東京2020オリンピック・パラリンピックの開催に向けて、本格的な「おもてなし」がどこまでできるのか、正念場だ。
東京都は4月、ホテルや旅館の一般客室を対象とした「建築物バリアフリー条例改正案」を公表した。2020年に向けたバリアフリー化については、道路や鉄道などのほかに、宿泊施設の客室のバリアフリー化も重要な課題だ。今回の改正で、一般客室内の出入り口幅やトイレ・浴室などの出入口幅などを新たに規定はしたものの、障害者の機会均等と権利の獲得をめざす「DPI 日本会議」が実際に検証してみると、多くの車椅子使用者が利用できないことになってしまうという。
こうした中途半端なバリアフリーでもっともよく知られるのは、2017年10月に華々しくデビューを飾ったトヨタ自動車の新型タクシー専用車両「JPN TAXI」だ。車椅子のまま乗車できることが最大の売りだったはずだが、実際に運用が開始されると、ドライバーからは「車椅子での乗り降りに30分以上かかってしまう」などの声が上がり、ユーザーからも「車椅子を理由に乗車拒否された」などネット上でも大きな問題となった。インターネット上で集められた改善要求の署名は1万1000人を超え、トヨタでは19年2月4日に車いす乗降スロープ構造の見直しなどの車椅子乗降改善対応を公式に発表した。
なぜこうも現場からの声を吸い上げる地道な努力と情報の精査をしないまま、多くのことが進んでしまうのかまったく理解に苦しむ。
国際パラリンピック委員会が指摘したホテルのバリアフリーの遅れ
18年5月、パラリンピックの事前協議のために東京を訪れた国際パラリンピック委員会は記者会見で、ホテルのバリアフリーが進んでいない、バリアフリー化できる客室の数の見通しを示す必要があるなどと指摘している。
この指摘を受けて、国土交通省はあわててバリアフリー客室の基準を見直した。50室以上に客室数の1%以上の設置を義務付けたのだ。
しかし、建物のバリアフリー以上に後手に回っているのが、“健康バリアフリー”ともいえるホテルのアレルギー対策だ。
アレルギー疾患対策基本法は4年前施行され、日本での本格的なアレルギー対策が謳われている。この法律が成立した背景には、気管支ぜん息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、花粉症、食物アレルギーなどのアレルギー疾患の患者の増加がある。
東京都では2月27日、アレルギー疾患患者に対し、専門的な医療を提供する「東京都アレルギー疾患医療拠点病院」及び「東京都アレルギー疾患医療専門病院」を指定した。
当然、大量に来日する選手団や観客に対する健康上の配慮は、いうまでもなく最大のおもてなしのはずだ。しかし、国内外の観客や選手団が宿泊するホテルでは、やっと食品アレルギーに着手し始めている程度。国のアレルギー食品表示制度や検出法の確立などは、国際的に見ても決して悪くはないのだが、宿泊客を受け入れる現場での対応は、まったくなされていない状況だ。
全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会は「旅館ホテルにおける食物アレルギーのお客様対応マニュアル」を作成して配布している。食物アレルギーの原因となる主要な食品、卵、乳、小麦、落花生、そばなどに対するアレルギーがあるかどうかの申告やそうした食材の使用を事前に知らせるなどの措置が推奨されるが、拘束力があるわけではない。
さらに一歩進んで、室内環境や化学物質などで引き起こされる他のアレルギー疾患である、気管支ぜん息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、花粉症などに対しては、宿泊施設の対策はほとんどなされていないといえる。
マリオット、ヒルトンなど巨大ホテルグループが導入の「ピュアルーム」
日本でも一部のホテルでは高濃度プラズマクラスター発生の空気清浄機や、ダニ防止の寝具などで「クリーンルームプラン」などとPRするホテルがないことはない。
しかし、世界の潮流はすでに1歩も2歩も前に進んでいる。
2月12日付「New York Times」によると、旅先での食事やアクティビティを通して心と体の健康を保つ「ウェルネストラベル」への関心が高まり、ホテル業界で「ピュアルーム」などとよばれる空間除菌清浄ルームの導入が急増していると報じている。
「ピュアルーム」は、菌やウイルス、シックハウス症候群の原因となる揮発性化合物、ダニの糞や死骸、ハウスダストなどのアレルゲン物資を集塵し、不活化する高機能の空間除菌清浄機(DFSシステム搭載)を中心に構成されている。
たとえば世界最大のホテルチェーンであるマリオット・インターナショナル、第2位のヒルトン・ホテルズ&リゾート、このほかにもハイアット・ホテルズ アンド・リゾーツなどが米国内を中心にすでに「ピュアルーム」を導入している。
米国のコートヤード・アトランタ・アルファレッタ(マリオットホテル)のピュアルームの紹介ページでは、DFSシステム搭載の空気清浄機を中心に、1時間に少なくとも4回、完全に空気を循環。空気中に漂う99%の不純物を濾過。すべての寝具と枕はカビや胞子を寄せ付けない仕様で、低アレルギー性であること。徹底的な消臭も実現。6カ月ごとに再評価され、部屋がピュアであることが保証される、などとしている。
実は、この「ピュアルーム」は、日本では2013年にヒルトン大阪に導入されている。アレルギー疾患を持った宿泊客や乳幼児、受験シーズンに風邪をひきたくない学生などに一定の評価はあったようだが、通常の部屋よりもわずかに料金が高いためか数年で姿を消している。あるいは導入が早すぎたのか、日本人のアレルギー対策の意識が低すぎたということもいえるかもしれない。
アジアではすでにアンバサダーホテル台北、グランドハイアット・ソウル、グランドヒルトン・ソウル、ヒルトン北京などですでに導入されているが、国内のヒルトンホテルでは、現時点でそうしたアレルギーフリーの部屋はないという。マリオットホテルの予約サイトでも日本ではピュアルームが見当たらない。世界的なホテルチェーンが海外で続々とピュアルームを導入しているのに、日本法人だけが取り残されているのはなんとも不思議だ。
慢性の呼吸器疾患を持つ宿泊客にとっても空気清浄は重要
もともとこのピュアルームの中核をなすDFSシステムは、今後起きるであろう細菌戦争に備え、米政府の軍事補助金で開発された技術だという。FDAの「クラス2分類医療機器」に認定されているのも、そのスペックの高さゆえだろう。
一般的な空気清浄機の上位機種に採用されている基本技術は、HEPAフィルターという高性能フィルターだが、このDFSシステムはHEPAフィルターの約40倍の効率で空間を清浄化するという。大手ホテルチェーングループのみならず、アメリカでもっとも評価の高いメーヨー・クリニックやクリーブランド・クリニックにも導入されているというが、その殺菌能力の高さからだろう。
ちなみに、DFSシステムを搭載した空間除菌清浄機「mediAir」が最近、日本でも発売されたという。
部屋の空気の正常化の効果は何もアレルギー疾患のためだけではない。COPD(慢性閉塞性肺疾患)、間質性肺炎、肺気腫、慢性気管支炎などの慢性の呼吸器疾患がある人にとって、あらゆる浮遊物質が喘息発作を誘発する可能性がある。症状を急激に悪化させる風邪に十分な注意をする必要もあるのだ。ホテルの室内は非常に乾燥しているため、ウイルスに感染しやすい環境になりがちでもある。
政府は東京オリンピック・パラリンピック開催の20年に訪日観光客4000万人の目標を掲げている。アレルギーの問題を抱えている人も少なくはない。なんとか入り口にたどり着いた食品アレルギー対策と同時に、ほかのアレルギー疾患への対策も喫緊の課題だ。
(文=編集部)