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大崎孝徳「なにが正しいのやら?」

住友生命「Vitality」、なぜバカ売れ?従業員も顧客も高い満足度、真のCSV実現

大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授
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住友生命「Vitality」、なぜバカ売れ?
住友生命「Vitality」(公式サイトより)

 従来の生命保険はリスクに備えるためのものであったが、住友生命保険相互会社の商品である「Vitality」は、「運動や健康診断などの取組みをポイント化し評価する」という仕組みを通じて、リスクそのものを減らす健康プログラムとなっている。

 具体的には、毎年のウォーキングやランニングといった取り組みと健診結果を評価し、1年ごとに保険料を見直す仕組みになっている。つまり、運動すれば価格が下がり、しなければ上がる。さらに、アディダス、スターバックス、ローソンなどにおけるリワード(優待サービス特典)も用意されている。

 このたび、日本でVitalityを提供する住友生命に対して、インタビューする機会を得た。そこで本業の価値連鎖と社会貢献が見事にリンクした真のCSVが実現しているVitalityの秘密に迫る。

プロモーションにおける工夫

 住友生命はVitalityに関して、商品の認知度を高めるためにテレビなどマスメディアを活用した広告を行っている。こうした取り組みは従来の生命保険商品と変わらないが、Vitalityではほかに、5kmの距離を走ったり歩いたりするロンドン発祥の「parkrun」のオフィシャルスポンサーになるなど、健康増進に関わるイベントを活用したPRも行っている。

 また、従来、生命保険をお試しで体験することは不可能だったが、Vitalityでは生命保険と切り離し、健康増進プログラムのみ1カ月体験することが可能となっている。新規性が高く、顧客が商品のイメージをつかみにくいVitalityのプロモーションとして、極めて有効性の高い策であると考えられる。

 筆者も実際に体験させていただいたが、普段の生活において目標歩数に到達する「達成感」、また目標達成時にアプリ上でルーレットを回して景品をもらえる「ご褒美感」など、Vitalityの魅力に触れることができた。たとえば、ローソンのコーヒーSサイズは経済的価値としては100円にすぎないが、目標クリアに対する“ご褒美”という意味付けは、そうした価値を何倍にも引き上げる。結果、体験期間における歩行数は飛躍的に増加した。

 住友生命では、「Vitality部」というファンサイトを運営している。こうしたサイトを運営できること自体、既存の生命保険商品とVitalityは大きく異なっている。

 サイトが立ち上げられた目的は、本当の部活のように楽しみながら部員同士で励ましあい、わからないことを教えあう場、つまり顧客間で健康増進を行える場づくりである。実際に参加者からの評判も良く、「Vitality会員同士のコミュニケーションが、運動を続けたり、健康を意識することのモチベーションにつながっている」といった顧客からの声が多く聞かれる。さらには、非公式の加入者独自のコミュニティが存在するなど、大いに盛り上がっているようである。

 従来の生命保険における顧客との接点といえば、契約時、更新時、病気やけがなどに伴う保険金支払時など、非常に限定的なものであった。しかしながら、Vitalityにおいては、顧客の日々の運動を応援する活動が重要視され、メールやラインなどを活用し、営業職員と顧客との間で継続的なコミュニケーションが展開されているケースも少なくない。

 また、営業職員と顧客との関係に加え、企業と顧客とのコミュニケーションの機会もアプリなどを通じて生まれている。こうした活動は、顧客満足度やロイヤリティの向上、顧客による新たな顧客の紹介が極めて高いなど、目に見える成果に結実している。

 健康増進型保険という、これまでにない商品においては、過去のデータや経験、さまざまなノウハウが必要とされるため、模倣困難性は通常の生命保険商品よりは極めて高い。また、基本的に保険商品は金融庁の認可を得て販売しているため、商品内容の変更は難しいが、Vitalityの健康増進プログラムは柔軟に変更することができる。よって、PDCAを回しながら、日々進化させている。UX(ユーザー・エクスペリエンス)も重視し、顧客が使いやすいシステムになることも重視している。

 Vitalityはサービス開始から4年目を迎えている。多くの顧客がアクティブに取り組んでくれているが、そうでない顧客も存在する。こうした顧客をいかにアクティブに変容させるかは、大きな課題である。また、顧客に飽きさせない工夫として、プログラムやリワードなど常にレベルアップしていく必要がある。加えて、すでに契約者数が100万人に迫るという好調な状況ではあるが、さらなる新規顧客の獲得も重要である。そのために、これまでの運用を通じて収集したデータなど、さまざまな情報分析に注力する必要がある。

 とにかく人が何かを続けるには「楽しさ」が重要なキーワードになる。楽しみながら取り組み、気づけば健康になっている、そうしたことをVitalityの理想として掲げている。

差別化戦略

 そもそも、一般に日本の大手金融企業といえば保守的というイメージが強い。では、なぜ住友生命は、Vitalityという極めて新規性の高い、見方を変えれば不確実性というリスクの高い商品に取り組むことができたのだろうか。この点に関して、同社は次のように語る。

