ソニーグループと本田技研工業(ホンダ)は、モビリティ分野における戦略的提携に向けた協議を進めることで合意した。2022年に両社は新しい会社の設立を目指す。将来的には電気自動車(EV)の共同開発、生産と販売などが目指される。
提携の主たる狙いは、互いの弱みを補完し両社が得意とする分野に集中することだろう。ソニーは、より効率的に協業できる企業に自社が設計と開発を行うEVなどの生産を任せたいと考えているだろう。自動車などの製造技術に強みをもつホンダは、CASE(自動車のネットワークとの接続、自動運転、シェアリング、電動化)への対応力を高めるために、ソフトウェア開発を強化しなければならない。やや長めの目線で考えると、両社の提携は強化される可能性が高い。
今後の注目点は、両社の経営陣が新会社の組織を一つにまとめ、明確なビジョンと専門知識、成長への情熱を持つ人が活躍する体制を整備することだ。世界の情勢が大きく変化するなか、両社がこれまでの成功体験に固執することなく、大胆かつしなやかに新しい発想の実現に取り組む展開を期待したい。
ソニーとホンダが提携する意義
ソニーとホンダは今回の提携によって各社の強み=コア・コンピタンスに磨きをかけつつモビリティ分野での取り組みを強化することができるだろう。それが今回の提携の主たる意義と考えられる。まず、ソニーには画像処理半導体や、映画やゲームなどのコンテンツ、およびエレクトロニクス分野に強みがある。
2012年以降、ソニーはリストラを進め、資金をCMOSイメージセンサの製造技術の強化に再配分した。それによって、ソニーはスマートフォンなどに搭載される画像処理センサ需要を効率的に取り込み、世界最大手のCMOSイメージセンサメーカーとしての地位を確立した。その上でソニーはコンテンツ事業に経営資源を再配分し、成長は加速した。
近年、ソニーは新しいヒット商品の創造を目指してEV分野にも進出している。ソニーはレーシングゲームである「グランツーリスモ」を用いてトップレーサーを上回る走行能力を発揮する人工知能(AI)の「GTソフィー」も生み出した。それは自動運転の確立などを目指した取り組みといえる。その一方でソニーには自動車の製造に関する十分な経験と技術はない。
ホンダには二輪車、四輪車、さらには「ホンダジェット」で培ったモビリティの製造技術がある。ホンダはそうした強みを生かして世界的なEVシフトの加速に対応するために、2040年にすべての新車をEVと燃料電池車(FCV)にすると表明した。ただし、それだけでホンダが差別化を図ることは難しいだろう。差別化のためには、CASEなど新しい自動車の機能を支えるソフトウェア創出力が求められる。
ソニーにとって国内の自動車メーカーの製造技術にアクセスすることは、弱みを補完して自社が得意とするソフトウェア開発やイメージセンサ分野への集中を可能にするだろう。ホンダは提携によって、EVの航続距離の延長や環境性能、および安全技術の開発に集中しやすくなる。ホンダがソニーのコンテンツ創出力などにアクセスすることによって、これまでにはなかったモビリティ体験が生み出される可能性も高まる。
今後の一層の提携強化の可能性
中長期的な展開を考えると、ソニーとホンダはシナジー効果の発揮を目指して、提携を強化する可能性が高い。ポイントは、両社が国内外の企業とオープンな姿勢で協業体制を強化していることだ。熊本県にて、ソニーは世界最大、最強のファウンドリ(半導体の受託製造を専門とする企業)である台湾積体電路製造(TSMC)やデンソーと合弁で半導体工場を建設する。それによって画像処理や車載用などの半導体生産能力の強化が目指されている。AIなどソニーのソフトウェア開発力と、自動車部品の世界大手であるデンソーの技術力がTSMCの半導体製造の総合力と結合することは、より信頼性の高い自動運転技術などの確立につながる可能性がある。
また、ソニーはメタバース時代の本格到来に備えて、ゲーム企業の買収も実施している。それによってソニーは人工知能の学習環境を拡充し、自動運転などわたしたちのより効率的かつよりよい生き方を実現しようとするだろう。
ホンダは、国内の自動車メーカーとの連合体制を築くのではなく、米GMとの提携を選択した。GMはEV生産体制を強化することによって生き残りを目指している。また、ホンダは韓国の大手バッテリーメーカーであるLGエナジーソリューションとの提携によって車載バッテリー調達体制を強化しようとしているようだ。そのほかにもホンダはコネクテッド技術でグーグルと協力している。
いい換えれば、ソニーもホンダもグローバル、かつオープンな姿勢で新しいモノを生み出そうとしている。提携強化によって、国内外の自動車、半導体、人工知能、エンターテイメント、バッテリーなどさまざまな要素が加速度的に結合する可能性は高まる。例えば、犬型ロボットの「aibo」を復活させたソニーと、かつて「アシモ」の開発に取り組んだホンダのロボット製造技術が結合することによって、新しい製品の創造が目指される展開が想定できる。提携の強化は、ホンダが実用化を目指す電動の垂直離着陸機(eVTOL)など次世代のモビリティ技術の実現にも無視できないプラスの影響を与えるだろう。
必要な企業家精神を持つ人材の登用
今後、ソニーとホンダは新会社に属す人々が目標を共有し、集中して新しい発想の実現に取り組む環境を迅速に整備しなければならない。現在、両社を取り巻く不確定要素は増えている。ウクライナ情勢がどう推移するかは見通しづらい。コロナ禍の影響もある。世界的に物価の上昇圧力は高まり金利は上昇するだろう。それによって世界的に株価の不安定感が高まり、景況感が軟化する展開も想定される。企業の実力が問われる状況が鮮明化している。生き残りをかけて、企業は成長期待の高いデジタル化や脱炭素など先端分野での取り組みをさらに強化しなければならない。それができるか否かが企業の長期存続に決定的な影響を与える。
特に、EVをはじめ自動車分野の競争は熾烈化する。大手自動車メーカーの経営統合や異業種との提携は増えるだろう。車載用のバッテリーや自動運転の分野でスタートアップ企業が新しい技術を生み出し、競争優位性を発揮する展開も否定できない。
高い成長を遂げた企業の事業運営を分析すると、創業当初から技術開発とそれ以外(マーケティングや財務管理など)の2つの分野で企業家精神にあふれる人材が活躍したケースが多い。第二次世界大戦後に創業したソニーとホンダは、それによって高成長を実現した。ソニーでは井深大が技術開発を指揮し、盛田昭夫が営業などを担当した。ホンダでは本田宗一郎が前者を、藤沢武夫が後者を担当し、高い成長を実現した。それが戦後の復興とわが国経済の成長に大きく寄与した。
そうした経営風土を新しい組織にもたらすことができるか否かが注目される。成長意欲に溢れる人材をソニーとホンダの経営陣が見出し、新会社の運営を委ねることができれば、新会社がモビリティ分野で世界的な競争力を発揮し、高い成長を実現する可能性は高まる。それは、日本にもプラス効果を与えるだろう。両社がどのように協業体制を強化していくか、目が離せない。日本が世界経済の環境変化にしっかりと対応するためにも、今回の提携の意義は大きい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)