RIZAPグループ(以下、RIZAP)は6月の株主総会で中井戸信英(のぶひで)氏を取締役会議長として選任し、創業経営者である瀬戸健社長を強力にバックアップする体制に入る。外部から再びプロ経営者を招聘したかたちだ。
瀬戸社長が昨年、「プロ経営者」の松本晃氏を招聘し、COO(最高執行責任者)として経営の建て直しを委嘱したことは記憶に新しい。中井戸氏の前に短期間在任した松本氏の去就を振り返り、RIZAP改革の道に横たわる困難を概観してみる。
【前編はこちら】
『ライザップ、営業赤字94億円…大物経営者招聘の裏に、瀬戸社長の“経営家庭教師”の存在』
拙速果断な招聘とプロ経営者が直面した3つの困難
松本氏はジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人の社長在任9年の間に年間売上を4倍に伸ばし大幅な黒字を達成、続くカルビーでは8期連続で増収増益を続けるなど、「カリスマ経営者」との呼称をほしいままにしていた。
ところが絶好調を続けたカルビーの業績は、2018年第3四半期(17年10月―12月)に久しぶりに対前年比で大幅に悪化してしまった。私はこの時点でカルビーでの松本経営が限界点に来たことを指摘し、「外に出て次の機会を見出したら」と提言した(18年2月16日付記事『カルビー、突然に急成長ストップの異変…圧倒的ナンバーワンゆえの危機』)。
この拙記事が松本氏の目に留まったとも仄聞しているのだが、同氏が唐突にカルビー退任を発表したのがその翌月のことだった。そして松本氏の退任報道に即応したのが、RIZAPの瀬戸社長だった。瀬戸社長は即日、松本氏に直接電話を入れ、RIZAP経営陣への参加を懇請した。
松本氏は瀬戸社長の迅速な要請に打たれるところもあって、RIZAPへの入社を受諾したという。松本氏は昨年6月の株主総会でRIZAPの代表取締役COO(最高執行責任者)に着任した。
松本氏の主要な業務管掌は、多数・多岐に渡ってしまっていたRIZAPの子会社群の経営建て直しということだった。着任した松本氏はカルビー時代同様に、それぞれの事業所(子会社)を自ら回って現場の社員の声を聞くことから始めた。
松本氏はしかし、正式着任して半年もたたないうちにCOOを離任してしまう。昨年10月にそれが発表され、肩書きは「構造改革担当」ということになり、代表取締役も外れた。取締役としての籍が正式に外れるのは6月の株主総会だが、RIZAPでの経営トップとしての活動は昨年の10月に終了してしまったという状況だった。「プロ経営者の半年逃亡劇」と私が評する所以だ。
創業経営者に丁重に迎え入れられたプロ経営者は、なぜ半年も持たずにその会社を見限ることになったのか。私は3つの要因があると見ている。
整理しきれない子会社群
瀬戸社長が松本COOに期待したことは、膨れ上がった子会社群の経営であり、建て直しだった。ところが、一回り現場を回ったこのプロ経営者は、瀬戸社長に重大な経営方針転換を提言したのだ。
それはRIZAPが突き進んできたM&A路線の凍結であり、子会社群の整理であった。松本氏はRIZAPの子会社群を当初「おもちゃ箱のようだ」とそのバリエーションの広がりを評していたが、内実を吟味するにつれ「壊れたおもちゃも、あるかもしれない」と、それまでのM&A路線を酷評するようになった。
2年半に60社強を手当たり次第に買い漁ってきたといわれる子会社の多くが赤字に沈んでいた。RIZAPはそれらの不調会社を、評価資産価格以下で買い叩いてきた。そうすると、財務的には「逆のれん代」(適正評価額との乖離額を利益として計上する)として本社の決算数字がよく見えるのだ。この「逆のれんM&A」を永遠に回せれば、個別の会社の経営状況など関係のない、という事態が生まれる。しかし、永久運動機関が存在しないように、そんなM&Aは持続するはずもない。
赤字の会社を連結決算していけば、RIZAP本体の各年の経常利益は大きく損なわれていく。買収した会社の事業内容をそれぞれ迅速に改善できなければ、RIZAPは早晩行き詰まる。
それぞれの子会社を再生できればいいのだが、プロ経営者といえども、不調の会社の業績をターンアラウンドさせるには尋常でない集中を必要とする。つまり、数年に一つずつしか行えないのだ。「数十もの会社を再生してほしい」とか「そうでなければその数の再生経営者を同時に育ててほしい」などということを期待したとしたら、それは“ないものねだり”というほかはない。
この構造をすぐに見抜いた松本氏は、不調会社の切り離し、つまり再売却に動いた。しかし実現したのは、SDエンターテイメント(昨年11月に一部譲渡)、ジャパンゲートウェイ(19年1月に売却)、タツミプランニング(同3月に一部譲渡)など、指を折るほどの数にもならなかった。それも松本氏がCOOから離任したあとの実現だった。
会社を売却することは、買収するよりはるかに難しい。売却先候補を見つけ、資産査定を相互で行い、交渉する。弁護士など多くの専門家が関与し、1件だけでも気の遠くなるような時間と労力が必要だ。それを何十社もしなければならないというわけで、松本氏は慄然としたはずだ。
数十社の赤字が集積するという悪夢
4月に入りRIZAPはグループ企業の再編を発表している。そこに添付された「RIZAPグループ体制図」によると、子会社群は10の中核企業群に集約されたかのように見える。しかし、内部を精査して見ると、たとえば中核会社の一つとされたRIZAP株式会社の下には10社以上の子会社を収載したりして、トータルすると、いまだに子会社の数が数十社という規模感のままである。18年9月現在では85社あると発表されていた。
RIZAPがこれらの数十に上る多くが不調な子会社を保持していけば、毎年莫大な赤字が発生する。18年11月の発表では「1年以内にグループ入りした企業の赤字合計額が増加している」とされた。RIZAPは買収した会社の建て直しが得意な会社ではないのだ。売却できたとしても足元を見られ、多額の売却損を覚悟しなければならない。
私にも観察できるこんな悪夢を、松本氏のような「プロ経営者」が短期に見抜けないわけはない。招聘されたところが実は“蟻地獄”だったことに、松本氏は現場を回ってすぐ気がついたのだ。
社内の抵抗と反発
次記事では松本氏がRIZAPを逃亡した3つの要因のうち、あと2つを解説し、交代登板となった中井戸氏による経営再建の可能性について評論する。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)