「大手の一角を占めているとはいえ、この業界においては日本生命や第一生命が圧倒的なリーダーであり、住友生命はあくまでもチャレンジャーである。よって、同じことを同じやり方で行っても勝ち目はない。これまでにも、生命保険の銀行窓販および乗り合い代理店ビジネスへの参入について、大手生保の中でも先駆けて着手してきた」

 つまり、新規性が高いVitalityという商品も、チャレンジャーによる差別化戦略の一環と捉えられる。

「何十年も保険に入っていても、何もしてもらっていない。何の役にも立っていない」といった顧客の声が、生命保険業界ではよく聞かれるらしい。改めて考えると、生命保険のお世話になるのは、病気やけがをした場合などに限られ、日常の生活において、自らが生命保険に入っていることを意識する顧客は極めて限られるだろう。

 しかしながら、Vitalityにおいては、健康増進プログラムを通じて日々、自らがこの保険に入っているということを気づかせてくれる。逆を言えば、何か好ましくないことが起これば顧客満足の低下や離反といったことが生じる可能性も高まる。とはいえ、だからこそ、このサービスを提供する企業においては、日々、真の顧客志向経営に向けた取り組みを行わなければならないといった覚悟のようなものが生まれてくるはずだ。

サービス・プロフィット・チェーン

 1994年にハーバードビジネススクールの名誉教授ジェームズ・ヘスケットらがHBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)で提示した、「サービス・プロフィット・チェーン」という枠組みでは、従業員満足→顧客満足→収益向上という流れが指摘され、大きな注目を浴びた。実際、HBRに掲載されたアンソニー・ルッチらの研究(1998)によると、米大手小売シアーズでは、従業員満足5ポイント増→顧客満足1.3ポイント増→収益向上0.5ポイント増となっている。

 単に“リスクに備える”という従来の生命保険と異なり、顧客の健康増進に寄与する商品は、営業職員をはじめとする従業員の誇り、満足度、商品や企業へのロイヤリティを大いに高め、顧客においても満足度や知り合いの紹介などロイヤリティを向上させる。結果、サービス開始から4年目で契約者数が100万人に迫るなど、収益にも大きく貢献することとなっている。

 通常、従業員満足度の向上には報酬や研修などの重要性が指摘されるが、自ら扱う商品が社会貢献に直接的に通じるという商品のコンセプトが従業員の満足度やロイヤリティに影響を与えている点は、Vitalityのユニークな特長であると捉えられるだろう。

 こうして改めてみると、Vitalityの健康増進というコンセプトは実によくできており、今の時代とも非常にマッチし、今後ますます適合性は高まると予想される。

 CSV(共通価値の創造)の視点に立てば、他の多くの企業は本業の価値連鎖と直接的には関連しない取り組みに対して、わざわざコストをかけて取り組んでいる。このような、ハーバード大学ビジネススクール教授のマイケル・ポーターとマーク・クラマーが『共通価値の創出』(2006)において指摘するところの“受動的CSR”は、持続性に乏しく、積極的に取り組む動機も生じにくい。つまり、単なる評判稼ぎのための社会貢献にとどまってしまう。

 その点、Vitalityにおいては、生命保険という商品を通じて、顧客の健康を増進させ、延いては日本の医療費削減という社会貢献にも大きく寄与する。もちろん、重要な本業の価値連鎖や収益に関しても、顧客から高い満足度を獲得し、順調に推移している。また、自らの業務が社会貢献に直結するというポイントは従業員の満足度すら大きく向上させている。

 つまり、Vitalityでは、見せかけではない真のCSVが間違いなく実現しており、CSVに悪戦苦闘している多くの企業にとって、有益な事例となるだろう。

(大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)

【謝辞】
調査において大変お世話になった、住友生命保険相互会社に心より御礼申し上げる。もちろん、本稿における誤謬はすべて筆者に帰属する。

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

大﨑孝徳/香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授

香川大学大学院地域マネジメント研究科(ビジネススクール)教授。1968年、大阪市生まれ。民間企業等勤務後、長崎総合科学大学・助教授、名城大学・教授、神奈川大学・教授、ワシントン大学・客員研究員、デラサール大学・特任教授などを経て現職。九州大学大学院経済学府博士後期課程修了、博士(経済学)。著書に、『プレミアムの法則』『「高く売る」戦略』(以上、同文舘出版)、『ITマーケティング戦略』『日本の携帯電話端末と国際市場』(以上、創成社)、『「高く売る」ためのマーケティングの教科書』『すごい差別化戦略』(以上、日本実業出版社)などがある。

『「高く売る」ためのマーケティングの教科書』 プレミアム商品やサービスを誰よりも知り尽くす気鋭のマーケティング研究者が、「マーケティング=高く売ること」という持論に基づき、高く売るための原理原則としてのマーケティングの基礎理論、その応用法、さらにはその裏を行く方法論を明快に整理して、かつ豊富な事例を交えて解説します。 amazon_associate_logo.jpg

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