き合っていくか。感染症対策に終わりが見えないなか、「どのように顧客に選ばれるか」「どのように顧客にリーチするか」が引き続き戦略の軸となるだろう。
価格改定後に客数を維持できるのか、またコア層に加えどのくらい顧客を上積みすることができるのか。3月末まで展開される「魁!!吉野家塾」キャンペーンの動向を見ながら、吉野家の顧客層にどのような変化があるのかが楽しみである。
(写真・文=重盛高雄/フードアナリスト)