ロレックス、秘密のベールを剝がす…直接販売せず、知られざる流通ルートの全貌
最近、スイスの高級時計ブランド「ロレックス」がいろいろな方面で熱い話題になっている。
人気モデルが正規小売販売額の数倍の再販価格で売買されている。予約を受け付けていないので、毎日販売店を訪れ入荷を確認する「ロレックスマラソン」に勤しむ常連客が、各店舖に数百人単位で押し寄せている。東京・新宿高島屋のロレックス販売店はほぼ予約制であり、ふらりと買い物にも入れない。
インターネット上では時計投資の講座まで開設されている。昨年12月、栃木県佐野市の時計宝石店に4人組の強盗が押し入り、総額2550万円のロレックス盗難事件が発生した。20年頃から、ネットオークションで高価なロレックスを出品する人に、インスタグラムからダイレクトメッセージで現品を見たいとの申し入れ、強盗をはたらく事件も相次いでいる。いずれも闇バイトサイトで応募された高校生や大学生が逮捕されている。手口や件数から組織的な犯行とみられる。
ブランドビジネス界にあって最も情報発信の少ないロレックス。今回はその現状やベールに包まれた日本ロレックスについて述べてみたい。そこからアパレル業界が見失ってるものを再発見できるかもしれない。
1.クオーツ時計取扱い、ECや直接販売もしていない日本ロレックス社
まずは販売システムから解説する。日本ロレックスは、21世紀のブランドビジネスの常識であるECへの取り組みは行っていない。つまり店頭での販売のみである。ゆえにロレックスマラソンが生れる。時計業界では当然のクオーツ製品の取り扱いもない。
読者の方は驚かれるだろうが、顧客への直接販売も行っていない。5~6年前まで日本ロレックスの取引先口座は約2000あったといわれた。地方都市の時計宝飾店や地方百貨店での時計売場展開も常識であった。しかし現在では60から70口座に集約されつつある。地方百貨店だけでなく、銀座松屋のような都内主要百貨店でも両社の条件が合わなければ取引停止となる。この販売店の整理統合がよりいっそう、一店舖当たりの集客増と売上増に拍車をかけている。
では、全国に点在する路面店や百貨店のロレックス店舗は誰が運営しているのであろうか。ロレックスの国内流通には、大きく分けて正規特約店ルートと日本ロレックスが関与しない並行輸入ルート、中古品流通ルートに大別できる。
正規特約店ルートが路面店、主要ショッピングセンター内店舗、全国主要百貨店内店舗などの運営を代行する。本国のCI(コーポレート・アイデンティティ)に沿って内外装、ウインドウなどが統一されたCI基準で展開される。内外装設計は当然、日本ロレックスが主導する。
特約店展開は、例えば高島屋、京王、東武などの各百貨店、六本木ヒルズ店などは「銀座日新堂」が運営する。栄光ホールディング傘下の「グロリアス」は、大丸・松坂屋、阪急の各百貨店での運営。「HOTTA CORPORATION」は、銀座路面店、伊勢丹三越や東急百貨店。東邦時計グループの「フタバ」は西武・そごうに近鉄百貨店。「福田」が大丸百貨店梅田、神戸店。このように5社を中心に国内売場のスクラップアンドビルドが進んでいる。より良いロケーションと広い売場面積へと集約が進められている。
そのほかに、いくつかの口座が残されている。それ以外の国内展開店舗は、並行輸入ルートと中古市場である。これについては別の機会に詳しく紙面を割きたい。
以前には、都内百貨店などの上位顧客や親しい友人に優先的な商品が提供されることもあったが、公正取引委員会からのイエローカードで現在はできなくなった。これもロレックスマラソンを助長している一因である。日本の国内価格は、世界統一価格のなかでもスイス本国と比較しても価格差が少ない。世界でも数カ国だけの特別な価格設定となっている。中国、香港の価格のほうが高く設定されている。
そのようないくつかの理由により販売店が最も注力しているのが、転売目的の購入者の排除である。その影響もあり、本来の購入希望者もロレックスマラソンに傾斜する。最近、ロレックスの時計は、課税対象にならない相続対策にも利用されている。金の仏具と同じ普遍的な価値を持つ商品となりつつある。
2.国内の転売防止策と製造、販売、他社の追随を許さないアフターフォロー体制
転売を防ぐために、いろいろな工夫が販売現場で実施されている。以前から保証書は、自宅への郵送方式だった。しかし最近は、購入時点で購入者に住所を店頭で記入させ、ブランクの保証書は発行しない。購入者が店頭で現物をはめて仕様を確認すれば、目の前で新品時計の各所保護シール、下げタグなどを取り外し、販売前の新品ではない状態で渡すように努めている。
丸の内の日本ロレックス東京サービスセンター修理受付は午後4時半に終了し5時を過ぎるとビル全体がクローズされる。上階には素晴らしい最新テクノロジーも生かされた環境の修理部門があるが、就業時間の厳守も有名である。
もともとスイスの時計メーカーは、各部品メーカーと組立メーカーが分かれた産業構造で永年発展してきた。名立たるブランドでも、すべて自社製造のものは少ない。スイスの時計業界ではロレックスは特殊なメーカーである。1969年に世界初のクオーツ(水晶)時計を発表した精工舎が、良質な時計の大量生産に向くクオーツ時計で大躍進を果たし、86年には年間2億個を販売した。その後の発展過程で精工舎の国内の機械式時計の専門職人の大量解雇が進んだ際に、日本ロレックスが再雇用の受け皿となった。この機械式時計に関わる真摯な姿勢が、現在の世界最高水準と呼ばれる修理体制を築いている。
ロレックスは時計の部品数は公開していない。通常、一つの時計の部品数は100点ほどである。ロレックスが1905年にロンドンで創業されて以来、開発された商品ごとに個別の部品がある。修理できない時計はないといわれ、すべての部品が自社内で製造できる。その上に、精密な部品は必ず専用用具を必要とする。修理対応のためには、どれだけの膨大なストックが必要となるかは想像を大きく超える。
この歴史と一貫した姿勢がつくり上げた唯一無二のアフターフォロー体制が、顧客からの世代を超えた愛着と絶対的な信頼を生み出している。ちなみにロレックスの店舗には、同業者の修理持ち込みも少なくない。
3.まとめ
今回は、ロレックスの商品デザインやPR方法にはまったく触れていない。同社の理念から、私たちは日本のファッション業界にはない「売らない」発想を学ぶことができる。消費潮流や消費者の価値観が大きく変化し続けている。人々の心を躍らすことができるファッション産業が滅びることは永遠にないが、消費者の心が躍る理由は変わってゆく。業界はECやDX、OMOといったキーワードに振り回されている面もある。信じる我が道を行くロレックスの成功から学べる大切な視点がある。今一度、立ち止まり、自社の進むべき方向を見つめ直すことが必要ではなかろうか。