コンサートホールの“あの形”の秘密…革命起こした56年前のベルリン・フィル新ホール
靴箱とワイン畑
クラシック音楽界のこの50年間の大きな変化の速さに、僕は戸惑いを隠すことができませんが、これはオーケストラだけでなく、ホールでも同じようなことがあります。
皆さんは「靴箱」「ワイン畑」と聞いて、何を連想するでしょうか。音楽家や音楽に詳しい愛好家なら、「コンサートホール」とすぐに答えるに違いありません。これはまさに、ホールの中の形を表しているのです。
靴箱の中に入ったと想像してみてください。そこには椅子がたくさん並べてあり、その椅子は、すべて同じ方向を向いています。その向こうの端にはステージがあります。こういう形が「靴箱型コンサートホール」です。音楽家は英語で、「シューボックス」と言います。元日のニューイヤーコンサートで有名なウィーンのムジークフェライン・コンサートホールをはじめ、コンサートホールの典型的な形です。実は、コンサートホールというのは、建築学的に難しいのです。真ん中に柱を何本も立てられないので、設計ミスをすれば天井が落ちてしまいます。そのため、靴箱の形しかつくれなかったのかもしれません。
靴箱型は、音響的にも優れた形でもありますが、欠点がひとつあります。高い料金を支払い、演奏者に近い席に座れる観客はいいのですが、安い料金だとステージからものすごく遠くなり、演奏者は点のような存在になります。そして、古いホールでは、構造的に舞台の全体が見えない席も結構あったりします。それでも、ほかに娯楽があまりなかった時代なら、よかったのかもしれません。
そこに新しい風を吹き込んだのは、20世紀後半を代表する指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンです。彼は、コンサートホールだけでオーケストラを演奏するだけでは飽き足らず、当時、開発されていた映像の分野にも手を広げ、彼の指揮で演奏するベルリン・フィルハーモニーの演奏を、世界中の家庭の茶の間でも自由に聴いてもらおうとしたのです。その彼がコンサートホールに革命を起こしたのは、1963年。それはベルリン・フィルの新ホールです。
彼は、すべての観客に対して、演奏者を間近に見てもらおうと、今までのような平土間に座席を並べたような形ではなく、いくつもの客席ブロックをワイン畑のように段違いに配置しました。しかも、ステージを客席で囲むようにしたのです。その形から「ワインヤード型」、つまり「ワイン畑」と呼ばれる新しいホールの形をつくり上げました。そのおかげで、安いチケットを買った観客も、演奏者の表情まで見ながらコンサートを聴くことができるようになりました。
これは、時代の最先端どころか何十年も先を見据えた考え方です。一度つくってしまったら、長い年月使用され続けるコンサートホール。将来、オーケストラが聴衆に聴かせるだけでなく、どれだけ近い存在になるかが重要になる時代が来るに違いないという、何十年も先を見越した彼の想像力には驚くしかありません。その証拠に現在では、音響設計士・豊田泰久氏が設計したサントリーホールを筆頭に、ワインヤード方式が世界の新しいホール設計の主流となっています。
(文=篠崎靖男/指揮者)